第402話 【特殊試料】なんとかの木馬
さてさて。
ここ数日、なにやらうんうん唸りながらぐるぐる縦回転しているラニちゃんだったが……さすがにおれもちょっと気になった。
なので訊いてみたところ……なんでもおまわりさんたちの装備品に関して、なにやら思うところがあったらしく。
「やっぱ……くだんの『トクシュシュリョー」ってやつ」
「特種車輌? ……あ特殊試料? 例の蛍光グリーンの液体」
「そうそれ。どっかの植物から抽出したっていうそれ。……気になるんだよなぁ」
「まぁ……気になるよねぇ」
国内の化学企業……というか、大手ゼネコンの化学技術部が精製に成功したという、流体状の特殊試料。
この世界、この地球においては規格外なほどの魔力に満ち、装備品に塗布すれば『対特定害獣』用の装備として生まれ変わらせることができるという。
話を聞く限りではとても魅力的というか、例の特定害獣……『葉』の出現が増えてきている情勢下とあっては、まさに渡りに船といったところだろう。
「恐らくは……単純に、高純度の魔力素材だ。そんなものがあるなら、色々と便利な道具が作れそうでもある」
「そっか、前言ってた『この世界由来の魔力素材』って」
「うん。ナゴヤガワショチョーの……というか、その
「いろんな魔法アイテムが作れるかも……ってこと?」
「んー……詳しく調べてみなきゃ何とも言えないけど……おそらくは。ただ、」
「すごいじゃんそれ! じゃあさ、ダメもとで訊いてみない? 研究用にちょっと分けてくれませんかって。とりあえず春日井さんあたりに」
「…………そうだね。実物を調べられるなら、それが手っ取り早い」
……というわけで。
「……こちらが、例の特殊試料……通称『含光精油』になります」
「…………やっぱ、すごい魔力量ですね」
「我々には解りませんが……若芽さんがそう仰るのなら、やはり本物なのでしょうな」
「……そうですね。充分効果あると思います」
ほかでもない署長直々の許可のもと、浪越中央警察署四階倉庫へと設置させていただいたアクセスポイント……最近利用頻度が増えつつあるそこへと飛び、最近襲撃頻度が増えている春日井さんを取っ捕まえ、『今度は何だ』と身構える彼に『例の特殊試料見せてほしいな』と可愛らしくオネダリして見せる。
やっぱりおれのオネダリはつよいらしく……周囲からの生暖かい視線に晒される春日井さんに心の中で詫びながら、おれたちは検分の機会をありがたく享受していた。
この署に保管されているのは、小さな試料瓶に収められたサンプル分のみ。希釈されて塗料や表面処理材に加工される前の原液なので、やはりというか非常に
水よりは幾分粘度の高い、淡い蛍光グリーンの綺麗な液体。……しかしそこに込められた魔力は、深く考えるまでもなく『本物』だ。
この世界においては、探し出すことが困難だろうと諦めかけていた『魔力素材』。降って湧いた幸運に自然と頬が緩むおれとは異なり……姿を現して『含光精油』と
「カスガイさん。コレを作ってるクランって……どんなとこ?」
「アッ、えっと……この『含光精油』? を作ったメーカーさんって……どんなところなんですか?」
「え、えぇ……『ヒノモト建設』の化学技術部ですね。主に塗料やコート剤、コーキング剤等を研究している部署です。……一応、部外秘ですので……」
「……それ、わたしたち聞いちゃって良かったんですか?」
「はい。署長より、『特定害獣』に関する情報は可能な限り提供せよ、と」
「お気遣い感謝します!!」
なるほど、署長。要するにフツノさま絡みか。
こと特定害獣……つまりは『葉』とその対策に類する事柄は、可能な限り情報提供するように、と。
信用を置いてくれてるんだなぁってとても嬉しく思う一方で、神様が見てるのなら下手なことは出来ないなって、自然と身が引き締まる思いだ。
……いや、もとから手を抜くつもりは無いんだけど。
「カスガイさん。……この液体の、細かい資料……あー、えっと……文書? 書類? データとか纏められたやつって……ある?」
「あー、なるほど。試料の資料、ってことね」
「少々お待ちを。持って参ります」
「ん。ゴメンね、ちょっと気になることがあって」
「………………」
ラニの情報開示要求に従い、春日井さんは小会議室から出ていってしまった。
こうしてこの部屋に残されたのは、『含光精油』のサンプルを凝視しながら何やら考え込んでいるラニちゃんと……なにがとはいわないし説明もしたくないが、こっ恥ずかしい思いをしたおれの二人だけ。
ツッコミを貰えなかったことを恨むわけじゃないが……ラニちゃんは一体、何をそんな難しい顔をしているのだろう。
「…………いや……ボクの考え違いなら、何も問題無いんだ。この液体をもたらした植物が、ただの福音であるのなら……ソレに越したことはない」
「……何か、あるの? これに……この『含光精油』に」
「わからない。何もない、ただの『めちゃくちゃ嬉しいサービスシーン』かもしれないし」
「サービスシーンっておま」
「………………『気付いたときには手遅れ』っていう感じの……遅効性の『猛毒』かもしれない」
「も、猛毒って……ちょっ!?」
「まだ解らない。まだ根拠も何もない。単なるボクの思い込みに過ぎない。だから」
「失礼します。お待たせ致しました」
小会議室の扉がノックされ、思わず口を噤む。
分厚いファイルを小脇に抱えて入室してくる春日井さんの姿を認め……ラニは難しい顔を(一旦)引っ込め、虹色の翼をはためかせ愛嬌を振り撒いて見せる。
思念通話を繋ぐまでもなく……その態度の変わり様を見れば、ラニの考えは手に取るようにわかる。
懸念はあるが……今はまだ春日井さんに知らせるべきじゃない。我らが勇者にして現世最高の魔法研究者は、そう結論を下したのだ。
「ありがとねカスガイさん! いやーその、なんていうか……せっかくすごい素材なんだし、もっとよく知っときたいなって!」
「いえ、こちらこそ有難うございます。なにぶん我々のような現場人間には、少々難解過ぎる嫌いがありまして」
「じゃあ、お勉強ですね。……春日井さんは、お仕事大丈夫ですか?」
「…………申し訳ありません、実は少々予定が」
「ンアーすみません! えっと、じゃあ……どうしましょ、このままこの会議室居座ってたらマズイですか?」
「もしくはさ、ちょーっとファイルと試料、借りてっちゃダメかな? もちろん今日中にちゃーんと返すから!」
「そうですね……お二方であれば、大丈夫でしょう。終わりましたら、豊川まで連絡をお願いします。彼女に回収させますので」
「はい! 了解であります!」「あります!」
おれたちのとっても可愛らしい、しかし子どものお遊びじみた敬礼ポーズに、苦笑気味に敬礼を返してくれる春日井さん。
彼に一旦の別れを告げ、ラニの【門】に身を委ね、おれたちは部外者の存在しない自拠点へと帰還を果たした。
ここでなら……思う存分騒ぎながら、この『含光精油』を調べることができる。
これがただの救いの手なのか、それともラニの危惧するような猛毒なのか。
本格的に世に出回り、手遅れになる前に……それを確かめなければならない。
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