第396話 【騒動鎮火】完 全 敗 北 D




 『苗』に寄生された人を解放する手段は、現実的な手段に限れば一つしかない。

 どうにか無力化して、動きを止めて、背後に回って……うなじから伸びる『苗』を直接『ブチッ』と引っこ抜く。それだけだ。

 一応、非現実な手段としては……『保持者』ごと消し去れば『苗』も一緒に消えるらしいのだが、まぁ当然手段としては使えない。


 ともあれ、こうして対処方法自体ははっきりしている。

 しかしながら、対処すべき『保持者』が二人以上同時どころか……六人も同時に現れては。

 しかもその『保持者』が、こちらの戦意を殺ぐような……まだ幼い子どもとあっては。



「……ッ、どうすればいいですか!?」


『なんとか分断して、各個処理……しかないよなぁ』


『――――各個処理……成る程ニャあ』



 外に散らばる『葉』をあらかた片付け終えたラニさんと合流し、六人の『保持者』と相対する。潜伏元であったマイクロバスからぞろぞろと姿を表し、淀んだ瞳でぼくたちを凝視してくる。

 さすがに……思考が統括されているわけじゃないだろう。おまけにラニさんからの情報によれば、『保持者』となった者は思考能力や判断力を奪われ、それらが低下する傾向にあるという。

 六人が六人それぞれの思考のもと動くはずであり、ぼくとラニさんで揺さぶりをかければ、少しずつでも分断が狙えるのではなかろうか。



「にッ。……引っ掻き回すのみでければ、我輩も加わろう。コレでも囘珠マワタマ与力ヨリキの端くれ、あやかし如きに遅れは取らぬよ」


『さっすが。……二人相手なら、なんとか抜けそう? ミルちゃん』


「……はい。やってみます」


『大丈夫? ける?』


「……?? は、はい。……抜いてみせます」


『グッヘヘヘヘ』


「……何なのだ、その気味悪い声は……」




 作戦はいつもと変わらない。無力化して、動きを止めて、背後に回って……抜く。ただ相手取る人数が二倍になって……それが最悪×かける三されるだけだ。

 身に付けた異能で抵抗される可能性も大いにあるが、それも踏まえて慎重に行動するしかないだろう。


 若芽さん一人に頼らずとも……ぼくたちでやり遂げてみせる。

 集中力を高め、気合いを入れ、ぼくは立ち塞がる敵――『若芽さん』を求める小学生六名――へと向き直った。





――――――――――――――――――――







「…………どういう、こと……ですか?」


「……そのままの……意味。【魔王】からの…………この世界への、宣戦布告」




 おれは確かに、ついさっきまでは『記者会見とか嫌だなぁ』なんて思っていた。

 正直いって面倒だなぁ、やりたくないなぁ、記者こわいなぁって思っていたし……やらずに済むなら嬉しいなぁなんていうふうにも、確かに考えたりもしていたのだ。


 しかしながらこんな形で。恐らく最悪に近い形で御破算にされてしまっては。

 だったら、おれが大人しく記者会見を受けていたほうが……どう考えてもマシだった。




「……特別。もう一度。……この世界、我らが【魔王】……狙っている。……少しずつ、少しずつ、『侵食』は進む」


「っ、わけのわからないことを! ファンタジーじゃないんですよ!」


「…………ただの人間に、対処は不可能。怯えて待つしか……無い。あきらめて」


「はいそうですかって、諦めると思いますか? 魔王だかなんだか知りませんが、この世界を渡しはしません」


「…………ただの人間の意見は、聞いてない。……我らが【魔王】の、決定事項に過ぎない」




 眠たそうで、やる気がなさそうで、無気力そうで……どこか浮世離れした雰囲気の、とびきりの美少女。

 ふんわりカールのツーテールを靡かせ、闇色のワンピースに身を包んだ【睡眠欲ソルムヌフィス】の使徒は……いかにも気だるそうな半目に侮蔑の感情さえ浮かべて、である報道関係者を一瞥する。


 議論も、抵抗も、何もかもが不要であると。

 ただの人間の世界は抵抗さえ出来ずに、少しずつ少しずつ【魔王】によって喰い荒らされていくのだと。

 淡々と一方的に絶望的な未来を告げる【魔王】の使徒は、今や記者会見を完全に乗っ取り、記者を通じて日本全国へ……いや全世界へと、勝手極まりない『勝利宣言』を発する。




「……まあ、本当なら……も、襲わせたかったけど。宣言のあと、見せしめ……そのつもり、だったけど。…………命拾い、したね」


「…………『正義の魔法使い』さんが、助けてくれたってことですか?」


「……そういえば……そんなの、居たっけ。……忘れてた。…………取るに足らない、から」


「っ、……その『取るに足らない』魔法使いさんに、計画歪められたんでしょうが!」




 突如現れた美少女の口から、突如告げられた非常識な内容。

 予想外すぎる事態に硬直する記者を置き去りに、多少は非現実的な事態に耐性のある者たちが、じりじりと動き始める。


 率先して口を開き、注意を引こうと試みるおれの反対側で……春日井さん他数名のおまわりさんが【睡眠欲ソルムヌフィス】の使徒を捕縛せんと、その包囲を縮めていく。



 ……出来ることなら、おれが直接魔法を使ってふん縛ってやりたいところだが……日本全国どころか全世界に公開されてしまう恐れがあるこの場では、おれも目立つ行動を取ることが出来ない。

 そのことを……シズちゃんとて理解しているのだろう。

 だからこそ『おれに妨害・捕縛されずに』『メディアを通じ全世界へと伝える』ために、わざわざこの場に押し掛けたのだろう。


 本来なら、目に見える脅威であり明らかな異形である『葉』をお披露目したかったのだろうが……そちらはなつめちゃんの【隔世カクリヨ】によって異界へと引き込まれ、『正義の魔法使い』さんたちの手によって今頃対処されているはずだ。


 ……ちょっと遅いのが気がかりだけど、ラニが付いてくれているんだ。心配は要らないはずだ。

 まぁ……その代わりに守りが薄くなったおれが、こうして奇襲を受けているわけだけど。



 ともかく、ここでシズちゃんを捕縛できれば、得体の知れない【魔王】の情報がある程度は引き出せるのではないか。

 幸いにもここは警察署、そうやってしてもらうためのお部屋は整っているだろうし……彼女みたいな幼い子に酷いと思われるかもしれないが、そんな暢気なことを言っていられるような相手じゃない。


 やる気満々らしい【魔王】の侵食を、少しでも食い止めるため……ついに完成した包囲網が、春日井さんの号令以下一気に狭められる。



 出口を塞ぎ、退路を塞ぎ、逃げ道を塞ぎ、主に女性で編成された捕縛要員がシズちゃんに手を伸ばし……





「な…………ッ、」



 漏れ出た声は、いったい誰のものだったのだろう。

 捕縛の指揮を執っていた春日井さんか、行く末を見守るしかなかった報道関係者の誰かか、あるいは他でもないおれ自身か……もしくは、を見ていた全員か。


 その白く華奢で小柄な身体に触れる直前で力を失い、三人のおまわりさんが掴み掛かろうとした勢いそのまま、会議室の床へと倒れ伏す。

 三方向から飛んできた法の番人を、くるりと身を翻すだけで軽々と避け……そのまま何事もなかったかのように悠然と――しかし明らかに眠たそうな表情で――彼女は佇んでいる。



 ……幸いというべきか、生命反応には何も問題が見られない。

 恐らくは【睡眠欲ソルムヌフィス】を冠する使徒、その権能によるもの。至近距離に近付いた者を一瞬で昏睡させる、捕縛を試みようとする者にとっては『ふざけんな』と言でもいたくなるであろう、極めて理不尽なその能力。




「……気安く……触れないで。…………おこるよ」


「………………ゆるして」


「ん…………まぁ、いいよ」


「えっ、いいの?」


「ボクは……やさしい、から。……昏睡、三日間で……ゆるす」


「ひぇ……」




 ぇえ…………まぁ……そのまま永眠させられないだけ寛大というべきか。……いや、実際出来ちゃうんだろうな……匙加減一つで永眠させることが。



 眠そうでぽやぽやした美少女、宇多方うたかたしずちゃん。【睡眠欲ソルムヌフィス】と聞くだけではあまり脅威ではなさそうにも思えたが……とんでもない。

 他者を気の向くままに微睡まどろみに墜とし、あるいは肉体の活動そのものを眠らせ、いとも容易く葬ることさえ出来てしまうのだ。


 この力の前では……なるほど【愛欲リヴィディネム】のすてらちゃんも、【食欲アペティタス】のつくしちゃんでさえも、ろくに抵抗出来ないだろう。




「…………にらまないの」


「んぎ……」


「ボクは…………今日は、伝えるだけ。……これ以上、なにもする気……ない、から」


「……これ以上、……ね」


「……ん。だから…………



 せいぜい、祈るといい。……『正義の魔法使い』が……無事に、敵を倒し……戻ることを」





 歩を進める彼女の前、数瞬前の惨劇を思い出したたちが、進んで道を開くように引いていく。


 この世界に対し、盛大に喧嘩を吹っ掛けた【魔王】が擁する最強の使徒は……誰にも咎められず、余裕そのものの立ち振舞いで、会議室の扉から堂々と立ち去っていった。



 我に返ったおれが、慌てて後を追い廊下へ飛び出るも……


 そこには腰を抜かしてへたり込んだおまわりさんと、水面のように黒く波打つ床――あの子が転移系の能力を行使した痕跡――の残滓だけが、微かに残るのみだった。



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