第395話 助けになるって決めたから



 つい先程まで、ポスターコンクールの表彰式が執り行われていた大会議室。

 レイアウトはほぼそのままに演台が設けられ、おれを取り囲んでの記者会見が行われる……そのはずだった。




『発砲は許可出来ない! 通常装備にて対処せよ! 繰り返す! 発砲は許可出来ない!!』


『報道の皆様は会議室から出ないように! 安全の保証は出来かねます!』


『非常階段の安全確保を優先しろ! 一般人を安全な場所へ!』




 固く閉ざされた扉の向こうからは、おまわりさんたちの切羽詰まった声が聞こえてくる。

 恐らくは、ほとんどの人にとって初めてであろうに……赤黒い植物繊維の集合体『葉』を相手取り、署内での不馴れな制圧戦に駆り出されているのだ。



 ……おれの手に掛かれば、ほんの数瞬で片付けられるだろうに……ここまで多くの報道の目がある環境では、さすがにおいそれと本性を露にすることは出来ない。

 一日署長アイドルと化し、要守護対象とされてしまった今のおれには……彼らの活躍を祈ることしか出来ない。





――――――――――――――――――――







『落ち着いてね、ミルちゃん。今のところ敵は『葉』だけ、動きはノンビリだ。近付かなきゃただの的だよ』


「はいっ。……やってみます」


『『苗』の保持者は……多分だけど、一人じゃない。何せこの数だ、ステラちゃんみたいな『幹部格』が出て来てる可能性もある』


「覚悟の上です」


『心強いね。……ナツメちゃんも、大丈夫?』


『――――問題にゃい。家主殿を取り込めば良いのだろう? 心得ておるよ』


『そう。ノワを現実世界に残したまま、ノワにはカメラの前で何もさせないまま、ボクらだけで『苗』の対処を行う。アリバイ工作、ってやつだね。……宜しく頼むよ? 『正義の魔法使い』ちゃん』


「……っ、はいっ!」




 白い全身鎧に潜り込んだラニさんと手早く作戦会議を済ませ、これまたラニさんから借り受けたローブのフードをしっかりと被る。

 この『隠者の外套ハーミットクローク』があればぼくの姿の輪郭は誤魔化され、つまりは正体の露見を防ぎ……万が一ぼくの姿を見られたとしても、ニュースで見た『正義の魔法使いわかめさん』のように装うことが出来るのだという。



 黒のような赤茶のような毛並みを持つ猫ちゃんが、何事かぶつぶつと呪文のようなものを呟き……すると途端に空気の質が変わる。

 心なしか薄暗くなった警察署の周りには、ゾンビのような『葉』がそこかしこに蠢き、報道スタッフや警察の方々は姿を消している。建家の外からでは窺い知れないが、同様に若芽さんも筈だ。


 今この世界には、ぼくたちのように『魔力』を備えたものと……ぼくたち同様に『魔力』をた『敵』しか存在しない。

 これならば……非常にやり易い。




「【の喚び声に応えよ。愛しき我が民、我がしもべ、我が力。猛々しき汝が姿を、此処へ】


 【近衛兵召喚サモン・ガード大顎鮫ピストリクス】!!」




 いつもは『ゆるキャラ』程度のサイズとデフォルメ具合の【近衛兵】を、猛々しい本来の姿へと復元する。

 顎の一咬みで奴らを倒せるのは、前回の出撃で確認済み。加えて今回はぼく自身も、天狗のお姉さん達との特訓で多少は動けるようになっている。


 失敗は許されない場面とはいえ、正直そこまで不安は感じていない。

 なによりも、百戦錬磨の異世界の勇者――あの若芽さんが全幅の信頼を寄せる騎士――が力を貸してくれるのだ。



『ミルちゃんはボクと敵の掃討。ナツメちゃんは『保持者』を……ボクら以外のヒトを探して』


「わかりました」『心得た』



 白い騎士が剣を手に敵陣へと突っ込んでいく、その非常に絵になる構図に見惚れそうになるが……ぼくも自分のなすべきことを全うする。


 手指の動きでもって海水を運び、放ち……奴ら『葉』にとっては致死の猛毒である弾丸を『これでもか』と叩き込み。

 それとは平行して、全身にみちとなる海水を纏った巨大なサメ……ぼくの心強い【近衛兵】が、手当たり次第に『葉』を蹴散らしていく。


 ぼくたちが大暴れして『葉』を削っていけば、あの『葉』を産み出した張本人は焦りを滲ませることだろう。

 より正確な情報を得ようと、自軍が蹴散らされる現状を確認しようと、あるいは援軍を産み出そうと……最終的には、動かざるを得ないだろう。



 ……そうすれば。動きを見せれば。



『坊、見付けたぞ。巨大なハコ型の四輪車だ』


「巨大なハコ形……バスですか!」


『む…………有無うむカサは小さいが、形はカンコーバスとやらに似てるな』


「了解です! ノア! おいで!」



 ぼく以上の大立ち回りを繰り広げていた【近衛兵ノアくん】を呼び寄せ、その背に飛び乗って背鰭せびれに摑まる。

 水飛沫を上げながら宙を泳ぐ巨大なサメは、ほんの数秒で警察署の来客駐車場へと辿り着き……そこに停まっている一台のマイクロバスを、直接この目で確認する。



『あれだ、坊。気を付けよ』


「わかりました!」



 身動きの取りづらいマイクロバス車内……その中に潜む『保持者』を制圧し、うなじに根を張る『苗』を引っこ抜く。

 極至近距離での戦いはまだ不馴れだが、ぼくには幸いなことに【海水】の護りがついている。盾状に水膜を張れば敵の勢いを削ぎ、無力化することが出来るはずだ。


 普段だったら、丁寧にドアを開けて『おじゃまします』とでも言うべきだろうが……残念ながらこの薄暗い世界には『ぼくたち』と『敵』しか居ない。急がなければならないし、遠慮する必要はないだろう。




「よいしょっと! お邪魔し…………うわぁぁあ!?」


『…………なんと……よもや』




 マイクロバスの中、客席に着いて居たのは……まだ幼げな小学生。

 若芽さんと同じくらいの背丈でしかない、元気いっぱい遊び盛りであるはずのその子らは……しかしどこか虚ろな目で、生気の感じられない視線をぼくに向けていた。



「……わかめさん、じゃ……ない」


「……ちがう……なんで」


「……ちがうひと」


「……なんで……わかめさんじゃない」


「……うそつき」


「……あえるって……いったのに」




「…………何を、言って」


『坊! 来るぞ!』


「ひ、っ!!?」



「「「「「「 う そ つ き 」」」」」」




 恐らくは……『若芽さんに会いたい』『若芽さんと仲良くなりたい』といった類いの願いを焚き付けられ、狂わされ、植え付けられたのだろうか。

 何て言うのか、商品名は解らないけど……表彰状を納める筒のようなものを『ぎゅっ』と握り締め、空虚な中に憎悪を込めた視線でぼくを見据え、じりじりと距離を詰めてくるの男女児童。



 その威圧感、異常な雰囲気をぶつけられ、そのときぼくは思わず立ち竦み――


 足を進めることが、できなかった。



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