第392話 【一日署長】署長のスケジュール



 一日警察署長というものは、べつに警察署長のお仕事を全部引き受けるものではない。……まぁあたりまえなのだが。


 実際のお仕事としては『署長』というよりは『広報大使』と表現した方がいいだろう。

 市民の皆様に向けて交通安全や防犯なんかについてのアピール活動を行ったり、警察署員の方々へ訓示を行ったり、実際に管内をパトロールして活動PRを行ったり……報道陣相手に会見を開くこともあるらしい。

 署長としての裁量なんかを持つことは無く、一日署長を任命している間でも、署長は署長で普段のように業務しているのだという。


 なので、フィクションなんかであるような『偶然事件現場に居合わせた一日署長の有名人があれこれ指示を出して事件を解決に導く』なんていうものは……まぁ残念なことにのだという。それもそうだよな。




「ッ、………………よく……お似合いですよ。若芽さん」


「ガマンせず素直に笑ってくれて良いですよ春日井さん。わたしはもう慣れましたから。……っていうか、よくこのサイズの制服がありましたね」


「えぇ、まぁ……お話を戴いてから、ひと月程度は在りましたので。準備に然程手間は掛かりませんでした」


「じゅんッ、…………わざわざ……お手間お掛けします」


「いえいえ」



 署まで連れてきていただいて、真新しい制服一式を手渡されて、控え室兼更衣室へと通していただいて……そこでおれはまるで子ども用サイズの、しかしれっきとした警察官の制服へとお召し変えを行う。

 広報用なので下はスラックスではなくタイトスカート、ただし万が一パンのチラを避けるため黒タイツで防御。

 一式を身に付け、控え室の外に出て変なところがないか確認してもらったところ、なんともいえない空気に出迎えられたわけだけど……まぁ、間違ってないなら良いとしよう。


 その後は会議室へと通され、先日以来のお目通しとなる名護谷河なごやがわ署長にご挨拶させていただき……広報担当のトヨカワさんを交え、今日一日の大まかな流れを共有させて頂いた。



「えーっと……任命式と、署内あいさつと、ポスター撮影と、周辺パトロール、おひるを挟んでポスターコンクールの表彰式と……記者会見、ですか」


「ええ。それぞれの業務の間には休憩時間を設けますので、控室でお休み戴いても構いません。記者会見の時間以外にも、恐らくは報道関係者が付き纏うと思われますので」


「『わかめちゃん』は現在注目度爆上がり中ですからね。ユアキャス実体化の立役者じゃないかってもくされてますし、そのテの質問も多いんじゃないっすか?」


「…………そういうのって、受け流しても大丈夫ですよね?」


「そうですね。本日は『一日署長』として御足労戴いて居りますので。本日の業務外のプライベートな部分に関する質問は、無理に御回答頂かずとも構わぬでしょう。……進行役にも、その様に告知させましょう」


「わかりました。ありがとうございます」




 軽ぅく打ち合わせを済ませ、一日署長にあたっての諸注意事項を通達され、あとはお仕事開始を待つまでだ。最初の業務である『任命式』は九時からなので、準備時間を加味してもあと三十分くらいある。

 おれたちは一旦控え室へと下がり、お茶を飲んでお手洗いを済ませ、頂いた資料に目を通しながら身体のほうも整えていく。



「まぁーオレも報道陣に混じって付いてきますし、白谷さんも付いてくれてるでしょうし。そんな気張らずにいきましょう」


「そこんとこは心配してないよ。……ラニの安心感半端無いよなぁほんと」


「でっしょー? ノワにイタズラしようとしてもボクが指一本触れさせないから、安心していいよ」


「そんな殺伐とはしないと思うけどなぁ……」




 業務内容そのものは、おれにとって何ら懸念するほどのものではない。

 任命式は受け身でいいし、署内あいさつは原稿(バッチリ暗記済み)を読み上げるだけでいい。パトロールは団体さんの一員として付いてけばいいだけだし、表彰式も段取りは全て決めてもらっている。


 なので……心配する点があるとすれば、最後の記者会見だろう。なにせおれは(最近ネットでちょっと話題になったくらいで)芸能人とか一流アスリートみたいな有名人ではないのだ。

 おれのことを知らない記者さんには、そもそも『あなた誰ですか』とか聞かれんとも限らない。『知名度が低いのに何故一日署長として採用されたのですか』とか聞かれる可能性も、十分どころか十二分にあり得るだろう。

 また署長さんの言っていたように、記者会見のとき以外にもカメラは常に付いて回る。常に注目を浴び続けること自体は年末年始で経験済みなので……まぁ、ボロが出ないように愛想を振り撒いていくしかない。



 とはいうものの……べつに報道関係者全員が敵対的というわけでもないのだ。

 『キャンフェス』のあとも、先月半ばの『おうたコラボ』のあとも、おれのことを好意的に書いてくれたライターさんはたくさん居てくれたし……特にサブカル分野に明るいネットメディアなんかは、むしろ積極的に利用してやろうとも思う。


 しかしながらその一方で……おれが件の『正義の魔法使い』として報道カメラに捉えられたときなんか、おひるのワイドショーや情報バラエティ番組で(おれに向けてではなく、あくまで『正義の魔法使い』に向けてだが)好き勝手言われていたというのも、これまたれっきとした事実である。

 あのテのメディアには正直いい感情を持っていないので……あのとき『正義の魔法使い』に向けていたような感情をおれに向けられたら、もちろんそれはおもしろくない。



「でもまぁ、油断は禁物っすよ。記者の中には例の『魔法使い』の正体が、先輩……つまり『わかめちゃん』だって考えてる奴らも居るでしょうし。怪しいところがあったら面白おかしく書き立てて煽るくらいはしてくるでしょうし」


「そだね。あくまで『ノワはただのカワイイ配信者キャスターなんだ』ってコトを、彼らに印象付けたいところだけど……まぁ、いざとなったらボクが矢面に立とうか。ボクにいい考えがある」


「その心遣いは嬉しいけど、何かするときはおれ……は、無理か。モリアキに相談してからにしてね?」


「おっけーっすよ。バックアップはオレと白谷さんに任せて、先輩は一日署長に専念したって下さい」


「……ん。助かる。……ありがと」


「「エヘヘーー」」




 まぁ……おれたちにとって都合の悪い事件なんてそうそう起きないだろうし、おれは与えられた『お仕事』に専念させていただこう。

 おれの働きが少しでも期待されているというのなら、おれはその期待に応えてみせよう。



 おれたちの控え室のドアが『こんこん』とノックされ、広報担当のトヨカワさんの声が聞こえる。……どうやら出陣のお時間らしい。


 バックアップ要員の二人と頷き合い、ラニが融けるように姿を消したことを確認し……おれはほっぺを『ぺちん』と叩いて気合いを入れて、ドアを開ける。




 かっこいい制服に身を包んだおれの、かっこいい『一日署長』のおしごとが……いよいよ始まるのだ。





――――――――――――――――――――




(そのカワイイムーブは積極的にやっちゃって良いからね? 撮れ高ってやつだよ。どんどんカワイイアピールしてこ)


(ラぬァーーーー!!?)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る