第389話 【一曲入魂】さいごの仕上げ
さてさて、たいそう自信ありげに名乗りを上げたおれだったが……実をいうと、ハープの演奏を完璧に身に付けたわけではない。
リクエストに応えていろんな曲を披露したり、即興演奏に興じたり……そんなハイレベルな真似ができる技量を会得したわけでは、決して無いのだ。
指さばきも素早さも小手先のテクニックも、まだまだ奏者を名乗るには到底足りない。
おれが今身に付けたのは、あくまで『課題曲』を演奏する
……ただし、その一方で。
おれが狙いを定めた――目星をつけて、くろさんにコラボレーションを持ちかけ、ピアノ譜をもとにマンツーマンで叩き込んで貰った――この一曲
なによりも……ほかでもない山代先生が、『良いでしょう』と評してくれたのだ。……やれるはずだ。
右手と左手の十本指、そしてペダルを踏む足に全神経を集中し、練習通り弦を弾いて音色を奏でる。
ゆっくり、しっとりとしたこの曲の曲調ならば、まだ素早くは弾けないおれでも奏でられる。
ピアノとストリングスがメインなこの曲なら、グランドハープ一基だけでも伴奏は務められる。
『――――越えてゆく 遥か道も
――――辿る 過去の流れも』
たとえ伴奏が、おれの付け焼き刃の演奏であっても……くろさんの歌唱力をもってすれば、誰もが聞き惚れる神演奏へと変貌を遂げる。
原曲のイメージに見事にマッチした声色で、のびのびと透き通った歌声を奏でる……
演者らしくカメラと、その向こうにいる数多の視聴者さんを意識していながら、時たま『ちらり』とこちらを窺うその視線・その横顔。
そこからおれだけが見ることができ、感じることができる『歓喜』をはじめとした様々なプラスの感情を確かに受けとり……おれの演奏が彼女に
『――――遠く行く
――――謳う
歌姫の思いが籠められた神曲は、いよいよ最後のサビへと突入する。
既に全体の八割以上消化したとはいえ、最後の最後まで油断はできない。最後の
加えて……伴奏に装飾音符が増えたり、テンポが急にゆっくりになったり、歌い手とタイミングを会わせる必要なんかも出てくるので、とにかく最後まで気が抜けないのだ。
とはいえ難所がわかっているのならば、しっかりと意識して対処すればいいだけだ。
一時的に意識を拡張したり、手指だけに加速魔法を用いたり、アイコンタクトをしっかりと交わしながら上半身を指揮棒代わりに動かしたりして、言葉を用いずとも意思の疏通を完璧にこなして見せる。
くろさんの最後の一音も、意識してタイミングを図りやすい身ぶりを加えてくれたくろさんのおかげで、完璧なタイミングで入ることができた。
微塵も揺らぎやブレがない歌声が『すーっ』と長く長く伸びていき……その影で、おれの伴奏がしっとりと曲を締めていく。
テンポを落とし、ゆっくりと弦を爪弾き……最後の三連符を余韻たっぷりに鳴らし。
「………………はぁー…………きもちぃ……」
「ちょっ……何いきなりえっちな声出してるんですか!」
残響が消えるまで、誰一人として言葉を発することが出来ず、なんとも言いがたい沈黙で満たされたルーム内。
謎に静かな空気を打破したのは……うっとり恍惚とした表情で蕩けたような笑みを浮かべるくろさんと、そんなたまらん表情に思わずツッコミを入れてしまったおれの発言。
どこか気の抜けるやり取りで正気に戻った彼ら彼女らは、盛大に拍手を送ってくれた。
「ちょっ……すご! すっご!」
「おいおいやべーぞこれ!」
「やだ……すてき……」
「マジか…………マジかよ……」
興奮した様子で歓声を上げ、あるいは感涙を浮かべてくれる女性陣と……なにやら俯き顔を手で覆い嗚咽を漏らし始めてしまった
とにかくこの場にいる方々からは、(たぶん)概ね好意的な反応を頂けたように思える。
椅子から立ち上がり拍手を浴びながら、くろさんと二人満面の笑みでソファ席へと戻る。ふと配信コメントの流れるノートPCを覗いてみると、そこには目にも留まらぬ物凄い勢いでぶっ飛んでいくコメントの数々と、色鮮やかなスパチャの数々。
おれの
「のわっちゃんあんな特技もっとったん!! あんなでっかいハープ弾けるとかカッコよすぎやろ!!」
「ちっちぇーのにすげーなぁー! おれたぶん手ぇ届かねーし……」
「
「オイ居酒屋おまえ! アレってなんだおまえ! なめんなよおれトライアングルも演奏できっし!!」
「はいはーい! わちエルフじゃけど楽器はだめどす! じゃのでわかめちゃんほんとすごいと思うどす!」
「私もハープなんて触ったこと無いし……いやぁ本当、すごかったですよ! ね、ハデス様! ………………ハデス様?」
「(……ずびっ、ぐすっ)」
「……………………し、しんでる」
何かを思い出してしまったのか、顔を覆ってすすり泣くハデス様だったが……残念なことにこの次世代演出手法であれば、そんな様子も余すところなくカメラに写ってしまう。
凛々しくも禍々しい黒肌の大男……設定では『冥王』や『魔王』などとも謳われる彼が、泣きゲーを思い出して咽び泣く姿。……もしかしたらキャラ崩壊だとか、名誉毀損に当たってしまうのかもしれないそんな光景が、情け容赦なく全世界へと発信されていく。
とにかく……
助っ人である『にじキャラ』所属
そして、メイン会場『仮想温泉旅館くろま』およびサブチャンネル『のわめでぃあ』双方において、おれたち史上最多の視聴者さんに喜んでもらうことができ。
なによりも……実在
今回の『おうたコラボ』、果たして成功したのか失敗したのか。……それはこのコメントを見れば、一目瞭然のことだろう。
……というわけで、えんもたけなわ。そろそろお時間が近づいて来た。
おれとしても満足いく結果だったし、皆さんも悔いはなさそうなので……そろそろクロージングに移ろうと思う。
ディレクターさんからの指示を得て、別室の『店員さん』が動き始める。
賑やかに楽しいひとときを過ごしていた団体に……非情ではあるが、誉れある『終了』を告げるために。
しずしずと廊下を進み、おれたちの居座るパーティールームの前へ。お行儀よく『きをつけ』をして、おそるおそるながら丁寧に『こんこん』っと扉を叩き。
『お、っ…………おきゃくさま! ひつ、っ……しつれいいたしまする!』
「「「「「「!!!?!?」」」」」」
室内の(おれたち以外)六名の視線が一斉に扉へと向かい、やがてその扉がゆっくりと開いていき……その向こうからは先ほどの声の主、着慣れない『うた館』の制服に身を包んだ『店員さん』が姿を現す。
ダウンライトの光を浴びてきらめく白い髪と、室内を探るようにあちこちへ向けられる三角形の耳、脚の間に不安げに垂れる尻尾を備えた……歳の頃は未だ『少女』と呼んで差し支えないだろう、いつも以上に可愛らしい『店員さん』。
「そ、っ……そろろろ……おわりのお時間が、近づいてございまする……で、ございますゆえ……お会計、の、かわりに……おわりのお言葉、を、おねがい申し上げまする!」
「よく言えたねぇー! えらいよー
「わぅぅぅぅぅぅ……!!」
『店員さん』からのお声が掛かったので、名残惜しいがそろそろ切り上げなければならないだろう。
かわいい
「それでは……長時間にわたり、お付き合いいただいた『おうたの会』、いかがでしたでしょうか?」
「たのしかったー」
「ブフッ! …………もし今回のコラボが楽しんでいただけたようでしたら、『にじキャラ』さんのフォームへご意見ご感想をぜひぜひよろしくおねがいします!」
「たのむでー」
「ン゛ッ……! また、今後『あんなことやってほしい』『こんなこと楽しそう』などのご要望もあれば、そちらもあわせてお待ちしています……とのことです」
「せやでー」
「……それではそれでは、今後行われるであろう、いろんなコラボを期待しまして……本日はこのあたりで終了させていただきます。進行はわたくし、『魔法情報局のわめでぃあ』
「
「やればできるじゃないですか、MC。なんで今までやってくれなかったんですか」
「だってかめちゃんが睨んだから。しぶしぶってやつやんな」
「………………」
「……………………」
「それでは! さよーならー!」
「おおきにーー!!」
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