第377話 【無茶修行】わかめは助けを呼んだ



 やっぱり三対一には勝てなかったよ。




「おつかれ、ノワ。………………ノワ?」


「…………………………」


「し、しんでる」


「いや殺してないですって」


「はい。直接打撃は控えた筈です」


「………………真っ黒」




 あれから第二ラウンドと、そして第三ラウンドを無事(?)戦い終えて……おれは横向きで丸まって、死んだようにぐったりと倒れ伏していた。


 いやね……いくら体力回復魔法があるっていってもね……おれわかった、そんな無限に回復できるわけじゃないわこれ。



 確かに、消耗した体力を回復することは出来た。ガックガク大爆笑だった膝もきちんと黙ったし、身体の疲れもきちんと吹き飛ばすことは出来た……と思っていた。

 しかし実際には、魔法では解消しきれない疲労というか……強化バフ魔法は健在なのに、徐々に徐々にパフォーマンスが下がっていくのが、自分でもわかったのだ。


 中でも精神的な疲労は、取り除くのに少々難儀するようだ。集中力そのものもずーっと張りつめ続けていたので、脳のまわりがオーバーヒートしているような感覚さえある。




 …………で!(半ギレ)


 決して長い時間では無かった(はず)とはいえ、ものすごい高密度の運動をし続けたおれは……ジャージ部分も露出した素肌部分も、首から下は全身余すところなく墨で黒塗りにされたあられもない姿で、土が露出した地面に丸まって『すんすん』とすすり泣いているのだ!


 ご丁寧に……塗り残しを見つけたらそこを狙うという執拗さで、見事に真っ黒に塗られてしまった。すんすん。




「これ程とは……正直びっくりなんだけど……ねーえ、天繰てぐりちゃん。この子たちみたいな子をアテにさせてもらう……とかって、やっぱ難しい?」


「……ええ、恐らくは。……手前や、手前の翼共を飛ばすこと自体は叶いましょうが……肝心の『敵』が視えませぬ」


「あぁー……そっか。知覚できなきゃどうしようもないのかぁ」


「……恥ずかしながら。……神域に座す主神殿で在ればまた違いましょうが」



 うん、それはおれも考えたことがあった。


 フツノさまやモタマさま、あるいはその配下である龍影リョウエイさんや金鶏キンケイさんは、神域および境内から出張ることは不可能だろうが……こうして比較的広い行動範囲を持つ天繰てぐりさんには、もしかしたら助力を乞うことは出来るのではないだろうか。

 ……そう考えた時期が、おれにもありました。


 しかし実際、結論としては……不可能。

 目に見える脅威を排除することは不可能じゃないけれども……大本である『苗』を知覚し、干渉することが出来ないのだ。



 あまりにも『葉』や、あの『獣』や『竜』が増えまくり、いよいよ処理の手が足りなくなったら、そのときは(縄張りに限り)手を借りることは不可能じゃないかもしれないが……そこまでの事態に陥るなんて考えたくはないし、そこまでいく前にまずはおれが戦えるようになることが重要だろう。



 なので、おれは色々と鍛えなきゃいけない……ところではあるのだが。




「あの、頭領……この子生きてます?」


「うーん……かなり頑張って避けようとしてたもんね……」


「…………しんだ?」


「……いえ、大丈夫でしょう。……の程度で御屋形様は潰えませぬ。……さぁ、いざ」


「ち……ちょ、待っ…………たいむ……」


「あー……これはダメそうだね。仕方ない」



 確かに、精神的な疲労度は溜まりに溜まっているとはいえ……【快気リュクレイス】でそれらの疲労を無視すれば、行動継続そのものは可能だ。可能だが……さすがにもう少し、こう……なんというか。手心というか。


 いや、甘えたことを言っている自覚はあるんだけど、もう少し心と身体を休ませてほしいかな、って思ってたんですが……お師匠さまの様子を窺う限り、直ちに再開させようとしているのは明らかなのであって。




「代わるよ、テグリちゃん」


「……ほう」



 そんな『ひんひん』べそをかいていたおれの、心と身体を助けてくれたのは。


 やっぱり……ここぞというときに頼りになる、小さくも心強い相棒だった。




「ノワの代わりに、ボクが相手だ。たまにはめいっぱい動かないと、って思ってたところだし……こんな身体だ、今まで以上に感覚が難しいし。……いいよね?」


「……頭領、私は一向に構いません」


「はい。右に同じです」


「……左に同じ」


「そう来なくっちゃ。……久し振りに燃えてきたよ」


「…………まぁ……良いでしょう」




 空間を捻じ曲げ現れた【蔵守ラーガホルター】の扉……そこから頭頂高二メートルに達しようかという白亜の鎧が姿を現す。

 清廉で優美な印象を感じさせる全身甲冑は、その右腕部分は痛々しく欠損していながらも……しかしながら意匠の異なる別の籠手を誂え、その守りは微塵も揺らぐことはない。

 そのままの意味で、この世のものとはおもえぬ迫力と存在感は健在だ。


 右手には両刃の剣……の代わりだろうか、長めの羽子板のような……棒? もしくは板? ……まぁ、訓練用だろう武器を握り。

 左手には、全身鎧と意匠を近しくする凧型の盾――の得意とする攻防一体の、もう一つの武器――を携え。


 入り口代わりの兜の面頬バイザーを開け、未だヤム○ャ体勢ですすり泣くおれに向けて自信たっぷりに親指を立てて……可愛らしくも頼もしい笑みを残し、鎧の中へと姿を消し。



『【義肢プロティーサ全身骨格トルクトレイル】。……うん、悪くないね。むしろいい感じ』


「……成程……一種の『分かち身』の術と推測致しますが……斯様な使い方が在ろうとは」


『ふっふっふ。ボクもこう見えて、結構動けるほうだからね。……さて、さんざんノワを虐めてくれたんだ。一矢くらいは報いさせて貰おうか』


「ラニちゃん…………」


『ノワを虐めて泣かせて辱しめて犯してねぶって良いのは……ボクだけだッ!!』


「ラニちゃん……??」


「「「(めんどくさい人だな……)」」」



 かわいそうなおれの仇をとるべく……あるいは、回復の時間稼ぎのため。


 小さな身体を魔法と防具で包んだ異世界の『勇者』は、重々しい金属音と共に……しかし軽やかに歩を進めていった。



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