第378話 【無茶修行】『格』の違い



 ほんとに今更なことなんだけど……いくら木刀の代わりに巨大な和筆を構えたとて、それでおれの全身にボディペイントを施すのは、並の技量では叶わないだろう。


 グリップ部分以外のほぼ全てが有効打撃範囲である木刀とは違い、和筆で黒塗り出来る部分は当然、穂先の部分のみに限られる。

 おれを塗り塗りするためには適切な間合いを保ちつつ、それでいて速さを維持しなければならない。



 ……つまりは烏天狗三人娘は、それほどまでの技量を備えているということだ。

 たぶんだけど……筆での塗り塗りではなく単純にコテンパンにするルールだったら、ほんの数秒でヤ○チャノックアウトされる自信がある。





『はっはっはっは! 伊達ダテに世界の終末を見届けちゃあ居ないってわけよ!!』


「「「ぐぬぬ……」」」




 そんな技量と速度を備える三人娘の猛攻(三十分ワンセット)を……なんとラニちゃん(in全身鎧)は驚くことに、片手短杖と凧型盾で見事に凌ぎきって見せた。



 おれのとき同様三対一だし、『両手の武器を同時に使っても二人が限界なのでは』などというおれの考えをいい意味で裏切り、始終余裕のペースでの試合運びとなったこの一戦。

 特筆すべきはやはり……【門】あるいはそれに類する魔法を、積極的に防御手段として用いていたところだろう。


 右手の短杖で一人目の筆を往なし、左手の盾で二人目の筆を防ぎ……死角(であるはず)の背後から襲い掛かる三人目には、襲撃者の目の前に【門】を開けて素通りさせてしまう。

 出現座標をあえて記述せず、襲い来る敵に対して入り口を向けるだけ。その入り口から入ればほんの数メートル先に飛ばすだけの、『トンネル』のような空間魔法……しかし単純に『攻撃を防ぐ』用途に使う限りでは、なかなかどうして効果的な様子だった。



 しかしあの空間魔法、今回は単純に『素通り』させただけだったが……使い方によっては入口と出口を同軸上に配し、『反射』のように用いることも可能なのだろう。

 たとえば敵の投射攻撃や攻撃魔法、それこそあの【竜】の口腔砲ブレスなんかを【門】に取り込み、入射方向へとそのまま撃ち返す。つまりは某『魔○の筒マジックシ○ンダー』。

 ……想像しただけでも半端ない。それこそがラニの二つ名【天幻】の本領なのだろう。


 かつて存在していた世界で、世界を滅ぼす魔王相手に単身戦いを挑み……負けなかっただだけのことはある。





「…………ラニちゃん」


『なぁにノワ。惚れ直した?』


「うん。……いや、ごめん。…………正直、こんな強いとは思ってなかった」


『っふひへへぇー! いつでも誘ってくれていいんだよ!』


「なにを!!?」


『大丈夫、優しくスるから! ちゃんとほぐすし痛くしないから!』


「なにが!?!?」




 ……相変わらず、その性根のほうはなんとも言いがたい……えっちで破廉恥でイタズラ大好きな、おれの相棒。

 しかしその秘めたる実力と……そしてなによりも、おれのことを大切に思ってくれているというところ。それらの点に関しては、もはや疑う余地もない。


 天繰てぐりさんの従者三人に(おれが頼んだこととはいえ)泣かされたおれの、仇というか仕返しに名乗り出てくれ……そして見事に勝利を納めてくれた、心優しい相棒。

 まぁもちろん勝負ではなく、あくまで鍛練の一環ではあるのだが……常日頃から『ノワはすごい』と口にしてくれている彼女は、おれがスンスン泣きべそかかされたことに対して思うところがあったらしい。……おかあさんかな。



『肉体はだから……全盛期よりは反応が鈍いけど、代わりに探知魔法のキレは増したね。この身体を与えてくれて、そして命を繋いでくれたノワのおかげだよ』


「……おれの……おかげ?」


『もちろん。ボクの総ては、あくまで『借りモノ』に過ぎない。この身体も、魔力も、ボクが持つチカラの何もかもは、全てノワから借りているモノだ。ボクが引き出せたチカラは、そもそもノワの持つソレのほんの一部に過ぎない』


「ラニの強さが……おれの、一部」




 元々この世界に存在しなかった『フェアリー種』という幻想種族……そんなラニの存在をこの世界に引き留めているのは、全ておれの魔力によるものだ。

 ラニの使う魔法の全ては、おれの魔力を消費して発現されている。あの攻防一体の【門】の魔法も、全身鎧を纏った身体を機敏に動かす浮遊魔法も、そもそも仮初めの身体を構成している【義肢プロティーサ全身骨格トルクトレイル】も……元を辿れば全ておれの魔力によるものだ。


 つまり……ラニの戦闘能力を担保しているのは、おれの保有する魔力に他ならないわけで。




『……わかるかい? ノワ。キミの持つ潜在能力の凄まじさは……ボク以下であるハズが無いんだ』




 きわめて極端な言い方をすれば『おれの一部』であるラニが、あそこまで高い能力を秘めているのだ。


 その宿主であり、親株であり、支配者であるおれが……弱いハズがない。



 ……この子は、そうおれを励まそうとしてくれているのだろう。






「……では、早速試して観ましょうか」


「ァイエェェェェエ!!?」


「……御屋形様の潜在能力……その発揮を御手伝いすることこそ、手前の役目に御座いましょう。……『烏』、構えよ」


「「「御意!!」」」


『あっれー……スイッチ入っちゃった?』


「ホエェェェエェ!?」





 ……その後。


 さっきラニ相手に手も足も出なかった鬱憤を晴らすかのように……おれは烏天狗三人娘に、またしてもコテンパンにされたのだった。



 いやまって、ともするとさっきより執拗におしり叩かれたんだけど。これ明らかに私情入ってるよね烏天狗ちゃん。つまり間接的にラニちゃんのせいじゃないの。ラニちゃんのせいでおれのおしりがペンペンされてるというの。




「……本日の鍛練は……此処迄と致しましょう」


「…………………………」


「し、しんでる」


「……れでは、また明日午前。……御待ちして居ります」


「………………(ぐすっ、めそめそ)」


「ああ、なんてかわいそうかわいい




 すぱるたすぎる。こわい。おしり二つに割れちゃった。

 相変わらずヤム○ャ倒れ伏しているおれに天繰てぐりさんが一礼すると、烏天狗三人娘は同様に会釈を残し、各々飛び上がって解散していく。

 木々のざわめきを残してシュバババッて消えていったので、あの子らやっぱめちゃくちゃつよいとおもう。


 そして……天繰てぐりさんは墨で真っ黒なおれを易々と抱え上げ、メイド服が汚れるのも厭わず背中に背負う。

 リアル年齢はあえて考慮しないにしても、それでも少女然とした天繰てぐりさんの背中……目の前のうなじと艶やかな髪にドキドキしてしまいながら、疲れきった身体が熱を取り戻すのを感じてしまう。



「……精も根も尽き果てるまで、是非とも御足掻き下さいませ。……その後の事は、御心配無く。……手前が責任を持って、家までお送り致しましょう」


「アッ、アッ、アッ、……………ッスゥー……」


「いいなぁー! テグリちゃんのおんぶだよ! よかったねノワ!」


「本気で言ってるなら液のりアラ○ックヤマトに沈めっぞ」




 社会人だった頃以上に月曜日が嫌いになり……しかし、ほんのちょっとだけ『楽しみ』が増え。

 そんな些細な出来事に『人生』を感じた、冬のとある一日でした。





 ちなみにその晩、ラニちゃんはメンソレー○ムによって無事大雨になりました。


 アラ◯ックヤマトじゃないだけありがたいと思って。


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