第376話 【無茶修行】天狗の仕業じゃ(半ギレ)



 師匠てぐりさんいわく、おれが【苗】対策に動く……えーっとまぁ、つまりは『出撃』するにあたって、いちばん懸念されるべき点として挙げられる箇所は、ずばり『運動能力』なのだという。



 攻撃手段ならびに敵対対象の妨害・拘束手段に関しては、おれの頭のなかに数多納められている多種多様の『魔法』を用いれば問題ない。

 まぁ実際のところは使い慣れた数種類――【氷槍アイザーフ】やら【草木ヴァグナシオ】やら――に追加効果を付与し、状況に応じて数で補ったりと……まぁだいぶ行き当たりばったりな部分はあるのだが、現状これでなんとか対処できている。

 一応【焼却ヴェルブラング】や【放電ヴォルティーク】、【暴風ストラクス】などの各属性魔法も一通り二通り以上は取り揃えているので……まぁ、周囲への被害を考慮しなくて済む場面ならば、盛大にお披露目させていただこうと思う。



 というわけで、やはり懸念となるのは『運動能力』のほうだろう。

 そもそもおれのジョブとしてのモデルは『魔法使い』であるからして、どちらかというと敏捷性よりかは火力にパラメータを割り振ったイメージだ。運動が苦手だったとしても『そういうもの』なのだから、ある程度は仕方ないところも無くはない。


 もちろん、これまで何度か試みてきたように、身体強化フィジカルバフ魔法をこの身に纏えば、下手な陸上競技の選手以上に走れる自信はある。

 しかしそれは、あくまでも付け焼き刃に過ぎない。いくら身体能力を高めたところで、咄嗟の判断力や身体の使い方や効率的な動作に繋がるわけではないのだ。


 今のおれでは……たとえ身体強化魔法を纏い、超一流アスリート並の身体能力を発揮できたとしても、たとえばラグビーやバスケットボールやサッカー、あるいは剣道や柔道などで活躍するなど……到底望むべくもないだろう。

 というのも、単純に『技術』が無いからだ。プロ選手の高度な判断力に裏付けされた各技術は、一朝一夕でどうこうなるものでは無い。





 というわけで。



 お師匠様てぐりさんからおれに課せられた、最初の鍛練。それはずばり『身体の動かし方を身に付けよう』というものだ。……小学校体育かな。


 しかしそうはいっても、さすがは大天狗さまのご指導、といったところか。気になるその訓練内容は、天繰てぐりさん曰く『実戦的』とのこと。

 カッコいいその響きと、なによりもカッコいいお師匠様てぐりさんに……おれの期待はいやがおうにも高まっていた。




 ……のだが。






「ちょああああ!! じ、じじっ、実戦的って! こういう意味じゃ、ないッ!? っ、と思う! んです! けどぉぉッ!?」


「ほう……まだお喋りの余裕がお在りですか。さすが御屋形様。もう増やすとしましょう」


「むりむりむりむりむりアアーー!! むりむりむりだってこれむり!! アアーー!!」




 鍛練の場となったのは、おれが所有する借りている山林の深部……鬱蒼とした針葉樹と低木が生い茂る一帯。隣地との境界線から大きく離れたこのあたりであれば、万が一にも部外者に見咎められる心配は無さそうだ。


 そもそも……この山は天繰てぐりさんのテリトリーだ。おれたちに縁の無い余所者など、おおよそ勝手なことなど出来るハズがない。



 そんな深い森の中、四方八方に遮蔽物や障害物が林立する環境にて、おれが今まさに置かれている状況。

 それはずばり、二人……いや一人増やされて三人になったか。……とにかく、三人の黒い翼を持つ少女による縦横無尽の猛攻をただただひたすら延々と回避し続けるという……『実戦形式』と呼べなくもないかもしれないがとりあえず大変物騒きわまりないものだった!




「……其処迄そこまでと致しましょう」


「「「御意に」」」


「っ!! ぐはーーっ! ぬがーーーー!!」



 我ながら可愛げのない悲鳴を上げながら、とりあえず服が汚れるのも厭わず地面にごろんと仰向けに寝転がる。

 服が汚れるのなんて今更だ。訓練用にと着替えたジャージの上下だが、既にくだんの『訓練』によって余すところなく黒塗りにされている。


 仰向け大の字で荒い呼吸を繰り返し、平らな胸を上下させるおれの視界。そこにはすぐ傍らでおれを『じっ』と見下ろす天繰てぐりさんのほかに……天に向かってまっすぐ伸びる針葉樹の林と、その枝に悠然と佇みおれを見下ろす、黒い翼を持ち特徴的な和服に身を包み一本歯の下駄を履いた、三つの人影。

 彼女らの左手には墨色の帯がたなびく瓢箪ひょうたんが握られ、そして右手には訓練用の木刀……ではなく、長い柄と巨大な穂先を持つ一メートル程の和筆が携えられていた。



 まぁ……要するに『羽子板』の罰ゲームみたいな感じかな。塗られたくなかったら避けなさいってことだったらしい。いちおうお顔は勘弁してくれるらしいよやさしいねははは避けられるわけないだろ三対一やぞばかじゃないの!!




「……大雄ダイユウ。……所見は」


「は。体捌きそのものは未だ未熟なれど、一足ごとの跳躍力……脚力はなかなかのものかと」


「……迦葉カショウ


「はい。姉上に同じく。やっぱ単純に動き慣れてないって感じですかね。磨けば光るってやつだと思います。楽しみですね」


「……求菩提クボテ


「んん。……視野が、まだまだ……かも。墨の水音も、聞こえてない。……思ったより……あっさり後ろ取れたから」


「ングゥーーーーッ」



 返す言葉がない……というか、三人の言葉はそれぞれ非常に身に覚えがありすぎる。

 いくら三対一だったとはいえ、あれだけ目まぐるしく跳び回っていながら、それでいておれの様子をちゃっかり見分していたとは……はんぱねぇ。



 おれの(次回以降はミルさんも)鍛練に付き合うための、天繰てぐりさんがここ数日擦り合わせを行っていた『準備』こそ、ここへこうして招集された三人の烏天狗……ダイユウさんとカショウさんとクボテさん。

 天繰てぐりさん一人だと付けられる稽古に限界がある、みたいなことを言っていたが、これどう考えても過剰戦力だと思うんですけど。


 なんていう実力者を……しかも三人も連れてきてくれたんだ。見た目はそりゃあ可愛らしい少女だけど烏天狗だしどうせ見たまんまの年齢じゃないのだろう。三桁歳でも驚かんぞ。でも見た目美少女三人に合法的にいたぶってもらえるとかご褒美かよ畜生ありがとうございます!!(半ギレ)




 ……などと言葉には出さずに愚痴ってみても、状況はなにも変わらない。

 近くの枝に掛けてあった鞄から天繰てぐりさんが持ってきてくれたタオルとドリンクをありがたく頂き、汗ばんだ顔とおなかを拭って喉を潤し、調子を整える。


 それは確かにありがたくはあるのだが……そこに込められた『休憩できましたね。では次いきましょう』のメッセージをおれは確かに受け取ってしまい、ありがたくて涙が止まらない。

 『鍛練の間は雇い主とか関係なくビシバシお願いします!!』なんて言ってしまった一時間前のおれをどうにかして黙らせたいところだが、口から出てしまった言葉が消えることは無い。


 そしてなによりも……おれはおとこなので、二言はない(おとこなので)。




「……それでは、再開致しましょうか。……位置へ」


「「「御意に」」」


「ぐぐぐ……了解です。【快気リュクレイス】」


「……では。……老婆心に御座いますが、可能な限り動作は控え目に。過分な所作は次の行動を縛ります。……『烏』共の墨の音と、御屋形様の耳を上手くお使い下さいませ」


「…………やってみます。……お願いします」



 ふわりと飛び退き、手掌にて合図を下す天繰てぐりさん。

 直後三方向から液体の跳ねるような音と風の流れが迫り、息もつかせぬ連擊が襲い来る。


 大丈夫……魔法使用禁止縛りでもなければ、おれのスタミナはほぼ無尽蔵なはずだ。疲労は溜まりこそすれ限界を迎えることはなく、ほんの少しずつとはいえ進歩することができれば――鍛練に鍛練を重ねれば――いつかは『つよつよ』になれるはずだ。



 そうして、基礎体力も上がっていけば……あのにっくき『輪っか』のやつも、魅せられるプレイができるようになるはずだ。



 そう……これはおれの配信にも活かせる、画期的な修行なのだ!

 視聴者の皆さんに喜んでもらうためにも、皆さんに褒めてもらうためにも、立派に鍛練を乗り越えて見せる。



 おれは、ぜったいに負けたりしない!


 なぜなら……おれはおとこだから!!


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