第371話 【非日常日】会場決定だって!



 散策から戻ったおれたち『おにわ班』は、霧衣きりえちゃんたち『おうち班』と合流し、その後はおうちの中やはなれハイベース号で自由気ままなひとときを過ごしていた。

 ハデスさまとうにさんがネット回線をご所望だったので、おれはリビングの片隅の複合コンセントを案内する。ここからなら客間である和室までケーブルを引っ張れるだろう。


 何やらごそごそと準備を始め、おれはその様子を観察していたのだが……まあなんとなんと、取り出したるは有線ルーターとノートパソコン。

 なんでも……少しとはいえゆっくりできる時間があるので、他の配信者さんの配信を見て話題を仕入れておきたいのだという。



 このときのおれは……『あっ、やっぱさすがはプロのひとだ。遊びに来てても仕事のこと考えてるなんて、とても意識が高い。すごいなぁ』なーんていう感想を抱いちゃったりしてたわけだが。




 …………あのね。


 おれはまだまだ若かったと、愚かだったと言わざるを得ませんでしたね。







「……それじゃ、そろそろ行きますか? お風呂とか」


「「「「「「はーーい!!」」」」」」



 大きな荷物を客間に置いて、おふろ用の小さなバッグを手に手に抱え、御客様ご一行様はおふろの準備を整える。

 霧衣きりえちゃんとなつめちゃんも『大きなおふろにございまする!』『ま、まぁ……悪くはないな』などと言いながら、タオルと替えの下着を風呂敷(!)に包んで準備万端だ。


 かんぺきな和装の霧衣きりえちゃんはともかく、イマドキガールな装いのなつめちゃんに風呂敷包みは、正直違和感が勝るのではないかと思ったのだが……『あねうえ』の真似っこをしたがる妹分に見えて、正直とても尊いてぇてぇ


 そんな賑やかな装いの一団は、総勢十一名が連なってぞろぞろと移動を開始する。滝音谷温泉街までは徒歩十分そこら、落水荘さんまでなら充分に徒歩圏内だ。

 ……さすがのハイベース号とて、十一名はちょっと収まらないので、致し方ない。








「それじゃあ、俺と……アオは広間の下見行って来っから、お前ら適当に行って来い」


「あ、も一回っかいうちも下見行くわ。晩メシまで時間あるやろ?」


「えっと……予約は十八時からなので、十五分前くらいに出られれば」


「じゃあわちらはお風呂いってくる! きりえちゃんなつめちゃん一緒いくどすえ!」



 時間はそれこそたっぷりと、一時間半くらいは確保してある。ハデスさまとちとせさんとうにさんの『なかよしゲーム部』三名は広間の下見に、その他の七名はひとっ風呂浴びに、時間までしばしの自由行動となった。


 そしておれはというと……ハデスさまたち『なかよしゲーム部』の会場視察のほうへ。

 プロの配信者集団が企画するオフコラボの、その準備段階を目にすることができるなんて……こんなレアな機会なかなか無いだろう。




「こちらが大宴会場、水月みなづきの間です。収容人数目安は六十名程。ご覧のように隣接する部屋は御座いませんので、御客様のご希望される用途にももってこいかと」


「どーよアオちゃんよ。条件的には申し分無ぇだろ? 光回線アリ、有線もオッケー、外部からの騒音もほぼ入らねぇ。大型モニターやら機材やらも、わかめちゃんまでで運んでくれるってぇから心配無ぇ。……函根はこねのホテルじゃこうは行かねぇぜ?」


「ぬむむむむむむむ…………ま、まぁ……いーんじゃん?」


「だルぉーー??」「せやろぉーー??」



 落水荘さんの大宴会場『水月の間』……そこはよくある大広間を可変間仕切りで区切るようなつくり……ではなく、庭園に突き出た出島のような、独立というか孤立した間取りになっていた。

 支配人さんいわく『なにぶん古い作りですので……』とのことで、今どきの宴会場としては珍しく、可変間仕切りでの広さ調整に対応できていない。

 仕切りの無い六十畳程の広さのみでの案内のため、非常に用途が限られてしまうお部屋のようだ。


 しかし、その立地は申し分無い。壁や窓を隔てたその向こう側は――出入り口やパントリーのある一面を除き――三方向が庭園、つまり屋外なのだ。

 これならば配信のためにマイクを設置しても、隣の宴会場のガヤガヤを拾ってしまう心配もない。


 確かに、やや広々とし過ぎる感じも無くはないが……狭いならまだしも部屋が広くて苦労することなんて、そうそう無いだろう。

 その後も『コンセントがここで』『じゃあモニターこのへんで』『こっちにパソコンおいて』などといった感じで、いろいろとシミュレーションを試みているようだった。




「じゃあ……配信会場はココで、アオも文句無ぇよな?」


「っ、ちょ、待てって! えぇーっと、おれまだ……そう、客室とか! もっと館内見てみたいし!」


「では……折角ですので、お部屋のほうもご案内致しましょうか」


「……良いんすか? 支配人」


「勿論、構いません。我々としましても、折角の御予約を逃したくはありませんので」


「よっしゃ! ありァーっす!!」


「まぁ……うちも気になっとったんやけどな」



 今日の下見というのは、どうやら青樹あおきちとせさんを納得させるのが目的のようだった。

 どうやらハデスさまはじめ『なかゲ部』の過半数は、ここ落水荘さんで異議なし状態のようだ。一方でちとせさんたち『函根はこね温泉派』は未だ抵抗を見せていたので、頭目であるちとせさんを納得させるために今日滝音谷おれんちへ連れてきた……ということだろうか。


 肝心のちとせさんもどうやら納得してくれたようで、おれもお招きした甲斐があった。

 ……というか、ちとせさん一人称『おれ』なんだよな。小柄でガーリーなアバターで喋り方も舌っ足らずな感じなのに、一人称はワイルドで。そのギャップがまた可愛らしいんだよな。


 ともあれ宿泊するお部屋を見に行ったということは、かなり前向きに検討しているということなのだろう。勝利は目前と見て間違いなさそうだ。

 べつに『なかゲ部』の合宿がどこで行われようと、おれ自身には何も影響が無いのだが……いや、ほら、住んでるところの近くに有名人がロケで来たりするとさ、ね、なんか嬉しいじゃん。そんな感じ。




「じゃあ、わたしもお風呂いってくるので……また後ほど」


「はぁーい!」「ほぉーい!」


「おう。また後でな」



 そんな感じの、そこはかとなく嬉しい気持ちを感じながら、勝ちを確信したおれは『なかゲ部』の方々と別れ……せっかくなのでひとっ風呂浴びに、立ち寄り湯エリアへと足を運んだのだった。





 もちろん貸し切り風呂ですが……なにか?


 ……いや、あの、ほら……さすがに女性用大浴場は……ネ?





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