第364話 【配信終了】ガヤガヤの慰労会



「ええーと、では……お疲れ様でした!」


「「「「「「お疲れ様ーー!!」」」」」」




 都市部からはそれなりに離れた山間部、岩波市の滝音谷フォールタウン。

 お世辞にも賑わっているとは言いがたい……というかぶっちゃけおれたちの他には数軒しか人が住んでいない気がする、緑深い山の斜面に拓かれた別荘地の一角。


 売れ残り区画をヤケクソ気味に抱き合わせた区画に建つ、とある一軒の大きなお家からは……閑散とした別荘地には似つかわしくない、たいへん賑やかな声が漏れ出ていた。




「……つっても今日日、なかなかホームパーティーとかできねーよ! てか出来るようなウチある知人がまず居ねぇしな!」


「わかめちゃんわちと結婚しよ、わちもこのおうち住む」


「気持ちはわかりますが落ち着いてくださいティー様。のわっちゃんはあたしが唾つけてるんで」


「おい貧乳。どさくさ紛れに何いってんだお前。八代やしろんにチクるぞ」




 今まではその広さを全く活かせずにいたリビングスペースには、普段使っている六人掛けのダイニングテーブルに加えて折り畳みのアウトドアテーブルが姿を現し……そうして拡張されたテーブルの上には、シオンモール謹製のお惣菜と各種ドリンクが並んでいる。

 例によって烏森マネージャーさんとラニちゃんがダッシュで調達してきてくれました。


 ひろびろした空間に多人数、そして料理とお飲み物……これはまさしく、ハデスさま(のなかのひと)の言うとおり『ホームパーティー』と言って差し支えないだろう。

 おれのおうちで、おれが憧れる方々と、テーブル囲んでわいわい騒ぐことが出来る。

 まさかこんなことが起こるなんて……それこそ『木乃若芽ちゃん』のモデリングデータが消し飛んで自殺を考えていたときには、まさかまさか考えもしなかった。




「いやー……わたしなんかが、ですよ。……ほんと『まさか』ですよ」


「ハハッ。『まさか』はコッチのセリフだぜ。刀郷トーゴーが話題にした娘っ子が、まさかこんなに楽しい事持ち込んでくれようとは、ってな!」


「そうっすよ! 前々から怪しいとは思ってましたけど……まさかラニちゃんが実在妖精さんで、まさかワープ魔法まで使えるなんて!」


「うちらとの打ち合わせの日の朝に伊逗半島おったもんな。まさかとは思っとったけど、ほんまにワープしてくるとは思わんかったわ」


「へへへ……いやぁ、【変身】デバイス公開する時点で、もう遅かれ早かれかなぁって。配信者キャスターさんなら守秘義務まわりしっかりしてそうだし、たぶん大丈夫かなって」


「もぐ、もぐ……ボクとしても、やーっと楽になったよ! 今まではロクにお話もできなかったし!」




 そう……『にじキャラ』さんたちへ【変身】デバイスを提供することは、つまり先方を共犯者として抱き込むということに他ならない。

 やっとコソコソせずに、文字通り羽根を伸ばせるようになったことが嬉しいのだろう。霧衣きりえちゃんお手製のだし巻き玉子にかぶりつきながら、今回の主催にして黒幕の妖精さんは朗らかに笑う。



 いままでこの世界には……少なくとも現代においては存在していなかった、【変身】魔法を始めとする様々な幻想ファンタジー技術。

 それらの秘匿、および限定的な提供に関して、鈴木本部長をはじめとする『にじキャラ』さんたちと協力関係を構築する。

 こと配信業において、一・二位を争うシェアを誇る『にじキャラ』さんが後ろ楯となってくれるのならば……色々と、心強い。


 ただし、おれたち『のわめでぃあ』の立ち位置としては、以前と同じ個人勢のままだ。

 あくまで技術提供と一部情報隠蔽に関して、協力関係を結ぶだけ。……あとはまぁ、個人的なお付き合いをさせていただくくらいだろう。




「はー、かわいい……ラニちゃんもかわいいし、なつめちゃんもかわいい……きりえちゃんもかわいい……もちろんわかめちゃんも。……やっぱやだぁ、わちここに住むぅ!」


「住むのは無理ですって。……遊びに来ていただくくらいなら、大歓迎ですけど」


「「「「マジで!!!!」」」」


「ちょっ、あー……オレ知らんっすよ?」


「えっ!? わたしまた何かやっちゃいました!?」


「もぐ、もぐ……まあ、賑やかにはなりそうだね? 良かったじゃんノワ。てぇてぇだよ」




 まぁ……ラニちゃんが手のひらサイズなこともあり、正直持て余し気味だった拠点である。

 気の利いたおもてなしが出来るかはわからないけども、遊びに来てくれるというのなら……おれは正直、うれしいかなって。


 せっかく招き甲斐がある物件に住んでいるのに、今までお客さんらしいお客さんを招いたことがなかったのだ。

 今回みたいな、ちょっとしたホームパーティーを開いても楽しいだろうし……なんならお庭を開拓して、身内用のテントサイトやBBQ場なんかも作ってみてもいいかもしれない。

 オープンに開かれた場ではなく、あくまで(貸借とはいえ)私有地なので……場合によっては【変身】したままでも騒げるかもな。




「……うん、大丈夫だと思います。敷地もそこそこ広いし、私有地扱いだから部外者も入ってこないだろうし……人目を避けて屋外撮影とかも出来るかも」


「す…………スッゲェな、マジで」


「……うーん、やっぱもしかすると相談させて貰うかもしれんわ。いい感じに使えて秘匿性も高い土地、鈴木さん探しとった気がする」


「わかりました。じゃあ、こっちも準備しときますね。テーブルももうちょっとカッコよくしたいですし……お布団とかも」


「「「「泊まれんの!!?」」」」


「ヒュ、っ…………えっと、まぁ……今はお布団一組しかないですけど、寝る場所的には……そっち十畳が二間ふたまあるので」



 おれの指し示す方向、今は間仕切りの障子で遮られている畳の間のほうへと視線を向け、なにごとか考え込んだかと思うと……やがて車座になってひそひそと相談をし始める『なかよしゲーム部』の皆さん。

 その表情の真剣さには、ちょっと近づき難いものを感じてしまうが……まぁ、いくらなんでもいきなり『今晩泊めて』とはならんだろう。

 何やら手招きされて飛んでったラニちゃんが、いやに良い笑顔で何事か頷いているけど……いやいやまさか、まさかそんな、いくらなんでもそんなね、皆さん荷物だって持ってないだろうし、なにより売れっ子の皆さんには週末予定もあるでしょうし。




「ねぇねぇノワ、明日泊まりに来て良い? だって」


「明日かァーーー!!! ……うぅん、まぁ……二言はありません(おとこなので)。良いですよ」


「「「「イェーーーーイ!!!」」」」



 やっぱり……荷物を取りに行ったり、またこっちへ戻ってきたり……そういう相談だったのだろう。

 最大の懸念である移動手段の問題がラニのおかげで解消されるのなら、あとはもう勝ったようなものだ。この分ならおそらく、皆さん明日の夜は配信予定を入れていないのだろう。


 とりあえず、先方がその気だというのなら……おれはお客様が配信しごとを忘れてゆっくり出来るよう、招待主ホストとして最善を尽くさねばなるまいて。




「んじゃあ……わかめちゃんのマネージャーさん。烏森かすもりさん、つったっけ?」


「あっ、ハイ! 何でしょう、えっと……ハデス様?」


嘉手納カデナで良いっすわ。ちょーっと買い物手伝ってくれません? 布団調達しないと。支払いオレが持つんで」


「「いやいやいやいやいやいや!!?」」


「移動はラニちゃんが手伝ってくれるってんで、一丁お付き合い頼んますわ。刀郷トーゴーお前も来い。荷物持ちくらい出来んだろ」


「了解っす! まぁまぁまぁまぁ、そもそもが我々のわがままですんで、これくらいは出させてくださいって!」


「そうやよー。ハデ兄ぃとかどうせお金持ちなんやし! なんならソファとかねだってもええくらいやねんな!」


「その辺はお姫に買わせとけ」


「ちょっと!? わち聞いてない!」




 おれたちが止める間もなく、あれよあれよという間にそういう流れになってしまったわけだが……皆さんに割と本気で『心配すんな』『どうせ使わせて貰うのは自分らだし』『これでも有名配信者キャスターやぞ』などと押されてしまっては、なんとも断りづらく。

 加えて、あまりにも皆さん楽しそうに相談するもんだから……まぁ、お言葉に甘えることにしましょうか。



 そんなこんなで、ハデスさま(本名嘉手納カデナさんというらしい)とモリアキと刀郷とーごーさんは、移動係のラニちゃんともどもワイワイと買い物に出掛けていった。

 行き先は恐らく、おれたち行きつけのシオンモールだろう。あそこは広いし品揃えも豊富だし、なによりも監視カメラの死角も多い。ちょっと人に言えない手段でモノを運ぶおれたちにとっては『もってこい』なのだ。


 後に残されたおれたちは……とりあえず空いたお皿をシンクへ運んだり、少しずつ残ったお惣菜を一皿に纏めたりと、出来るところから後片付けを始めていった。




「あーは言ったけど……ほんまに迷惑やなかった?」


「いえ、大丈夫ですよ。実際わたしも……ちょっとどころか、かなり楽しみですし」


「わちもお泊まり会たのしみ! ありがとねわかめちゃん!」


「……えへへ」




 しかし……そっかぁ。おれのおうちでお泊まり会かぁ。


 未だにどこか『おそれおおい』と感じる部分もあるのだが……こんなに喜んで貰えるというのなら、まぁいいか。

 おもてなし、がんばろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る