第355話 【技能指導】ヒミツの特訓



 東京都渋谷区、合歓木ねむのき公園内の文化施設……その二階の大会議室。

 全ての窓にはブラインドが落とされ、入口ドアは内側から施錠され、関係者(+われわれ)以外の出入りが完全に遮断された空間。


 そこでは今……おおよそ現実世界のものとは思えない、異様・異常ともいえる光景が繰り広げられていた。





「いやぁ、でもですよ? やっぱ『変身ポーズ』っつったらこれでしょ! これ! ターンアップっすよ!」


「わかってないなぁ刀郷くん。ズバッてスキャンするほうがカッコいいですって。ただ歌は気にしない方向で」


「ボクらの推しポーズはなぁ……あのデバイス一つだと再現できないんだよね。……やっぱ同時に二つ使えないと」


「でも姉さん、将来的には二つ用意してくれるって、若芽ちゃんが」


「すげーな……あの子のバック本当どうなってやがんだ……」



 学生服のような衣装に身を包み、頭髪を青や赤や緑や濃紺や桃色に染めた少年少女たちが、のんびりと雑談に興じていたり。




「青ちゃん青ちゃん! もうちょっと右!」


「はぁー? おれは間違ってないんですけどぉー。みどが立ち位置左すぎるだけなんじゃねーの?」


「まだぞうやっでわだじのぜいにする! しょーがないじゃんみんな背ぇ縮んでんだから!」


「みど泣かないの! ももを見習いなさいほら! さっきから愚痴ひとつ言わず黙々とゥオオオイ何喰ってんだお前!?」


「き、きーちゃんのカバン開いてたから……おやつ見えたから……つい」



 カラフルでフリフリなドレス状の衣装に身を包んだ少女たちが、五人揃って仲良く(?)フォーメーションの打ち合わせをしていたり。




「あははぁー! セラちゃんほんっとっちゃくて可愛いー!」


「や、やめなさいベルナデット! ちょっ……こら! どこ触ってんのよ!」


「いやでもセラちゃんそれ、揉めるような膨らみ無いじゃないですか」


「オイ待て勇者。さすがの俺様もドン引きだぞソレ」


「ドン引きであるな。弁護の余地は無かろう」


「あー燃やせないのが悔やまれるわ。女の子の敵でしょこの勇者」


「わちがわかめちゃんに頼んでみよか? 勇者燃やしたいんじゃけどー、って」


「おっ、オレちょうどジッポあるぜ? 根性焼きでもすっか?」



 神官服に身を包んだ金髪碧眼の美少女と、その腕の中にすっぽり収まる幼児サイズの女の子、鎧を纏い剣を提げた青年や、雄々しい角を備えた褐色肌の大男……果ては全身を鱗に覆われた竜人や、捻れた鍔広帽子を被った赤髪の美少女や、白い肌と長い耳を持つ王女様、青黒い肌と蝙蝠の翼を持つ悪魔に至るまで。

 アニメや漫画やライトノベル等でしかお目に掛かれないファンタジーな謎の一団が、画面の中の姿はそのまま現実世界へ姿を表し……いつものような集団コントを繰り広げていたり。



 ここが現代の日本だとはとても思えない……非常に賑やかで、そして楽しげな光景が繰り広げられていた。




 身も心も『キャラクターそのもの』になりきった、今や実在仮想配信者アンリアルキャスターとなった『にじキャラ』一同の姿を前に、八代やしろさんはじめ各ユニットのマネージャーさんたちも、皆一様に興奮を隠しきれない様子だ。

 あちこちから『うちのこかわいい』『マジてぇてぇ』『夢みたい』……なんて声が聞こえてくる。イイゾ。


 一方こちら……ミルさんをはじめⅣ期生の方々は、お菓子とソフトドリンクを取り出してマネージャーさんと談笑している。

 飲んだり食べたりといった動作ができるのも、この【変身】ならでは。みんな問題なく使いこなせているようなので、演出の幅が広がることだろう。



 鈴木本部長は残念ながら、現在事務所にて経営者会議の真っ最中とのことだけど……なんでもこの、他社(というかおれたちの介入なし)では決して真似できないだろう『新世代演出技法』を最大限に活かすため、大掛かりなイベントを仕掛けようとしているらしい。

 それはこれまでのようなオンライン上の、マシンスペックとフルトラッキング環境がものをいうバーチャルなイベントではなく……恐らくだが、それこそアイドルやミュージシャンが執り行うような、リアルを重視したイベントのほうが近いのだろう。


 また、そういったイベントだけにとどまらず……それこそ地上波テレビの各種バラエティ番組をパク……参考に、いろいろと動きのある活動を目指すつもりでいるらしい。




 そんな状況下において、『にじキャラ』さんたちの目下の注目として挙げられるのが……再来週の土曜日に控えた、おれと玄間くろまくろさんとのカラオケコラボの席だ。

 当初は八代やしろさんを筆頭に『Ⅳ期の一部だけ』で企画されていた催しだが、なんでも一部企画内容の変更を打診されているとのこと。


 まぁ、要するに……他のユニットからも『歌うま』な子を何人か、ゲストとして登場させることは出来ないか……というものだ。

 まだ本決まりでは無いとのことらしいが(おれの顔を立ててくれているのだろう)、先方の意図としては初披露の場でできるだけ話題性を出しておきたい、ということなのだろう。わからんでもない。


 しかし、まぁ……そうはいっても、件のコラボの主導権を握るのは、当日のメイン会場である【仮想温泉旅館くろま】……玄間くろまくろさんのチャンネルであり、つまりは『にじキャラ』さんなのだ。

 おれはお誘いされた側であり、いわばゲストの身の上であるので、あまりわがままは言いづらい。というかそもそも共演できるお方が増えること自体は、一も二もなく大歓迎なのだ。

 おれの目的は……視聴者のみなさんに、少しでも多く喜んで貰うことで果たされるのだ。断る理由は無いだろう。




(オッケーわかった。スズキさんにREIN送っとくね!)


(いま会議中じゃないの!? ……まぁ送る分には問題ないか)



 ……というか、おれが個人勢だからというのもあるのかもしれないが、『にじキャラ』さんはいちいちフットワークが軽いな。良いことだ。

 会社によっては旧来の『メールで打ち合わせの相談』→『打ち合わせ日程の確定』→『打ち合わせの場で関係者一同を集めて相談』などという回りくどい手法を取り、またそれを好む会社も多いのだろう。

 しかしながらおれたちは個人勢……意思決定権を持つのはおれと、モリアキと……ラニくらいか。そんな会社様相手みたいに丁寧に丁寧に出てもらわなくとも、REINメッセージの一本で『ええか?』『ええで!』で大丈夫なのだ。早い早い。


 提案の内容を見てみるに、共演者……というか当日の追加ゲストとは後日打ち合わせの場を設けてくれるらしいし、まぁ実際の誰かになるのだろう。

 今回こうやってデバイスを提供させていただいたこともあり、おれたちへの好感度も嬉しいことに高いみたいだし……和気あいあいな感じで打ち合わせができそうだ。




「のわっちゃーん! こっちおいでー! カントリーマダムあるよー!」


「ああっ! うにちゃんずるい! わちもわかめちゃんとお茶会したいのぉー!」


「じ、じゃあティーリット様もご一緒します?」


「ええのミルちゃん!? やったー! わちもご一緒する!」



 ふと見てみれば、皆さんひと通りはしゃぎ回って疲れたのだろうか。

 積み重ねられていた椅子や畳まれていた長机を引っ張りだし、みなお茶会とまではいかずとも団欒モードのようである。


 そんな中で……この魔法演出技法の(表向きの)立役者である、小さくてかわいくて気立てがよくて頭もよくて顔も性格もいい初代実在仮想配信者アンリアルキャスターであるおれに対し、ほとんどの配信者キャスターさんがちらちらと様子を伺っているらしい気配を感じるのですが……うむ。



 今日は……夜の『生わかめ』以外、これといった予定もいれていませんので。


 不肖、木乃若芽きのわかめ……つつしんで皆様の『おしゃべり相手』、務めさせていただく所存でございます!!




 ふふふ……推しと直に顔合わせておしゃべりできるんだぜ……最オブ高かよ。


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