第354話 【技能指導】だいたいⅡ期Ⅲ期



 今日も今日とて、気持ちのよいすこやかな朝を迎えた金曜日。

 傍らですぴすぴと寝息を立てている、手のひらサイズの可愛らしい相棒……昨夜はおれの机の下に潜り込んできたちょっと病気なラニちゃんの寝顔をこっそり盗撮し、おれはキビキビと朝の支度を整える。


 ぱぱっとシャワって、ささっと服を着る。以前はいちいち赤面していた女の子ぱんつも、今となっては慣れたもの。今日は黒ベースに白のドットだぞ。

 靴下を履いて、肌着を着て、上下の服を着て……変なところがないかを確認して、身支度終了。七面倒くさい髭剃りの手間が無くなったので、非常にスムーズだ。




「おはよぉー。きりえちゃん、てぐりさん」


「あっ、わかめさま! おはようございます!」


「……お早う御座います、御館様」



 霧衣きりえちゃんと天繰てぐりさん、最近仲が良い二人と朝の挨拶を交わし、三人で揃って霧衣きりえちゃんお手製の朝ごはんを頂戴する。おいしいごはん、いつもありがとうね。


 ちなみに、今日もまだおネムらしいなつめちゃんは、霧衣きりえちゃんのお部屋で寝起きしている。

 猫ちゃん用のベッドとタワー型のアスレチックが持ち込まれた二階和室で、だいすきな霧衣きりえちゃんと寝起きを共にしているよ。尊いね。

 ……ちなみに、しーしーは猫ちゃん用を使っているよ。普段の格好がそっちなので、色々と楽なんだって。




「ごちそうさまでした! いってくるね!」


「はいっ! おそまつさまでした!」


「……行ってらっしゃいませ。お早いお帰りを」



 食べ終えた食器を台所に運んで、【洗浄クリーレン】できれいきれいして水切りカゴへ。二人にあいさつして後のことをお願いして、おれはお仕事に出掛ける。


 ……といっても、向かう先は玄関じゃない。階段を上って二階の自室だ。



「ラニ、おきて。そろそろ時間だよ」


「んんぅー……………すん、すん…………はっ! たまご!」


「はいおはよう。ゆで玉子マヨネーズつきだよ」


「おふぁよおー……いただきます」


「先に【門】ひらいて。あっち着いたらゆっくり食べてていいから」


「んぅー」


「食べながら魔法使ったよ器用だなおい」





 『にじキャラ』さんに指定された貸し会議室は、事務所の近くの緑地公園内の文化施設……要するに囘珠まわたまさんと同じ敷地内だ。

 一旦ミルさんちにお邪魔して合流し、二人一緒に再び【門】を潜り、囘珠まわたまさんの倉庫内アクセスポイントへ『にゅにゅっ』と顔を出す。


 そこへずらりと並ぶのは、蓄魔筒バッテリーへと環境魔力を詰め込むための、専用の充填設備の列。都合五台分の変身デバイス、そしてその動作を賄うだけの蓄魔筒バッテリー……その数はもはや百に届かんばかり。

 とはいえⅠ期とⅣ期の面々は【書込インストール】と【登録セットアップ】を済ませたので、消費数を減らせたのは幸いだった。これ以上の増産はせずとも大丈夫だろう。


 単三電池のようなショットガンのシェルのような、漆塗りの木製の蓄魔筒バッテリー……ちょっとした工芸品のようにも見えるそれをおよそ百個、手提げ鞄にしっかりと詰め込んで倉庫を後にする。

 すれ違う職員の方に会釈しながら廊下を進み、二人ならんで建物の外へ。途端に寄ってくるなつめさんの同僚たちに『かりかり』を振る舞いながら、指定された貸し会議室へと歩を進めていく。

 ミルさんには認識改編の魔法を掛けているので、道行く一般の人にとっては黒目黒髪の美少女に映ってることだろう。




「おー! ミルか! ミルやんな! おひさー!」


「ご無沙汰です、うにさん!」



 貸し会議室が収まる建物の前、元気いっぱいの村崎うにさん(のなかのひと)が、おれたちを出迎えてくれる。Ⅱ期とⅢ期の方々とは直接の面識が無いので、気心知れた彼女が一緒にいてくれるのはとても心強い。

 ミルさんも先日の状況報告以来となるうにさんとの顔合わせに、見るからに嬉しそうな表情を滲ませている。


 そのまま彼女と一緒に建物へ入り、会議室のある二階へ。おれたちの後をぞろぞろ付いてきていた猫ちゃんたちとは、残念ながら入り口でお別れだ。

 館内はどうぶつさん立入禁止だろうし、みんなびっくりしちゃうからね。うにさんも『ぎょっ』としてたもん。




 そして……今げんざい。なんと。


 おれは会議室内の、おそれおおくも『お誕生日席』へと通され……初対面となる十一名の配信者キャスターさんと、そのマネージャーさんたちと、例によって自由参加のはずなのになぜかほぼ全員いるⅠ期とⅣ期の方々……


 つまりは『にじキャラ』所属タレントという、そうそうたる面々の注目を浴びているのだ。





「えー……それでは、始めようと思います。若芽さん、お願いします」


「い、いきなり丸投げですか!?」


「「「「「かわいいー!!」」」」」


「ちょっと!!?」



 Ⅱ期の方々は男女比が半々くらい、Ⅲ期は五名全員が女の子。アバターはもちろんなかのひとからして美男美女が揃った顔ぶれは、おれの平静を失わせるには充分だった。

 この中でおれが交流させて頂いたのは、Ⅱ期の刀郷とーごーさんと……あとは彼の配信に同席していた日之影ひのかげ会長さんくらいである。

 その他の方々にはおれが何者か、そこから始めなきゃならないと思っていたのだが……ありがたいことに、皆さんおれのことを知ってくれているらしい。まじか。晒し者効果か。


 皆さんがお話を聞いてくれる体制になっていたので、簡単に自己紹介をさせてもらい、あとは先日のⅠ期とⅣ期のときと同様、順を追って説明させていただく。

 とはいえ今回は、既に【変身キャスト】についての話は同僚から回ってきているのだろう。おれが背伸びして板書している間、Ⅱ期とⅢ期の方々の『わくわく』も高まっているようだった。




「……では、早速やってみましょう。まずは代表として……刀郷とーごーさん。それと、赤嶺あかみねさん。お手伝いをお願いします」


「ハーーーイ!!」「やったぁ!!」



 他のメンバーから笑顔で送り出されるⅢ期の赤嶺あかみねさんと、中指を立てられて送り出されるⅡ期の刀郷とーごーさん……お二人にホワイトボード横左右に立ってもらい、完成したばかりの『変身デバイス』をそれぞれ預ける。


 いまだブーイングさめやまぬ会議室内……おれは【書込インストール】にはかなりの集中力を要すること、失敗してやり直しともなればそれだけ時間が押してしまうことを再度説明し、静かにしてもらうようお願いさせていただいた。

 ……はい、静かになりましたね。皆さんよくできました。先生は嬉しく思います。


 では、心を落ち着けていただいて。お二方のアバターを、隅々まで思い浮かべていただきます。

 もう一度手順の確認です。サイドボタンを長押ししながら発声コマンド【書込インストール】を入力、ボタンを押したままアバターのディテールを隅から隅まで頭の中で思い描く。……いいですね。失敗してもやり直しは効くので、緊張しすぎないように。



 それでは……始めてください。


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