第336話 【催事二日】飛込出演とーくしょー



『会場の皆様、大変お待たせ致しました! ジャパンキャンピングカーフェス二日目、イベントステージ第三部! これより開場致します!』





 会場客席から盛大な拍手が鳴り響き、軽快なBGMが流れ始める。

 さすがはプロのイベント会社が手掛けるステージイベントだ。司会進行のお姉さんの声も聞き取りやすいし、マイクからの声とBGMの音量バランスもいい感じだ。


 本職の方が進行を務めている様子をこうして間近で眺めることなんて、そうそう無いだろう。学生時代の学園祭以来だろうか。

 抑揚をしっかりとつけ、とても聞きやすいお姉さんの言葉は、その後もステージイベントのスケジュールを順調に読み上げていく。


 その光景を目の当たりにし、耳から入る音声を認識し……『配信者としてこうあるべき』と設定し、それを再現したはずのおれの身体が、がらにもなく緊張しているのをいやがおうにも思い知らされる。





「間もなくだけど……大丈夫? 若芽ちゃん」


「っ、……すみません、失礼しました」


「いや、構わないよ。……この会場、ホント立派リッパだからね。緊張して当然だよ。そもそも無理言ったのはコッチなんだし」


「いえ……ご心配お掛けしました。大丈夫です、いけます」


「っへへ、さすが心強いな。……宜しくね、局長さん」




『それでは早速、お呼びしてみましょう! 今ホットで絶好調のアウトドア芸人! 配信サイト『ユースクリーン』登録者数は十万人超え! 監修レシピブックの出版も決定しました……『わんわんながしまグリル』さん!』



「じゃ、先行くね」


「はいっ!」



 巨大な会場、立派なステージ、多くのお客さん、まぶしいスポットライト。

 そんな環境をものともせず……ベレー帽がトレードマークの愛犬家アウトドア芸人『わんわんながしまグリル』さんは、元気よくステージ袖から飛び出していった。


 日頃から多くの人々の視線に慣れている人は、その胆力も桁違いなのだろう。

 芸人……いや、芸能人。おれのような一般人なんかとは住む世界が異なる、日本中の人気者。おれなんかが肩を並べようなどとおこがましいが……しかし今日、いま、このときだけは、隣に並べる存在にならなければならないのだ。




『続きまして、もうお一方ひとかた! 昨日の開場以降、界隈の話題を独占! 配信サイト『ユースクリーン』登録者数は異例の早さで五万人! 実在した森の妖精『木乃若芽きのわかめ』さんです!』



 ……なんだか妙にこっ恥ずかしい宣伝文句が聞こえた気がするけど、今はそんなの気にしていられる状況じゃない。あとだあと。

 意識して頭の中のスイッチを切り替え、理想の演者をび起こす。


 暗くひっそりとした舞台袖から、スチールの階段を駆け上がり……わたしはまばゆいスポットライトが照らし出す舞台上へと、胸を張って飛び出していった。






『さてそれでは改めまして、イベントステージ第三部。十五時からはアウトドア芸人『わんわんながしまグリル』さんをお招きしまして、先日に引き続きインタビュー形式でお話お伺いしようと思ってたのですが……』


『はい。それに関してはボクから。いやぁ昨日の……ちょうど今なんですけどね。ボクの枠始まる直前になって、急にお客さん『サーーッ』てけてったんですよ。ボク一応芸人なんで、芸人としてはこんな恐ろしいことったら無いんですよね。んで、なんでかなって後になって調べてみたら…………いやいやいや……見つけましたよ、元凶! 捕まえましたよ! です!』


『つ…………捕まっ、ちゃい……ました。……えへっ』


『『えへっ』じゃないですよホンマ可愛いなぁ。何なんすかお嬢ちゃん、可愛い顔して恐ろしい子ですよ。ボクはよく知ってますけど……ホラ、皆さんにちゃんと自己紹介したったってください』


『はいっ。……ヘィリィ! 実在仮想配信者アンリアルキャスター、キャンピングカーだって乗れるエルフの『木乃若芽きのわかめ』です! ……わんわんながしまグリルさん、本日はお招きいただき、ありがとうございます!』


『なんでも聞くとこよによると……ほんの三十分ほど前にわんわんながしまグリルさんからの打診で、急遽出演が決まったとか』


『はいっ! 今日わたしは宣伝お手伝いとしてお邪魔してたんですけど……自由時間に会場内歩いてたらですね、わんわんながしまグリルさんの』


『いや、お二人とも……ナガシマでいいすよ。長いでしょう』


『あっ……ありがとうございます。えっと、ナガシマさんのマネージャーさんに声掛けられ……捕まっちゃいまして。そこで……本当ありがたいことに、ナガシマさんが共演を持ち掛けてくださって、急いで相談して許可もらって、大急ぎで晴海はるみお姉さんにご挨拶して……そして今に至ります』


『私達もビックリしましたよ。いきなり出演者が増えたこともなんですけど……だって、エルフちゃんですよ、エルフちゃん! 本当妖精さんみたいで、とーっても可愛らしいですよねぇー!』


『き、恐縮です。……妖精ではないですが!』





…………………………




 ……っとまぁ今更だが、ここへ至るまでの経緯をざっくりと説明させていただこうか。

 とはいえ、司会進行兼インタビュアーの晴海はるみお姉さん、ならびにナガシマさんの説明にあった通りなのだが……光栄なことに、アウトドア芸人ナガシマさんのマネージャーさんから共演のオファーをいただいたことに始まる。


 大慌てで多治見たじみさんおよびせきさんに相談してみたところ、二つ返事で『こちらとしては問題無いですよ』と……なんていうか、やけにアッサリと許可をいただきまして。

 取り敢えず時間が差し迫ってるということで、お詫びとお礼はまた今度にするとして……今度はイベント運営委員会のほうへと相談に伺い、しかしこちらも妙にあっさりと許可が降りまして。



 よって……おれはこうして『わんわんながしまグリル』さんに導かれ、おそれおおくもメインステージへと登壇してしまったわけで。





『……っと、このように話題沸騰中のお二方ですが……好みのアウトドアの楽しみ方やプライベートについて、お話お伺いしていこうと思います! どうぞ、お掛け下さい』


『うっす。宜しくお願いします!』


『しっ、失礼、します……っ!』


『ガッチガチやね。緊張してます? 若芽ちゃん』


『も、もちろん! わたし一般人ですし……こういう場は初めてですし!』


『では……ガチガチのところすみませんが、進めさせて頂きますね』






――お二方はそれぞれ、ご自分でキャンピングカーを所有されてるとのことですが、大まかな仕様をお聞かせいただけますか?


【わんわんながしまグリル(以下『長島』)】ボクはダイナのキャブコンですね。購入して……五年くらいかな? まぁ中古なんですけどね。就寝六名くらいいけるみたいですけど、ほぼ一人と一匹でしか使いませんね。


【木乃若芽(以下『木乃』)】わたしはハイエースベースのバンコンで……案件の一部として、お借りしている形です。レンタルなんですけど、とてもよくして頂いてます。就寝定員は大人四名と子ども一名……えーっと、はい……わたしが『子ども一名』部分に、どういうことか収まってます。オトナなんですが。



――結構な頻度でアウトドア利用をされているようなのですが、出掛けるときはどなたとご一緒することが多いですか?


【長島】あー……ボクはもう独身貴族なもんで、完全に人間はボクだけですね。ボク一人と……相棒のアラシ君とですね。ラブラドールの男の子です。


【木乃】わたしは……三人か、四人で行くことが多いですね。大抵『のわめでぃあ』の……あっ、えっと、ユースクでやってるチャンネルのメンバーです。



――泊まり掛けで出掛けることも多いとは思うのですが、食事はどのような形を取ることが多いですか?


【長島】日によってまちまちですね。火を起こして飯盒炊爨やら焚き火料理することもあれば、お湯だけ沸かしてカップ麺にすることもあったり……パックご飯とレトルト食品をレンチンして済ますこともありますよ。


【木乃】わたしたちは……お料理ガチな子がいるので、割とその子が何とかしてくれちゃってますね。朝ごはんとかは簡単なカップ麺にしちゃうこともありますけど。



………………………………



……………………




…………




 おっかなびっくりだった、注目を浴びながらのステージイベントだったが……お二方の穏やかな語り口のお陰もあってか、おれは少しずつ調子を取り戻していった。


 日頃からおれを応援してくれてる視聴者さんたちと、今日はじめておれを目にするお客さんたち。

 その多くの温かな目に見守られながら、対談イベントは順調に進んでいった。



――――――――――――――――――――


『絶対に実在人物と名前かぶっちゃダメだ』という強い意志によって、到底実在しなさそうな芸人さんが爆誕しました。わんわん。


実在人物に名前被ってないよな??(不安)

こんなご機嫌なお名前の有名人さんいませんよね????(無知)



もし後日名前変わってたら察してください(予防線)



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