第335話 【催事二日】会場散策でーとたいむ



 いや、正直危なかったけどね。

 あぶなかったけど……なんとか耐えきったと思ったんですよ。



 甘かった。


 対談形式トークを終えても……まだ終わりじゃなかったのだ。






「じゃあ、霧衣きりえちゃんちょっと待っててね。今訊いてくるから」


「は、はいっ! いってらっしゃいませ!」



(あの、突然すみません。こちらのキャンピングカー、可能であれば中のほう拝見させていただきたいんですが、いかがで…………エッほんとですか! ありがとうございます! あっ、えっと、あの……じつはわたし今仮想配信者ユアキャスやってまして、それで配信中なの、です、が、っと…………ほんとですか!? うれしいです! ありがとうございます!)



「オッケーいただきました! やたぁ!! 行きましょ霧衣きりえちゃん!!」


「はいっ! 御伴おともさせて戴きまする!」




 おれたちが現在お邪魔しているのは、ジャパ(略)スin東京に出展している某メーカーさんのブース。

 ……じつはこちら、配信者向け広告代理店ウィザーズアライアンスの大田さんから報告タレコミがあったメーカーさんなのである。


 なんでも、こちらのメーカーさん……おれたちが三納オートサービスさんから車輌を貸与され、めっちゃ満喫させてもらった車内動画(きりえちゃんかわいいのやつ)を公開した際……その様子が一部界隈で話題になっていたことを聞き付けたらしい。

 そして大田さんのところに『おれたち『のわめでぃあ』さんみたいにサブカルに明るい配信者いませんか』との相談を持ちかけてきたらしく……それで早い話が『ちょっと様子を見てきていただけませんか』という非公式な依頼を、おれは大田さんから引き受けてきたわけで。



 この際の『様子』というのは……いわく、メーカーさんがわの『サブカルに対する理解の幅』ということらしい。

 われらオタクと呼ばれる種族を、ただのオイシイ金蔓カネヅルとしてしか捉えていないような相手には……つまるところ、あまり本気でお相手したくはないのだとか。

 やっぱオタクって……言っちゃアレだけど、面倒な種族だよな。おれも含めてな。


 そういった(ちょっとイヤらしい)視点から見た限りでは、こちらのメーカーさんはなかなか……いや、かなり良さそうな雰囲気だった。

 こうして直接相対すれば、おれに嘘や取り繕いは通用しない。そりゃさすがに『思考が読める』とかいうわけでは無いが、単純に『歓迎』か『嫌悪』かに絞ってしまえば、なおのこと間違えようがないのだ。エルフアイはお見通し。



 というわけで。

 おれたちの見学(および撮影)希望を快く引き受けてくれたこちらのメーカーさんは、いわゆる『軽キャンパー』と呼ばれる商品を主に取り扱っているらしい。

 ベースとなる車輌は軽自動車とはいえ、そもそも最近の軽自動車は基本性能が優秀なものが多いのだ。それらをベースにすることで軽自動車の取り回しの良さや燃費の良さを活かしつつ、用途を絞り込みスペースを最大限活用したキャビンを兼ね備えたものだ。

 そのお求め易さと小回りの良さ、街乗りも余裕でこなせるフットワークの軽さ等々……就寝定員を二名、あるいは一名に絞るのなら、極めて優秀なアイテムといえる。




「なるほど、めっちゃコンパクトにまとまってますね……」


「わ、わぁ……! おちつく空間にございまする」


「ソファベッドと、ポップアップルーフテント……ふたりで悠々、詰めれば四人寝れるサイズなんですね。良いなぁ」


「おふたりで、いっしょに……なかよしでございまする!」




「おおすごい、ソファ兼ベッド……あっ、カウンター下に脚が入る! なるほど、折り畳み式カウンターテーブルか……」


「となりどうし、若芽様のお隣でございまする。……えへへっ」


「ヴッ!! ……えっと、ソファの幅は……二メートル弱でしょうか。奥行きも九十弱ありそうなので、このままでも寝れますね」


「窓にも換気扇がついてございまする! これでお料理もはかどりましょう」




「ああすごい。やっぱりこれ、カウンターそのままでもソファに『ごろん』できますよ! 気軽にくつろげて良いですね……あっ、ソファの背もたれ外してギャレーのほうに嵌めればベッド広がるやつですねこれ」


「お、おっ、お二階が! わかめさま、おにかいに寝床がごさいます!」


「ポップアップベッドですね! ……あっ! カウンター端の棚! 変な配置だなぁと思ったら……上がるための階段ですかこれ! すごい! 霧衣きりえちゃんのぼってみる?」


「は、はいっ! 屋根裏のようで……よいしょっ、……はふぅ。わたくしはとても落ち着く空間にございまする、若芽様……若芽様? お顔を赤らめて、いかがなされました? …………えっ、みえ? ……???」





 続きましては、こちらのメーカーさん。キャンピングカー本体ではなく、汎用オプションパーツを幅広く手掛けている金属加工会社のキャンパー部門らしい。


 例によって大田さんからの紹介で、こっちへの訪問は割と『お願い』ベースで打診されていた形だ。

 だがしかし、どのみち全メーカーさんを回ることは無理なので、依頼混じりであろうとも目星を立てられるのはありがたい。

 こちらのメーカーさんは、サブカルに理解があるかどうかは関係なしに、単純に大田さんのところで度々プロモーションを手掛けている……まあ、いいお付き合いをしている関係なのだとか。



「じゃあまた、わたしが聞いてきますので……ちょっと待っててくださいね」


「はいっ。いってらっしゃいませ」



(こんにちわ、すみません。いきなり失礼します。あっ、いえ、その、怪しいものでは……あいえ、見た目は怪しいですけど、お巡りさんのお世話になったりはして……な…………えーっと…………あっ!? アッ、えっと、ちがいます! けっしてわるいいみでは……そうじゃなくてですね! ……えっと……わたし、実は配信者キャスターやってまして……それで、その……ご迷惑でなければ、こちら撮影させて頂くことは可能でしょアッ、エッ、大丈夫ですか!? ありがとうございます! ありがとうございます!!)



「いいって!!」


「さすがでございます! 若芽様!」





 そんなこんなで会場内を(といっても三納オ社さんの近くに限られるが)ふらふらとさ迷い、おれは与えられた会場散策時間を霧衣きりえちゃんとともに満喫する。

 大田さんからのお願いもあったし、個人的にも見てみたいブースはいくつかあったので、おれはたいへん楽しませてもらったのだが。


 気づけば……というか当然だが、突飛な容姿でカメラを回す二人組は良くも悪くも非常に目立つ。



 ましてやそれが、前日から界隈を騒がせていた『アウトドアが好き(※自称)で容姿端麗(※自己評価)でトークも堪能(※自画自賛)で見た目幼児にしか見えない実在エルフ(※性癖)で遣り手の配信者(※要出典)のキャンピングカーオーナー(※レンタル)』ともあれば……それはもう『これでもか』ってくらい、話題性があるということなのだろうか。




「すみません、ありがとうございました! 楽しかったです! カタログもありがとうございます! ……じゃあ、もうそろそろ十四時半ですからね。ブースに戻りましょうか」


「あの、お嬢さん。……突然すみません」


「えっ? あっ、はい!」


「すみませんお忙しいところ。わたくし、こういう者でして……大変恐縮ではございますが、少しだけお話宜しいでしょうか?」


「ヒゅっ、………………わかり、まヒた」





 これを『ごほうび』と捉えるべきか、はたまた『試練』と捉えるべきなのか。


 ……遺憾ながらまだまだ人生経験に乏しいおれにとっては、いまいち判断することはできなかったが。




「えーっと……では予定をちょっと早めまして、これから休憩をいただきます。おつぎは十五時、しばしご歓談を。……ヴィーヤばいばい!」


(ラニ、モリアキに伝えて。予定変更、休憩そのに突入)


(りょーかい。暗転……休憩用動画……はいった! おっけーだよ)


「……カメラとマイク、切りました。……ここで大丈夫ですか? めっちゃ人多いですけど」


「そうですね……ブースのほうへ向かいながらで。『三納オートサービス』さんのところで宜しいですよね?」


「わかりました。大丈夫です」




 おれの直感が。

 『一人でも多くのひとを喜ばせるため、少しでも多くのひとに知ってもらおうとする』ことを求める、本能とでもいうべき感覚が。



 これは絶好のチャンスである、と……そう告げていた。


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