第329話 【国展催事】エルフです現場入ります



 展示即売会の朝は早い。


 すぐそこの臨海湾岸パーキングエリアで一夜を明かしたおれたちは、まだ空が明るみ始めるその前からいそいそと行動を開始した。


 顔を洗って身支度を整え、【洗浄】やら【消臭】やら【除菌】やらをぶちまけて、きわめて迅速に準備を完了させる。

 【集中】を掛けてねむけを完全にすっ飛ばしてハンドルを握り、アクセルペダルを丁寧に踏み込む。打ち合わせの際に貰っていた地図をもとに、東京臨海展示場ビッグボックスの東ホール裏手、搬入口のトラックヤードへと向かう。


 次第に明るみを帯びていく首都東京の港湾エリア……目的地に近づくにつれてやはり目立つのは、形状もサイズも実に多種多様なキャンピングカーの群れ。

 もしかしなくても……行き先はおれたちと同じ展示場であり、目的もまたおれたちと同じ『ジャパンキャンピングカーフェスin東京』、その当日搬入組なのだろう。





「あっいた! 多治見たじみさーん! おはようございまーす!」


「ちょっと先輩声が大きいっす! めっちゃ注目浴びてますよ!?」


「わははもう開き直ったさ。どうせイベント中は撮られまくるんだぜ? なら今から目立っちゃったほうが話題になるだろ」


「まぁ……このナリでハイエース運転してりゃ、そりゃあ話題になるでしょうね……」



 今回のおれのお仕事が『プロモーション』である以上、つまり今回ばかりはが目的となる。

 おれが目立つということは、それすなわち『三納オートサービス』さんのブースが注目されるということに他ならない。たとえどんな切っ掛けであったとしても――実在エルフなんていう珍獣を見るためだったとしても――興味を抱いてもらえた時点で、おれの役目は果たせるのだ。

 今まででは悪い意味で目立っていたおれの容姿だったが……こういうときばっかりは、日本人離れした容姿で良かったなって思う。



 さてさて。クライアント様である三納オートサービス社の方々と無事合流し、改めてご挨拶をきちんと済ませる。おれは立派な社会人であるからして、挨拶は大事よね。


 気になるブースの準備のほうだが……ぶっちゃけ大モノの搬入に関しては、おれたちのハイベースで最後だったようだ。グレードや一部装備の異なる兄弟車輌や、大型の展示パネルや大道具なんかは……なんでも昨晩の前日搬入で設営済らしい。

 おれたちとハイベースは当日本日朝の搬入時間を狙って入構を済ませる予定だったので、こうして最後に合流するかたちとなったわけで。これで必要な商材はすべて揃ったわけだな。





「それでは改めて……本日と明日、接客補助として参加してくださる『木乃若芽』さんです。……若芽さんすみません、一言お願いできますか?」


「は、はいっ! ……ご紹介にあずかりました、木乃若芽きのわかめと申します。皆さんの想いが詰まった商品をお預かりし、実際に愛用させて頂いている者として、一人でも多くのお客様にこのの良さを訴求できるよう尽力いたします。皆さんのお仕事の邪魔をしないよう、少しでもお手伝いできるよう頑張りますので……どうか、宜しくお願いします!」


「「「宜しくお願いします!!」」」




 その後は本日のおれのアシスタント……主に配信全般のフォロー要員として、ラニちゃんの代わりにモリアキを紹介。

 また会場での呼び込み業務には不参加だが、同じく配信を行う際のパーソナリティとして……満を持して、霧衣きりえちゃんをご紹介。

 ぺこりと可愛らしくお辞儀をしたときの、あの割れんばかりの拍手といったら……両隣のブースのスタッフさんたちも『何だ何だ』と意識を引かれ、直後思わず暖かな笑みを浮かべてしまうほどの愛らしさであろう。わうわう。


 というわけで、今日のおれはちょっとしたハードワークが待っている。お客さんを呼び込みながら、リアルタイムでお仕事のようすを配信しながら、ときには車内特設スタジオからの配信で、この『ハイベース号』の可能性を多くの人々に知らしめなければならないのだ。

 多治見たじみさんはじめ営業スタッフの方々は、みんな感じの良い方々だったので……なおのこと、おれにこんないいを預けてくれた彼らの力になりたい。



 不安は確かにあるのだが……幸いというか、おれたちはにはそこそこ耐性があるので、なんだかんだ大丈夫だと思う。

 平均して年に二回は来てたもんな。会場も同じだし。東3ホールとかもう家みたいなもんだわ。……まぁ、家はさすがに言い過ぎたわ。





「あの、若芽さん。……すみません、そろそろ衣装のほう良いですか?」


「あっ……そうですね。……うん、時間あるうちに着替えちゃった方がいいですよね」


「お願いします。車外モニターとPCのセットアップは我々でやっておくので、着替え終わったら確認をお願いします」


「あぁ、じゃーオレもコッチ見てますんで、若芽ちゃんは車内でゆっくり着替えてきて下さい」


「りょーかいです! ……では、ちょこっと失礼しますね!」



 イベントスケジュールにふんふん言いながら目を通していたおれは、多治見さんの助言に従い『仕事服』へと着替えるため、控え室でもあるハイベース号の中へと引っ込む。

 おれが車内へと消えていくや否や、多治見たじみさんが恐らく知り合いなのだろう他社の方々に取っ捕まっているのが見えた。ついでにモリアキも巻き添えってた。

 フフフ、おれってば罪な女だ。……男だが。



「へい! ラニちゃんカモン!」


「おーけー!」



 バンクベッド部分でなつめさんと遊んでいたラニちゃんを呼び寄せ、本日の衣装を出してもらう。衣装とはいってもそんなに特殊なものではなく、いつぞやのお庭探検で身に纏った『エルフの斥候スカウト』装備だ。

 おれの神秘性を表現し、それでいて嫌らしくないテイストで纏めるためには、やっぱりこれくらいが丁度良いらしい。やっぱり外見年齢十歳程度というところがネックであり、一般的なキャンペーンガール的な衣装は……さすがに都条例が黙っちゃいないだろう、とのこと。

 まぁでも実際、おれたちもこの格好は気に入っていたので、評価してもらえたなら単純に嬉しい。



「やっぱノワの生着替えは興奮するね」


「ラニちゃんわかってるね? 今回ばっかりは調子にのって姿晒さないでよ?」


「わかってるよぉ。ずーっとクルマの中でナッちゃんと戯れてるから!」


『――――し、仕方のないヤツよにゃあ。……ぬしがどうしてもと云うのなら、付き合ってやらんこともにゃ……無い、ぞ』


「……ふふ。お願いね、ナツメさん」



 仲間たちと言葉を交わしながら、おれは長袖シャツとスカートを脱ぎ捨て、てきぱきと『エルフの斥候スカウト』装束を身に付けていく。実戦仕様の高級装備とはいえ、今この世界においては単なるコスプレ衣装に過ぎないだろう。


 だが……単純に似合ってるのもあるが、その縫製はしっかりと細かく仕立てられているため、非常に見映えがする衣装なのだ。

 弓と矢筒(※ただし入っている矢束はさすがにフェイク)も身に付ければ……ほら、完璧なエルフだぞ。わはは。



「若芽様。お支度は整いましてございまするか?」


「んー…………んっ。大丈夫そうだね。おっけーだよ霧衣きりえちゃん。……もしかして、皆さんに?」


「はいっ。建物内とはいえ、少々冷えますゆえ……」


「やさしい……っ! いいこだねえ! きっとみんな喜ぶよ……!!」


「……っ、はいっ!」




 おれは紙コップを収納から取りだし、お湯の沸いたケトルを掴む。

 霧衣きりえちゃんははにかみながらお礼を告げ(※とてもかわいい)……お盆に急須と茶筒と鍋敷きを乗っけて、丁寧に持ち上げる。



 三納オートサービスのみなさんに、温かなお茶を振る舞おうという……とっても温かな心の持ち主である、やさしくてかわいい和装美少女。

 そんな究極の逸材が……よくよく考えてみれば、情報に餓えた展示即売会場の出展者たちに、目をつけられないはずもなく。



 電動スライドドアがゆっくりと開いていき、車外の様子が徐々に伺えるようになって……おれたち二人は図らずも、同じ『おくちあんぐり』で硬直してしまった。





 いや、ひ と お お く な い ?



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