第330話 【国展催事】客寄せエルフ



『――――只今より、『ジャパンキャンピングカーフェスin東京』を、開催致します!』




 館内放送でイベントの開始が告げられ、万雷の拍手が響き渡る。おれやモリアキマネージャーさんにとっては、およそ年に二回のペースで非常に身に覚えのある光景だ。探し物は何でしょうか。


 ただいつものと違っているのは……所狭しと並べられているのが長机と長椅子ではなく様々なキャンピングカーであり、取引されているものが薄い本ではなくゴツい車輌である……といったところだろうか。

 とはいえ会場の雰囲気そのものは、大変慣れ親しんだものである。館内のコンビニの場所もATMの場所もお手洗いの場所もコインロッカーの場所も熟知している、たいへん馴染みのある会場だ。

 まぁ、今回はそれらにお世話になることは無さそうだが。



 というわけで、いよいよ始まりました『ジャ(中略)スin東京』。以前よりお伝えしている通り、おれの本日のお仕事は早い話が『客寄せパンダ』なわけなのだが……まぁまだお客さんの入場が始まったばかりだ。

 込み合うまで少し時間があると思われるので、いちおうおれに割り振られた業務チャートを簡単に説明させていただこう。



 まず、基本待機について。クライアント様であらせられる『三納オートサービス』さん側としても、おれの『エルフ種』という属性と能力を前提としてプランを組んでくれていた。

 なんとなんと、ブースのフレームと単管パイプを駆使し、樹木の枝をイメージしたおれ専用のお立ち台……もとい、待機スポットをつくってくれていたのだ!

 まぁ木や葉なんかの飾り付けはスタイロやらフェイクグリーンなわけだけど……ぱっと見で『木だ!』ってわかる程度には、しっかり飾ってくれていた。


 高さは目測で百五十センチほど。というのも、あんまり高すぎると安全帯が必要になってしまうのだとか。ここに立つことはほぼ無い想定なのだが、念のためにと安全手すりも付けてもらっている。やさしい。

 構造としては、片持ちで出っ張った棚板といった感じだろうか。三角形の形に方杖ほおづえも組まれており、おれが『ひょいっ』と飛び乗っても、この通り。ガタつきなんかは感じられない。

 ……着地も見事に決まったな。感嘆のお声も浴びて、いい気分だ。


 こんな感じで、昇り降りには(ふつうのひとは)若干難儀するだろうが、枝の上にはちゃんと六百ミリ幅の天板を渡してくれてある。その上さらにウレタンクッションまで敷いてくれているので、意外と座り心地は悪くないし……それになにより、とても目立つ。



 この――まぁ、安全のため立つことはほとんど無いのだが――おれ専用の『お立ち台』とでも言うべき専用ステージから来場者の方々に呼び込みを行うこと、また場合によっては降りて簡単な接客をしたり、また昇って休憩がてらアピールを行ったりすることなんかが……本日のおれの主なお仕事となるわけだ。



 コンセプトイメージとしてはずばり『森の中で木の枝に腰掛けてるエルフ』な感じらしい。そういうことなら、はりきって神秘的ムーブさせていただこうじゃないか。




「わかめちゃーん! ヤッホー!」


「やっほー! がんばりましょーねー!」


「こっち向いてー! わかめちゃーん!」


「はーい! ぴーすぴーす!」


「わかめちゃんイェーイやっほー!」


「いぇーい! みんな元気ー?」


「「「「「いぇーーい!!」」」」」



(神秘的が……なんだって?)


(いわないで、おれも思ったから)



 ま、まぁ……近くのブースの方々は、同業他社のライバルであると同時にイベントを戦い抜く戦友でもある。仲良く騒いでも大丈夫だろう。

 というか、会場全部が同じジャンルなんだもんな。同じ趣味を持つものどうしが互いにリスペクトし合える……他社の方針やアイディアを知ることができる、貴重な交流の場だ。やっぱりこういう場は良いものだな。



 なおおれの本日のお仕事は、『のわめでぃあ』でも中継させてもらう予定だ。それにともない業務中小型カメラゴップロを回すことに関しては、クライアント様からもきちんと許可が出ている。あんしんだ。


 手持ちのアクションカメラと、何台かの据え置きのカメラ……うち一台は『お立ち台』にもバッチリセットされている。

 それらの映像をうまいこと切り替えて、車内特設編集ルームのモリアキとラニちゃんが映像を作ってくれる手筈になっている。

 ちなみにディレクター陣からの指示なんかは、こっそり装備しているインカムと思念通話でバッチリの予定だ。抜かりはない。


 こうして出来た映像は『のわめでぃあ』でも中継配信されるほか、ブース内に『のわめでぃあ』を流す専用のモニターも用意してくれた。まじノリノリですね。ありがてぇ。




「わかめちゃーん何か歌ってー!」


「そういうイベントじゃないですしー! そういうのはわたしのチャンネルで! 迷惑かけない形でやりますので!」


「次こっち目線良いですかー!」


「そ、そういうイベントじゃないですってばぁ! 車見てくださいよキャンピングカー! いい揃ってますよほらぁ! ……よい、しょっと」



 一瞬軽い悲鳴が上がったりもしたが、きちんと体力補強バフを纏ったおれは軽やかに着地し、おしごとのほうもとこなす。

 おれたちの控え室ではない、内部公開されているほうの車輌へとご案内し、そちらで待機している多治見たじみさんたち営業チームに対応を引き継いでもらう。


 珍しいものおれ見たさで立ち寄ってくれたお客さんでも、結局のところはキャンピングカーに興味があって、今日このイベントに来てくれたわけだ。

 見学可能な車輌男のロマンを目の前にすれば、そりゃ詳しく見てみたくもなるだろうな。いいぞ。



(いやぁ……めっちゃ大好評じゃん)


(うれしいね。おれの突飛な容姿でも『モノは使いよう』ってわけだ)


(えーっと、あの……うん……がんばろうね)


(がんばるよぉー! おれが必要とされてるんだもん!)




 徐々に増えてきたお客さんによって、多治見さんたち営業スタッフさんはフル稼働状態のようだ。嬉しい悲鳴ってヤツかな。

 なのでおれは対応順番待ちのお客さんをとりあえず列に並べて……お客さんからの質問に対して、おれの答えられる範囲で使用感とかを答えていく。

 多くのお客さんを相手取ることは、年末年始に経験済みだ。これくらいの密度など、まだまだどうということはない。



「次の方お待たせしました! どうぞお進みください!」


「ありがとねお嬢ちゃん! 『ユースク』ってぇのも見てみるよ!」


「わあい! ありがとうございます!」


(……まー、楽しそうだから良いとしようか)


(めっちゃたのしいよ!)


(無理しすぎないでね。二時間経ったら声かけるから、ちゃんと休憩すること)


(はあい。ありがと、ラニ)


(…………ふふっ。いえいえ)




 イベントはまだまだ始まったばかり。

 チーム『三納オートサービス』一同、がんばっていこうぜ。エイオー!


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