第318話 【追加項目】大神がログインしました



 囘珠まわたま与力ヨリキの隊長格であるらしい、『ナツメ』と呼ばれた神使ネチコヤンに先導され……おれたちプラス金鶏キンケイさんは、役所のような廊下をぞろぞろと進んでいった。

 金鶏キンケイさんとナツメさんは前を歩き、真ん中におれたち重要参考人五名が続き……そして最後尾には、腰帯に本格的銃刀法抵触間違いなしな日本刀を差した狩衣姿の獰猛系美少年、フツノさま(霊体)が控えている。にげられない。


 やがてご一行様が到着したのは……入口に『第零会議室』とプレートが掲げられた、関係者以外立入禁止スタッフオンリーエリア内の一室。

 いや、なんていうか……一般利用者には公開されていないエリアのなかでも、ひときわ厳重にセキュリティが固められたようなエリアだった。鍵つき扉も二枚は開けてた。



 そんな『第零会議室』の前へと案内され、最後尾のフツノさまに追い込まれ……ラニ以外戸惑いの色濃いみんなとは異なり、おれは腹を括って次の展開に備える。

 悲しいことに、なんとなくだが想像がついた。というかフツノさまがこうしてわざわざ出向いている時点で、もはやしか考えられない。考えたくなかったが。







『…………ん? あれ……これ第零から? どうしたの金鶏きんけいちゃん、元気?』


「畏れながら申し上げます、百霊モタマ様。ご多忙の折大変申し訳ございません。しかしながら、取り急ぎご相談申し上げたいことがございまして」


『ん。いいわよ。……それはそうと、金鶏きんけいちゃんは最近元気してる? 無理してない? お野菜食べてる? お母さんは心配よ』


「……はい。お陰様で、何事もなく。……あの、百霊モタマ様……大変申し上げ難いのですが」


『なぁに? もしかしてなつめちゃんが虐めるの? お仕置きしたほうが良い?』


『!!?』


「い、いえ……皆、大変良く働いてくれています。そうではなく……」


『わかった。予算おこづかい足りなくなったんでしょ? 若竹わかたけちゃんも悪い子じゃないんだけど、たまに融通が』


『ええい程々にせぬか!! 話が積り過ぎだ小娘コムスメ共が!!』




 お役所っぽい『第零会議室』などという名前に反し、畳が敷きつめられ窓には障子が立てられた、十畳ほどの純和室。

 フツノさまに言われるがまま意識を集中させると、なんだか『すーっ』と力が抜けるような感覚と共に、しかしおなかの奥のほうがぽわぽわと温かくなるような、なんとも言えない感覚が伝わってくる。


 そのまま意識を集中させ、『温かさ』の根源を辿っていくと……畳の間のいちばん奥のほう、壁面に設えられた荘厳な祭壇から――いや、祭壇に納められた祠の奥から――ほんのり暖かな光と暖かな声が漏れ出ている。

 そこから漂う気配そのものは、明らかにおれたちなんかとは別次元のものなのだが……しかしどこか嬉しそうで『うきうき』という効果音がよく似合う、まるで娘からの久々の電話に喜びを露にする実家のお母さんのような。

 そんな独特な声色と空気、そしていつ終わるとも知れぬ『ほんわか』した世間話に……ついにフツノさまがおキレになられた。



『うわぁびっくりしたぁ…………えー、なぁに? ちょっと布都ふつのちゃん来てたの? やだぁ~~金鶏キンケイちゃん早く言ってよもう~~恥ずかしいじゃないのもぉ~~』


「えっと、その……大変申し上げ難いのですが……」


『うん、わかった。お母さんも今そっち行くから。ちょっと待ってね……んーっ』


「えっ!? ちょっ、あのっ! 百霊モタマ様!? 百霊モタマ様お待ちを! 今はからの御客様が!!」


「よいしょっと……はい、ただいま! 久しぶりね、布都ふつのちゃ………ん……………」


『…………阿呆めが』




 入口の扉と襖が閉じられ、障子の閉めきられた『第零会議室』……その中の様子を覗き見ようとする不届きな存在が居なかったことは、まだ幸運と言うべきだろうか。


 神器『勾玉』(の模造格レプリカ)が納められた祠の扉が溢れんばかりの光と共に開け放たれ……その眩くも暖かな光と共に現れた姿を認識したおれは、とりあえず真っ先にモリアキの頭を掴んで九十度ひねった。ミルさんは少し悩んだけど信じることにした。




 モリアキの『いたァい!!』という悲鳴はとりあえず無視しておいて……驚愕と焦燥と呆れの感情に満たされた、十畳そこらの純和室。


 祭壇のすぐ目の前に突如現れたのは、話の流れから察するに『モタマさま(の分身のひとつ)』なのだろうが……旧知の間柄であるらしいフツノさまの訪問を聞き付け、わざわざ姿を表してくれたのだろう。

 ただ、まぁ、なんというか……その姿というか格好が、唯一にして最大の問題だった。




 ぱっちりとした大きめの瞳、その目元は『きょとん』とした驚愕に染まり。

 さらさらつやつやの長い御髪おぐしは、足元に届かんばかりに真っ直ぐに流れ。

 完全に硬直したその佇まいは、まさに『何が起こったのかわからない』と言わんばかり。


 日本人らしく華奢で控えめで慎ましやかなその身体は……なんというか、生まれたままの姿というか。愛らしくも神々しいそのお身体を隠すものは――慌てふためいて必死にディフェンスを試みようとしている金鶏キンケイさんを除いて――なにもなく。




『……顕現のときに衣も紡ぐ癖を付けてかぬから、なるのだ。良い教訓に成ったな?』


「…………っっっ!!?!?」




 フツノさまと同格の『神様』にしては妙に若々しい……というよりもむしろ幼げな風体で。


 身内以外の来客に、あられもない身を晒してしまった『囘珠まわたま』の神様は……絹を裂くような、たいへん可愛らしい悲鳴を上げられたのでした。


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