第317話 【追加演目】剣神がログインしました



 まぁ、単に『囘珠宮まわたまのみや』とは言いましても……その敷地内には本宮をはじめとする社殿のほかに、各種ホールや文化施設や複合スポーツ施設などなど様々な公共施設が含まれており、要するに非常に広大だ。


 その敷地面積は、なんとじつに七十万平米にも及ぶという。

 それはわれらが浪越市鶴城神宮のおよそ三倍……驚くべきことに、千葉県にあって東京の名を冠するあの某有名テーマパークよりも広大なのだという。



 ふわふわの神使ねこさんたちに連れられ、おれたちが通されたのは……なんというか『神宮』っぽい区画ではなく、くだんの文化施設のほう。

 図書館に併設された管理棟のような、鉄筋コンクリート造のひどく近代的なオフィスエリアの一角に……『囘珠神域まわたましんいきまわかた』と記されたプレートが掲げられた一室が、あまりにも堂々と存在していたのだ。


 ……まぁ、当然関係者以外立ち入り禁止区画なわけだけど。あたりまえだけど。






『……して、金鶏キンケイの『ワレ』が態々わざわざ訪ねたとうに、『百霊モタマ』めは何故顔を出さぬ』


「知りませんよそんなの。私達だって大変なんですから。予約アポも無しにいきなりとつして歓迎して貰えると思ってるんですか?」


呵ッ々カッカ! ……まァ、思わぬな! あの引籠娘ひきこもりむすめめの事だ、相も変わらず微睡観マドロミの真最中で在ろう。他神タニンを好んで邪魔する程、厄にの身を染めては居らぬよ』


「よーく解ってんじゃないですか。貴方様と違って、百霊モタマ様は大変ご多忙であらせられます。……面会はちゃーんと予約アポ取ってからにして下さい、此方もをせねばなりませんので」




 おれたち……小さなラニちゃんを含めた総勢は、現在その『囘珠神域まわたましんいきまわかた』オフィスの応接室へと通されている。

 現在はテーブルを挟んで二人の人物が言葉の応酬を繰り広げているのだが……先程から女性がわの声色がなんというか、剣呑っていうか遠慮がないっていうか。




『……いや、込み入った『準備』など不要よ。略式も略式、『音』のみで構わぬ。……済まぬが『火急』故な。無礼無理無茶承知の上、しかして引き下がる訳にはかぬ』


「っ!! ……ああもう、わかった……わかりました。……ナツメ、第零会議室の利用申請。『勾玉』の準備を」


『――――御意に』


モミシイ、あとニレは……腹ぁくくりなさい。働いて貰うわよ」


ソレには及ばぬ。『勾玉』さえ借受けられれば事は足りる。が縁者が力となろう』


「…………へぇ? 貴女が?」


「……?? ……………………おれ!!?」



 目まぐるしく進展する展開に、棒立ち状態で目を白黒させていたおれは。

 突如こっちに飛んできた『パス』を受け止め損ね、初対面の方々の前で大変恥ずかしい思いをする羽目になったのだが……




呵ッ々カッカ! 何を隠そう、此奴はワレに連なる一族を縁者に迎えし『あきはしら』よ! 神器とはいえ模造格程度、扱えぬ筈は在るまい。……なぁ!』


「あのおそれながら大変申し訳ございません! わかりやすくご説明をお願いしとう存じます!!」




 ……いったい、何がそんなに楽しいというのだろうか。


 ラニが預かり持ち込んだという、所持がバレれば一発逮捕間違いなしの日本刀……神器【浪断ナミタチ】(の模造格レプリカ)を依代として、半透明の――いわく『霊体』としての――姿で顕現した、鶴城神宮主神『佐比サビ布都フツノ天禍尊アマガツノミコト』……の、写身うつしみのひとつ。



 神格は薄れても、存在感と笑い声の大きさは据え置きのわれらが神様は……それはそれは楽しそうに笑うのだった。









「さて。……騒々しいカミサマのせいで有耶無耶になってたけど、改めて自己紹介しとこうかしら」



 おれたちをここへと連れてきた猫の神使――たしか『ナツメ』と呼ばれていた子――が退出して、しばし。

 ニヤニヤ顔を崩そうとしないフツノ様(霊体)に埒が明かないと判断したのか……眼前の少女はおれたちに着席を促すと、盛大な溜め息の後そう口を開いた。


 ……そう、少女。例によってではないと思うのだが……『女性』と呼ぶにはいささか抵抗がある程度の年代の、女性。

 ぴしっとした黒のスーツと、正直動きづらそうなタイトスカート。バリバリのキャリアウーマンって感じの服装に身を包んでいるが、タイツで包まれたおみあしはほっそりとしていて……全体的に華奢な印象を受ける。

 明るいブラウンの髪はツヤッツヤでサラッサラで、後頭部高めの位置でひとつに結んで纏められている。お手本のようなポニテだ。




「私は……この囘珠まわたまの宮の神域奉行……って言って通じるわよね? 金色コンジキニワトリって書いて『金鶏キンケイ』よ。……お会いできて光栄だわ、将来有望な『あきはしら』ちゃん」


「き、恐縮です!! 自分は『木乃若芽きのわかめ』と申します!」


「ハイハイ! フツノ様の栄えあるメッセンジャーを務めました、異世界出身妖精のラニです! よろしくね、キンケーちゃん!」


「……なぁーるほど? ……あぁ、残念だわ。本当残念。……私達の氏子に居てくれたなら速攻で抱き込みに行ったのに」


呵ッ々ッ々カッカッカ! そうであろうそうであろう!』


「そうでしょうそうでしょう! さっすがキンケーちゃん、見る目があるね!」


「……うちの神様は良いわよ? 無茶振りしない、無理強いしない、笑い声も五月蝿ウルサくないし、包容力も抜群。……乗り換えない?」


「かっ、……考えておきましゅ」




 えーっと……聞いた情報を整理すると、こちらの少女もとい女性が『神域奉行』の『金鶏キンケイ』さん。鶴城つるぎさんでいうところの龍影リョウエイさんに相当する地位の御方らしい。

 そういえばリョウエイさんのお名前、龍の影って書いて『龍影リョウエイ』なんだって。やべーよていをナントヤラっていうしあの人の正体やっぱ東洋龍おりえんたるどらごんなんじゃねーの。


 まぁ、龍影リョウエイさんのことは一旦置いておいて……こちらの金鶏キンケイさん、現代ルックな見た目と相まって、正直ちょっと『軽い』印象を受けてしまう。

 比較対照の龍影リョウエイさんが、神様に対し非常に低姿勢だったからなのかもしれないが……さっきから写身うつしみとはいえ神様相手に『笑い声がうるさい』とか『あなたと違ってうちの神様はお忙しい』とか、ともするとご機嫌を害されそうな言葉を口にしてしまっている気がするのだが……

 ……言われた側のフツノさまは気にしてなさそうだし、まぁいいのか。



「……私達の上司は、あくまで百霊モタマ様ですから。布都フツノ様の神格も位もその実力も承知してますが、とはいっても別のやしろの……のトップですからね。一応表面上は敬意を表してますが、心からの崇拝は向けませんよ」


「えっと、いや、その……表面上でも敬意が現れてないように見えちゃうっていうか……」


んなものだ。気にする程の些事コトでも在るまい。ワレの敵で無いのならばソレで良い』


「は、はぁ……そういうものですか」



 ほかならぬ本神ほんにんが納得してるなら、べつにとやかくいうつもりはない。触らぬ神になんとやら、とか言われるくらいだし。


 それからしばらくの間、カッチコチに固まる霧衣きりえちゃんとモリアキとミルさんをなかば放置しながら、あたりさわりのない日常会話に興じる上位存在お二方。ラニは興味深そうに『ふんふん』と聞き耳を立てているが、その度胸は本当にすごいとおもう。きっと心臓に毛が生えてると思うので、今度おむねをじっくり観察する必要があるかもしれない。



 おれはというと、そんななんとも言いがたい現実風景から目を背けるように……応接室内のあちこちで思うがままにリラックスしている神使にゃんこの方々の勤務風景を、心のファインダーにしっかりと刻み込んでいたのだった。


 あっ、あくびした。かわいい。


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