第316話 【追加演目】せっかくなので寄り道



 ――――翌朝。


 危惧していたような『魔王』一味の襲撃も無く、逆にひどく拍子抜けしてしまった朝ごはんのひととき。

 おいしいごはんを好きなだけ堪能できるのはやっぱり幸せなことなので、ラニによる偵察を経て安全を確保し終えたおれたちは……名残を惜しむように、思う存分ホテルのモーニングブッフェを堪能させていただいた。


 例によって鶏卵たまご中毒者ジャンキーが大暴れしたのは、言うまでもない。

 どうやら『たまごかけごはん』という新境地に辿り着いたらしい。よかったね。




 そうしてこうして、各々がホテルでの最後のひとときを楽しんで……おれがフロントカウンターで『えっ!? ほんとうにこの金額なんですか!?』というレベルのお会計を済ませ、無事チェックアウトを完了させた後。

 お世話になっております移動拠点キャンピングカー『ハイベース』号の運転座席にて、おれは小さな相棒から今日の予定についての相談を受けていた。


 当初の予定では、一日目に『ウィザーズアライアンス』の大田さんとの顔合わせと、二日目に『にじキャラ』の方々との打ち合わせ……この二つが主要目的となっていた。

 つまり、今回の東京出張において『やるべきこと』は、既に完了しているわけだな。


 よって本日は、何も予定は組まれていない。しいていえばおうちに帰るだけだ。

 まぁ今日一旦おうちに帰ったとしても、明日の『三納オートサービス』さんとの打ち合わせを終えたらまた週末東京に逆戻りするわけだが……それはそれで頑張るとして。





「それじゃあ、その……たぶん『囘珠宮まわたまのみや』のことだと思うんだけど、つまりそこに行きたいってこと?」


「うん。大丈夫? いけそう?」


「えーっと……いや、まぁ……時間的には大丈夫だと思うけど……」


「あっ、オレは全然大丈夫っす」


「あっ! ぼくも大丈夫です!」


「は、はいっ! わたくしも大丈夫にございまする!」


「ハイわかりましたーおれも大丈夫でーす行きまーす向かいまーす発車しまーす」


「「イェーイ!」」


「「い、いぇーい!」」




 たった二泊とはいえ、非常に『濃い』ひとときを過ごせたホテルに別れを告げ、おれたちは車を走らせる。

 平日の朝ともあって通勤の車で道はやや混んでいるが、繁忙期ほどの動きづらさはない。快適なものだ。



 ラニの希望により急遽立ち寄ることに決めた『囘珠宮まわたまのみや』とは……この大都会東京のど真ん中に堂々と居を構える、広大な緑地公園を擁する神社である。

 日本国民を愛し、また多くの日本国民に愛された、かつての偉大な天皇陛下を祀ったお宮であり、年間を通し様々な神事が執り行われる。

 中でも毎年初詣ともなれば国内外から多くの人々が訪れ、その参拝者数は堂々の一位。

 また通常時であっても、その立地と緑地の広大さから、都市部に暮らす人々の憩いの場となっている。


 神社といえば思い出すのが、おれたちに縁が深い浪越市なみこしの神社、笑い声がうるさ……力強く迫力がある神様がおわします、鶴城つるぎ神宮。

 なにを隠そう霧衣きりえちゃんは、そこの神使に連なる一族の出身なのだ。わうわうだぞ。



 しかしながら、勝負事の神様として広く知られるフツノさまとは異なり……今から向かう『囘珠宮まわたまのみや』に祀られているのは、神格化されたとはいえかつての天皇陛下だ。

 この国の歴史にそこまで詳しくないラニが、いったい何故興味を持ったのかはわからないが……まぁ、単純に人気の観光地のひとつである。訪ねることそのものに対して反対は無い。




 『囘珠宮まわたまのみや』の立地としては、奇しくも昨日訪れた『にじキャラ』さんの事務所に程近い。渋谷駅から歩いていける好立地だ。

 そのため車でのルートもだいたい同じで、現在位置や『あとどれくらいで着きそうか』なんかもわかりやすい。例によって虹の橋に大ハシャぎしながら車は進み、渋谷区のあたりで下道に降りて……囘珠宮まわたまのみやと隣接する合歓木ねむのき公園の緑地を眺めながら少し進み、やがて駐車場へと到着する。


 本来はこの合歓木ねむのき公園の施設利用者向けらしいが……囘珠宮まわたまのみやの参拝客も度々停めているらしい。

 好立地なだけあって安くはないが、広々として出入りしやすいので、こんなもんだろう。




「ハイ到着ー! お疲れ様ー!」


「いうて三十分くらい? ほんと『にじキャラ』さんとこに近いんすね」


「都会の真っ只中だもんなぁ、こりゃ初詣参拝客数全国一位なわけだ……ぅぅ、っょぃ……ヵてなぃ……」


「めっちゃ対抗意識持ってますやん」



 今日はつかの間の観光を楽しむつもりなので、おれと霧衣きりえちゃんとミルさんは髪色と瞳の色を誤魔化した『お忍びスタイル』だ。

 服装のほうも抜かりはない。昨日揃えてもらったばっかりの若者向けコーデ(おれはグリーンのスカートとデニムジャケット、霧衣ちゃんは臙脂色スカートとコクーンコート)でバッチリキメてるので、これなら都会を闊歩して観光満喫していても違和感無いだろう。かわいいぞおれたち。


 ちなみにミルさんは……これは、生まれ持った女子力のなせる技なのだろうか。

 本日の服装は、男の子としても女の子としても違和感の無いユニセックススタイル。フードつきパーカーにタイツとハーフパンツが、ハチャメチャによく似合ってる。かわいいが。





「……それで、ラニちゃん。囘珠宮まわたまのみやっていってもかなり広いけど、お目当てはドコなの? やっぱ本殿?」


「んっとねー……わかんない!」


「ハァー…………」


「だ、大丈夫だって! 秘策だってあるし!」


「いや、うん……まぁ……いいよ」



 久しぶりの出番となる通話用ヘッドセット(カモフラージュ)を付けた上で、姿を隠したラニへと盛大な溜め息を送ってみせる。

 てっきりお目当てのものでもあるのかと思っていただけに、あまりにも悪びれない天真爛漫な姿にツッコミを入れたくもなったのだが……ここまで屈託の無い笑顔を向けられては、邪気だって削がれてしまう。かわいいが。



 しょうがないなぁラニちゃんは。わかんないならしょうがない。せっかく来たことだし、ゆっくり敷地内を堪能するとしよう。

 モリアキもミルさんも同じ結論に至ったみたいで、各々が愛用スマホを構えて荘厳な雰囲気を写真に収め始めた。


 それを見て霧衣きりえちゃんも、手鞄からいそいそとタブレットを取り出し、ミルさんに教わりながら写真を撮ろうと頑張っている。そんなかわいい様子を微笑ましく眺めながら、おれもスマホでお写真をパシャパシャと。


 手に手にスマホやタブレットを構えながら、のんびりと歩を進めるおれたち四名。

 やがてそれに触発されるかのように……ラニちゃんはおもむろに空間を歪めて【蔵】の扉を開け放ち、手を突っ込んで何やらごそごそと物色しているみたい。



 やがて、ラニがその小さな手を【蔵】から引き抜くと……そこに握られていたのは、おれが貸与しているりんご印のタブレットPC




「は!? ちょラニ待ておま!!? 何やってんのしまいなさい振り回さない!!」


「ゥエア!? 何やってんすか先輩!!」


「マズいですよ若芽さんちょっと!!」


「ねえ待ってなんでおれが悪いみたいに言われてるの!? 解せねえ!!」


「(爆笑)」





 気がつけば……静謐で厳かだった森林の空気はいつの間にやら、心地よいを遥かに通り越し重苦しさを増し。


 気がつけば……すぐそこを行き交っていたはずの一般の方々は、いつの間にやら一人残らず姿を消して。


 気がつけば……おれたちの周囲全方三六〇度、複数のただならぬ気配がいつの間にやら取り囲んでおり。




『――――困った仔よなぁ……由緒正しき囘珠の宮にて、斬八落ちゃんばら遊びとは』


「おや、お気に召さなかったかな? 『カグラマイ』っていうのをってみたつもりだけど」


『――――笑止。坊のは『舞』とは呼べぬよ。なんと粗く、なんと拙い……』


「それは失礼。じゃあ失礼ついでに……お茶でも戴けないかな? ほら、いいを持ってきたんだ」


『――――太々ふてぶてしい客よな。……金鶏キンケイ殿へと繋ごう。付いて来るが良い』


「恩に着るよ。この地の『与力ヨリキ』諸君」


『――――何なのだ、貴様等きさまらは』





 いやぁ、その……懐かしいなぁ、こういう感じの雰囲気。鶴城つるぎさんに初めて行ったとき以来だろうか。


 おれたちに苦言を呈した彼は、鋭い一瞥を送ってこちらへ背を向け……またあるものは周囲の樹上から飛び降り、またあるものは茂みの中から次々に姿を表し。

 先頭を行く隊長格に付き従うように――もしくは容疑者一行を護送するように――砂利の敷き詰められた参道を音もなく歩む、彼ら。



 この『囘珠宮まわたまのみや』の神域を護る神域マワり方、悪しき者を誅する聖なる神使。

 隊列を組み、整然と行進を続ける……威風堂々たるその姿は。




「これは……やべーわ」


「いや、オレこういうの弱いんすよ」


「かっ……わいい…………」


「ふわふわに……ございまする……」




 害ある獣を駆除する者として古来より有り難がられ、豊穣や富の象徴としても崇められ、ヒトの暮らしに長らく寄り添い、ときの権力者や数多の有力者にも愛されたという……『禰子ネズる者』『ネムりをこのむ者』『る姿の者』等をその名の由来とする、獣。





『――――全く。あの浪越の神イナカモノの匂いに飛び起き、何事かと勇んで出て視れば、まるで厄介事の予感しかしニャい……しないではないか。面倒ニャ…………こほん。……面倒な』




(((((かわいい!!!)))))




 ふわふわの見た目にそぐわぬ、威厳たっぷりのバリトンボイスで……


 しかしながらほんのちょっぴり威厳に欠ける口調でぼやきながら、可愛らしい『猫』の神使は歩を進めていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る