第305話 【第六関門】つかの間の休息



 東京出張の真っ只中だったが、一旦拠点へと帰還したおれたち。

 してくれた強キャラ大天狗少女の天繰テグリさんに、軽い気持ちで『戦い方を教えてくれませんか』などと聞いてみたところ……いきなり彼女と模擬戦じみた立合いを繰り広げることを余儀なくされた。


 まぁ、手も足も出なかったわけだけど……こちらの力量(の低さ)をどうやら判ってくれたようで、結論としてはありがたいことに稽古をつけて貰えることとなった。


 生徒はおれと、霧衣きりえちゃんと……そして、ミルさん。

 ただでさえ本業がこれから忙しくなるというのに……しかしミルさんは笑顔を浮かべ、おれの力になってくれることを改めて宣言してくれた。

 うぅ、ありがたい。しゅき。



 そんな経緯で、スケジュールはまた今後決め直すということで……一旦『師匠』と別れ、おれたちは拠点である5SLDKへと帰還する。

 本来の目的も進めたいし……他ならぬ師匠が『稽古の用意を整えて参ります』と言い残し、どっかへ飛んでいってしまったためだ。目視不可能な速さで。なにあれやば。





「……っと、ここが『仕事部屋』ですね。まだ中途半端ですが……」


「う、わ……ひっろ…………あぁそっか、全身映さなきゃなんないですもんね。……ははぁー……やっぱL2Dとは全然違うんですね……」


「3Dでってる仮想配信者ユアキャスさんはもっと大変だと思うよ……フルトラッキングしなきゃだし、機材もめっちゃ増えるだろうし……高いし」


「……あっ、そういえばそっか……そりゃ部屋まるまるひとつスタジオになりますよね」



 わが城のスケール感に圧倒されっぱなしのミルさんを、おれは二階のスタジオ兼編集部屋へとお招きする。……なにげにモリアキ以外で初めてのお客様だ。うれしいな。

 先日おれもミルさんの仕事部屋を拝見させていただいたのだが……同業者とはいえ(これまでは)演目も異なっていたので、やっぱりそれぞれ細かなところが違うようだ。

 まぁもっとも、おれがここまで広いスタジオを確保できたのは、つい最近のことなのだが。

 ……ええ、つい最近なんですよ。まだ一ヶ月経ってないんですよ。もっと長い期間過ぎたような感覚するんですけどね。ふしぎ。


 ま、まぁ……そのあたりは突っ込んじゃダメな気がするので、あえて気にしないことにしましょうか。

 おれはメインマシンを立ち上げ、愛用の小型カメラをケーブルで繋ぎ、保存されていた撮れたてホヤホヤの動画データをPCへ転送する。

 同時に直通回線Deb-codeで鳥神さんへと呼び掛けを行い、発注の準備を進めていく。



「まぁ、おれは実質的には、ただの動画配信者ユーキャスターだから。ヒカKingさんとか寿司点心さんとかジュンヤさんとか、みたいな。……なので最悪、家具とか映り込んじゃっててもいっかなって」


「ははぁ……なるほど、確かに。…………ぼくも最終的には……こういう形にできるんでしょうか」


「できると思うよぉ? ラニの【変身】魔法が実用化されれば、ミルさんに限らず…………あぁ、まぁ、撮影スペースは、たぶん今より広くする必要あるだろうけど……」


「ですねぇー……」



 そんなうわさのラニちゃんだが……彼女は現在、ちょっと諸用で席を外してしまっている。

 おれと天繰テグリさんとの模擬戦が終わったあたりから『ちょっとツルギさん行ってくる!』と言い残し、早々に【門】を開いて飛んでいってしまった。なんでもくだんの【変身】魔法の構築のため、鶴城ツルギの神使の方々にお知恵を拝借するのだとか。

 ……まぁ、霧衣きりえちゃんやマガラさんが得意とする【変化】のまじないを見る限りでは、それをうまいこと応用すれば出来そうではある……と思う……けど…………そのあたりは専門家『天幻』の勇者に任せよう。


 そんなことを考えている間に、鳥神さんから反応があった。なんでも今月は本業のほうの伸びが思わしくなく、時間もリソースも余り気味なので是非やらせてほしい……とのこと。

 例によって、おれのいち『視聴者』である彼の楽しみを奪ってしまうようで申し訳なくもあるのだが……そのぶんの『お礼』は別の形で考えるとしよう。費用の算出は前回と同様で良いらしいので、細かく指示や条件を指定して……『発注』を掛ける。



「ははぁ……そっか、なにも全部自分でやる必要無いんですもんね……」


「そうだよお。おれたちは個人勢だから、マネージャー……は、モリアキがいるか。アシスタント……も、ラニちゃんがいるな。ううーーーん」


「わ、わかりますから。編集担当とか、裏方スタッフさんとか、そういう方々のことですよね?」


「そう、そうなの! ……生配信だけなら楽っちゃ楽なんだけど、なんだかんだで投稿動画も需要あるし。英字テロップ入れれば海外ニキネキにも楽しんでもらえるし」


「そんなことまでやってるんですか!?」


「そうなのよさ。 ……いやぁ、『一人でも多くのヒトを楽しませたい』って……呪いみたいなもんだけど、おれの願いでもあるからね」


「…………わかめ、さん……」



 幾つかある動画ファイルと写真ファイルの吸出しが完了し、今度はそれらをネット上のストレージサービスへとアップロードする。

 このあたりに引かれている光回線はなかなか機嫌が良い子なので、本当にいつも助かっている。……恩返しじゃないけど……滝音谷温泉街にも、いつか何かの形で貢献できればなぁ。




「……よしオッケー! じゃあせっかくなので……お客様にわがやをご案内しましょうか?」


「えっ!? 良いんですか!? 正直めっちゃ興味あります! すごい豪邸ですよね!?」



 そうですよ……やばいんですよ……ふふふ。


 先日お邪魔させていただいたお礼、というわけじゃないですけど……このおうちのすごさを、ご案内させていただこうじゃないか。










「わかめさん、結婚しません?」


「「ぶふーーーーっ」」


「あははっ。……すみません、冗談です」




 自宅のひろびろLDKのダイニングテーブルで、のんびりお茶をすすっていたおれたち三人……おれと霧衣きりえちゃんと、そしてミルさん。

 放心状態から戻ってきたミルさんが突然そんなことを言うもんだから、おれも霧衣きりえちゃんもたまらず吹き出してしまった。……あー、霧衣きりえちゃんなんて咳き込んじゃってるじゃん。かわいい……あっ、もとい、かわいそう。


 いやぁ、でも……おれだってまさか、東京出張の真っ只中に自宅でのんびりお茶をすすれるなんて、思ってもみなかった。

 都心ベイエリアの高層ホテルで、街並みを見下ろしながらのティータイムも良いものだろうけど……モリアキには静かに休んでほしいところだし、これはこれで。霧衣きりえちゃんが淹れてくれた緑茶は相変わらず温かくて落ち着くので、おれはこれが好きなのだ。

 ……うん、せっかくの日本茶なんだから……和室でいただけばよかったな。一階の和室も座卓とか座布団とか揃えないとな。というかいい加減リビングにソファとかラグとか揃えないとな。後回しにしすぎたか。




「あの……ところで若芽さん」


「はいなんでしょう。すみませんけど結婚はしませんよ?」


「あはは……冗談ですって。……じゃなくて、おうち紹介動画とか撮らないんですか?」


「……………………あぁ!」



 そっか……そうだな。そういえばこの拠点のお庭はちょっとだけ公開したが……おうちのほうは公開してなかった。

 せっかく動画映えする素材があるのだ。単純な『おうち紹介』だけじゃなく、インテリアコーディネート系の企画も、やってみてもいいかもしれない。単純に『家具を選んで、買って、配置する』だけでも、そういうのが好きなひとにはウケるかもしれない。

 それになにより……元々家具自体は買い足す予定なのだ。例によって、動画を撮るにあたっての出費は特に無い。実質無料で動画一本分の映像が撮れるのだ。




「そだねぇー。……おうち紹介動画は、近いうちに撮ってみよう。そのあとは家具調達動画とか、設置動画とか……なんだ、動画ネタ結構あるじゃん」


「そういう『おうち動画』系ぼく好きなので、楽しみにしてますね」


「ングゥー! が、がんばるよ……!!」




 まぁ、それらも引っくるめて……ちゃんと『かえってきたら』のお話だ。


 とりあえずは今日の夜、おそれ多くもお呼ばれした【Sea'sシーズ】のみなさんとのお食事会が待っているのだ。ラニちゃんは十七時くらいまでには帰ってくるとのことなので、それまでは自宅でのんびりしていようと思う。



 うーん……会食。期待六割、不安四割といったところか。いややっぱ単純に楽しみだし……なにより、嬉しい。


 ……失礼の無いように臨まなければ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る