第304話 【第六関門】お手並み拝見



「それじゃあ……ボクが審判を務めます。……ルールの確認ね。相手の背中にさわったら勝ち。殺傷力の高い攻撃は禁止。いい?」


「おっけー」「問題ございません」




 現在時刻は……十五時半くらい。場所はおれたちの拠点のお庭、鬱蒼と繁る山の中の一画。

 私有地の中でも、位置的に真ん中に程近いこのあたりであれば、おれたち以外の部外者に盗み見られることもないだろう。




「えーっと……じ、じゃあ……テグリさん。……宜しく、お願いします」


「はい。何処からでもお出で下さいませ」


「ぐ…………」


「……二人とも、くれぐれも気を付けてね。それじゃあ模擬戦……はじめ!」


「ッ!!!」





 …………というわけで。


 実在ロリエルフのおれこと木乃若芽きのわかめと、万能系大天狗ガール狩野天繰カノテグリさんの模擬戦がいきなり幕を開けたわけだが……というのも彼女に稽古をつけてもらうにあたって、果たしておれはどの程度の強さなのかを知っておく必要があると思ったからだ。

 あとついでに……ミルさんに、テグリさんとおれの力量を見ておいてもらいたかった……というのもある。師匠たるひとがどれだけすごいのかを知れば、きっとはりきって師事してくれるだろう。




「【草木ヴァグナシオ拘束ツァルカル】、行ッけ!」


「……ほう」



 余裕の佇まいを崩そうとしない天繰テグリさんに、周囲四方八方から【拘束】のためのツタを伸ばす。森の中であれば至るところに緑が溢れているので、それらに起因する魔法であればほぼタイムラグなしで発現できるのだ。

 目にも止まらぬ速さで伸びてくるツタを掻い潜るのは、はっきりいって至難の技だ。そうして【拘束】された相手であれば……たとえ天繰テグリさんといえども、【加速】の魔法を纏ったおれに追従できるはずがない。



 はい、フラグでした。


 そう思っていた時期がわたしにもありました。


 早い? うるせぇなおれだって驚いたわ!




「ウッッッソでしょう!?」


いえまことにございます」



 右手で引き抜いた山刀マチェットと左手に握ったナタを縦横無尽に振り回し、高速で飛来するツタの群れを斬り払う。

 半ば以上を欠損し勢いを削がれた蔦はあさっての方向へ飛んでいき、標的を捉えられずに虚しく巻き戻る。


 当然、それらツタを牽制に利用しようとしていたおれの戦略はあっさりと水泡に帰し……このままでは両手に武器を悠然と構える天繰テグリさんに、正面切って飛び込む形となる。

 無策で飛び込んで勝てると思えるほど、おれの観察眼は鈍っちゃいない。今しがたツタを斬り払った手際を見ただけでも、速度で勝てないことは明らかだ。


 速さでは劣り、手足の長さでも劣り、実戦経験でも劣る。搦め手無しの真っ向勝負では、まともに当たっても勝てるわけがない。

 どうにかして動きを封じなければ……搦め手に頼らなければ、勝ち目は無い。




「ッ、【浮遊シュイルベ】!」


「ほう……」


「【領地シューレス掌握コンダクト】!!」


「ふむ」



 思いっきり地面を踏みしめ、宙に身を踊らせると同時【浮遊】を行使。ありえない機動で天繰テグリさんの視線を誘い……その隙に足元を盛大に破砕し、大きく陥没させる。天繰テグリさんとて二本足で地を踏んでいる以上、足場を崩されれば体勢を崩さないはずが無い。


 そのまま周囲空中に散らばる土塊を支配下に置き、落とし穴に落とされた天繰テグリさんの足を固めるべく魔法を紡ぐ。おれの意に従い土塊が軌道を変え、山歩き用のゴツいブーツに殺到しようかというそのタイミングで……



「後ろを失礼」


「うわっぶ!?」



 相変わらずクールな天繰テグリさんの声が、おれの背後から聞こえたことに愕然とする。

 ほんの一瞬前まで眼下にあったはずのメイド服姿は姿を消し、空中から地表を見下ろすおれのに、いつの間にか回り込んでいるのだ。


 『なぜ』とか『どうやって』とか、そんなことを考えるのは後で良い。迫り来る現実に対抗するため空中で無理矢理身を捻り、伸ばされる天繰テグリさんの手のひらをおれの右こぶしで迎え撃つ。



「【斥力アヴスクラフタ】!!」


「おや」



 ただ単に『ふっとばす』ことに主眼を置いた魔法が直撃し、天繰テグリさんはそのまま斜め上方へとぶっ飛んでいく。その反作用でおれも地表へ向かいぶっ飛んでいくわけだが、咄嗟に【草木】を展開して衝撃を吸収させる。

 一挙動で立ち上がり天繰テグリさんの方へと視線を向けると……林立する針葉樹の幹に斧を叩き込み勢いを削いだ天繰テグリさんの姿が、今まさにメイド服を翻しおれ目掛けて飛び掛かろうと力を溜めているところで……




「お疲れ様でございます」


「なぁ……ッ!!?」



 ぽん、と。


 上方を注視していたおれの背中に、天繰テグリさんの手のひらが当てられた。




 いったいなぜ。天繰テグリさんは今木の上に居たはずなのに、と目を凝らして見てみれば……そこにあったのは針葉樹の幹に叩き込まれた小ぶりな斧と、その柄に引っ掛かるようにしてぶらさがる


 ……なんのことはない。西陽が逆光となったことで詳細を見落とし、輪郭と特徴的なアイコンだけで判断してしまっていただけだ。

 おれが体勢を立て直す一瞬のうちに仕込まれたに……おれは少しも気付くことができなかったという、ただそれだけのことだ。


 ニンジャとかがよくやる『空蝉うつせみの術』……ってやつだな、これ。初めて食らったけど、これ思ってた以上に効果すごいわ。

 ……いや、単純に高度な技量がなせる技か。



「……まいり、ました」


「……御粗末様でございます」


「ぐぅ。……確かに吹っ飛ばした……手応えがあったハズなのに」


「……歩法の一種にございます。己の神力を編み上げ、ほんの一瞬ですが写身うつしみを紡ぎ出す……攻撃を『受けた』と錯覚させる程度であれば、木偶でも事は足りましょう」


「ぇえ……分身の術……?」




 まいった。こりゃつよすぎる。もはやニンジャじゃないか。一般人がニンジャに勝てるわけがない。実際手も足も出なかった。単純に速度と技量が半端ない。

 おれがいくら魔法で目眩ましを仕掛けたところで、最後に残るのは本人の技ということか。ここまで完敗だと、逆に清々しい。


 尊敬の念と共に立ち上がり、降参とばかりに振り返ったおれ……しかし疲労困憊のおれが目にしたのは、正直かなり予想外なお姿だった。




「……やはり、御屋形様は……恐れながら、身体の扱い方に不慣れな御様子ですね」


「あっ、アッ、かわ……アッ、いえ…………あっ……はい」


「……成程。……で、あれば……手前でも微力ながらお力に成れるかと」




 鴉の濡れ羽のように艶やかな黒髪を靡かせ、健康的に引き締まった身体を惜しげもなく晒すかのような……『強キャラ』感が拭えない佇まい。


 腰まわりは『きゅっ』てしてるし、おしりは『くいっ』てしてるし、ふとももは『すらっ』としてるし……そしておっぱいはおれよりも大きい。霧衣きりえちゃんくらいか。


 身体のラインにぴったりフィットする真っ黒の上下アンダーウェア――伸縮性も通気性も高い『働く男ワー○マン』印の高性能化繊インナー――以外は、くるぶし上まで覆うタイプのゴツいブーツしか身に付けていないもんだから……露出が皆無のはずなのに、なんだか妙に艶かしい。




 『空蝉の術』を行使するにあたり、特徴的である天狗面とメイド服と重装ツールバッグを装備解除した、軽装モードの天繰テグリさん。


 猛禽のような瞳孔をもった鳶色の、ともすると無感動にも感じられる鎮まった眠たそうな瞳を……そういえば、おれは初めて目にしたのだった。





 ええと、はっきり申しますとですね。


 おれ……ああいうジト目の子、かなり好きなんですよね。



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