第303話 【第六関門】新たなる日課予定



 くろさんとの共演コラボ、ならびに【変身】魔法の導入に向けて、当面の方針と作戦は決まった。


 それに伴う根回しと協力の約束を取り付け、業界の偉大な先輩と個人的なコネクションをも築くことができた。


 業界最大手の重役と直にお話しする機会を得、また多くのスタッフさんに顔と名前を売り込むことができた。



 ……うん、控えめに言って大成功なのでは。




「お疲れさまでした、先輩。先輩たちは今晩オタノシミなんすよね?」


「死ぬときは一緒ですよ若芽さん」


「おれは海月みづきさんのこと信じてるから」


「真顔で言わんで下さい二人とも……悪かったですって」


「ん。……じゃあ、悪いけど……そっち終わったら先部屋戻っちゃって。おれら気にせず寝ちゃってて良いから。おれら【静寂シュウィーゲ】使うし」


「まぁその辺は随時REINで」


「ん。そだな」




 大成功を収めた『にじキャラ』さんとの打ち合わせを終え、恐れ多くも玄間くろまくろさんにREINの友達登録を送ってもらい(モリアキも八代やしろさんたちと連絡先を交換していたみたいだ)……そんなこんなでおれたちは行きと同じくタクシーを召喚し、とりあえずホテルへと帰還することにした。



 なお……この選択には、大きく分けて二つの理由があったりする。


 ひとつめは、単純に夜の会食までまだまだ時間があるということ。

 ホテルの部屋や館内施設でのんびりすることもできるだろうし、ラニの協力を得たおれたちであれば、浪越市の拠点まで一瞬で行き来することだってできるのだ。

 予定外だったとはいえ、企画動画一本分の映像素材が手に入ったのだ。少しでも早く公開できるようにするために、なるべく早く自宅PCに取り込んで鳥神とりがみさんに依頼を出してしまいたい。

 いやぁ……旅先でもすぐにメインマシン使えるとか、本当にラニちゃんさまさまだわ。はぶらしの刑はやめないけど。


 そして、もうひとつの理由なのだが……これはどちらかというと、ミルさんとうにさんとくろさん、あと八代やしろさんからの進言によるところが大きい。

 なんでも聞くところによると、『木乃若芽ちゃん』の出現が思っていた以上に大ごとになっており、このままでは収拾がつかなくなる恐れがあるとかなんとかどうとかこうとか。まじか。

 写真撮影タイムを設けたことがあだとなった……というほど深刻な事態でも無いのだろうが、要するに他のスタッフさんが撮ったおれの写真(とそこに映った同僚うにさん)が他の『にじキャラ』演者さんに伝わり、『じゃあ俺も』『じゃあ私も』とあの事務所へ手空きの演者さんたちが詰め掛けようとしていたところだったらしい。……まあぶっちゃけて言うと、ティーリットさまとか刀郷さんとかそのあたりだという。



 そんなわけで、あのままお邪魔していても大混乱になってしまうだろうなので……ならば夜の予定まで行方を晦ませてしまおうという結論に至ったわけだ。

 それをヒトは『戦略的撤退』という。




「オレはっと仮眠しますが、ミルさんはどうします? ホテル戻ってから」


「うーん…………ぼくはベッドに横になっちゃったら、たぶん間違いなく寝過ごしちゃうと思うので……」


「わかる。わたしも寝過ごす。……じゃあ……たとえば、なんですけど……ミルさんも来てみますか? うち、ッ、…………の、作業する……部屋?」


「あっ! ちょっと気になります!」



 あぶない、危うく瀬戸運転手さんがいるところで【門】とか【魔法】とか言うとこだった。

 あまりにもお部屋感覚でくつろげてしまうので、ついつい気が緩んでしまうけど……ここはおうちじゃないんだもんな。気を付けないと。


 そんなことがありつつもスムーズに車は進み、無事に戻ってきましたゴーカホテルの一階ロビー。

 フロントのひとから鍵を預かり、とりあえず周りの目と耳を気にしないで済むお部屋まで戻ってくる。……うん、やっぱすげーわこの部屋。



「とりあえずは、まぁ……打ち合わせと顔合わせとその他いろいろ、お疲れさまでした。モリアキはこのまま仮眠?」


「うっす。八代やしろさんと六丈りくじょうさんが誘ってくれたんで、晩メシは勝手に済ませてくるっすよ」


「了解。じゃあおれと、ラニと、ミルさんと……霧衣ちゃんな。一旦オウチ戻ってこまごまやってくっから。んで多分そのまま【門】で街中いくから、ごめんだけど出るときフロントに鍵預けといて」


「りょーかいっす。……んじゃ、お気を付けて」


「うーっす」



 ラニちゃんに頼んで自宅へ通じる【門】を開いてもらい、おれたち一時帰宅組は行動を開始する。


 というかもしかして、ミルさんは通るの初めてだっただろうか。足元がふわふわして不思議な感覚だが、これはこれで慣れるとやみつきになるんだよなぁ。


 ふわっとしたかと思ったら、すぐに足元に堅い敷石の感触。目を開けるとそこは都心のベイエリアとは似ても似つかぬ、鬱蒼とした緑に覆われた山間の別荘地。

 おれたちが拠点としている、5SLDKのお屋敷の玄関前だ。





「うわァーーーーーー!!?」


「なューーーーーー!!!?」


「……おや、失礼を」




 突如悲鳴を上げたミルさんに釣られて悲鳴を上げてしまったおれの背後、ミルさんのすぐ傍らより……突如、大人びた声が聞こえてきた。

 耳心地の良いハスキーボイス、ミルさんを驚かせたその声の主は、物々しい天狗の半面を被ったロングスカートのメイドさん。


 見てみればその片手には抜き身の鉈が握られており、もしかしなくても臨戦態勢だったのかもしれない。




「……御屋形様の気配と……只人ならざる者の気を感じましたので」


「あっ……なるほど、ミルさんか」


「あ、あのっ、あのっ……わ、わかめさん……こちらのかたは……」



 ……うん、そりゃそうだよな。オウチに招くのが初めてなんだから……当然、初対面に決まってるよな。

 ミルさんはおれと同様の、いわば神力魔力もちだ。彼女ほどの手練れであれば、おれのような特異な気を放つ存在の出現を察知し、飛んでくることくらい雑作もないのだろう。



「えっと……紹介します。わがやの家事手伝いにして、契約保守管理要員にして、警備全般担当の……えっと、『大天狗』の、天繰テグリさん……です」


「て、ん……!? おおて……!!?」


「……御紹介にあずかりました、御縁在りて此方の御厄介と相成って居ります……姓は狩野カノ、名は天繰テグリと申します。御承知置きを」



 腰に佩いた山刀マチェットが物々しい音を立てる中、天繰テグリさんは恭しく一礼。疑うまでもない強者の風格に、ミルさんはすっかり及び腰だ。

 いや、びびるよな。おれだって最初見たときは漏れるかと思ったもん。


 ……っと、待てよ。そういえばこちらの天繰テグリさん、超ハイスペックな万能選手だ。

 おれたちの今後について、ふわふわと考えていたことだけども……これはもしかすると、もしかするかもしれない。



「あの、天繰テグリさん。ご相談なんですけど……」


「……はい。御屋形様の御用命と在らば……何なりと」


「えっと、じゃあ……ご相談なんですけど…………おれたちに、稽古つけてもらうことって……出来」


「承知致しました」


「アッえっ!? 良いんですか!?」


「久方振りに立合に興じられようとは……感無量です」


「そんなに!? ていうかめっちゃやる気に満ちてませんか!?」


「その様な事は御座いません。……しかし、稽古……真柄マガラ以来でしょうか。腕が鳴ります」


「待って! 今なんかヤバイ事実聞こえた気がした! えっウソでしょマガラさん!? 教え子ってこと!?」


「御屋形様の御希望と在らば、手を抜くわけには参りません。不肖狩野天繰カノテグリ、全身全霊を以て立合わせて戴きましょう」


「ウソでしょそんなキャラだった!? もっとクールで物静かな子じゃなかったのテグリさん!?」




 えーっと……確かに、実践経験が致命的に足りないおれたちにとって、戦い慣れするということは大事だと思う。それは間違いない。



 間違いない、んだけど……この選択が果たして、良かったのかどうかどうか。

 眠れる獅子ならぬ大天狗様を呼び起こしてしまったことが、この後おれたちの身体とスケジュールにどういう影響を与えるのか。


 今のおれに予測することは……あまりにも難しかった。



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