第302話 【第五関門】恥ずかし辱しめ



 『わたしは

  話し合いすっぽかして

  服を買いに行きました。

        きの わかめ』






 ……うん、よく見るアレだ。

 正座させた子の首に罪状が書かれた看板を掛け、衆目監視に晒すという……例のアレだ。

 ソレで使うはずの看板がなぜかおれの首から下げられ、そしておれは何故か正座をさせられており……まぁ要するに、そういうことだ。




「不服そうっすね? わかめちゃん」


「いえそんな、滅相もございませんッス」




 突発的な企画撮影(の名を借りたショッピング)を終え、『にじキャラ』さんの事務所へと戻ってきたおれたち四人。


 その中で最年長(という設定)のおれが代表として責任を取り、こうして罪状とともに……『にじキャラ』さん事務所フロアのエレベーターホールにて、晒し者にされているわけだ。




「……いえ、あの……でもですね? 決して遊んでいたわけではなくってですね」


「知ってます。収録っすよね。……でもそれ、そんな緊急の用件でした? ミルさん絡みで別件の打ち合わせ入ったって、しらた……知らなかったんですか?」


「アッ、エット……REIN貰ってました……ッス」


「ですよね。オレちゃんとREIN送りましたもん。……わかめちゃん、ミルさんのフォローする役目ですよね? 自分の役目投げ出してお買い物っすか?」


「アッ、アッ、エット、アッ……」




 晒し者……そう、これはまごうことなく晒し者だ。


 エレベーターホールとはすなわち、このフロアを利用する全員が必ず通る場所だ。

 八代やしろさんたちと打合せしていた会議室がある『八〇三』以外……『八〇一』と『八〇二』のオフィスに勤める方々も、当然のように行き来する共用スペースだ。



 そんなエレベーターホールの、一等地。


 フロア案内が掛けられた、その目の前に。


 罪状を記した看板を首から掛けられ、プロくろさんの手によるコーディネートでおめかしした、たいへん可愛らしい実在エルフのおれが、かわいそうに項垂れて……正座させられているのだ!




「……というわけで、『にじキャラ』さんの今後を左右するお話し合いをすっぽかしてお買い物していた罪っす。本来ストッパーであるはずの最年長……百歳児であるにもかかわらず悪い子したわかめちゃんに、代表して反省して貰ってるわけっすね。†悔い改めて†」


「で、でもでも……これ、さすがにわたし可哀想じゃありませんか? いたいけなエルフですよわたし。こんなとこで正座させられちゃってたら、みなさんの良心が痛むでしょう?」


「ご心配なく。ご覧の通り……大盛況っす」


「わああーーんひとでなしーーーー!!」




 ……はい、というわけで。


 おれたちがわざとらしいやり取りをしてまで、いったい何をしているのかというと……『にじキャラ』さん事務所フロアのエレベーターホールをお借りしての、小芝居兼売名行為である。


 鈴木本部長さんからお触れが回ったのだろうか。ミルさんについての企業内周知は、概ね無事に完了したようだ。

 それに伴い、ミルさんの個人的な事情に関する協力者として、おそれおおくも『木乃若芽きのわかめ』の名を挙げていただいており……ならばついでに顔も売ってしまえ、と思い至っての小芝居である。


 ちなみに罪状看板については、八代さん○ェバンニが一分でやってくれました。なんだか専用のテンプレートがあるらしい。

 ……うん、日常チャバンジか。苦労してるんだなぁ。



「ごめんなぁのわっちゃん、八代やしろんの指示やねん……はい、笑ってー」


「んふゥーうちも録っとこ。ほな笑ってー」


「この状況で笑顔出ると思いますか!?」



 などと可愛らしくがなりたてる『反省』体勢のおれを、ぐるりと囲んだ『にじキャラ』運営の方々のスマホが捉え、カシャカシャとシャッター音が響き渡る。


 今回の『晒し者』計画は、うにさんくろさんを通じて『写真撮影許可』をみなさんに出して貰っている。

 可愛いおれのかわいそうな様子を存分に写真に収めてもらい、おれの顔と名前を覚えてもらい、あわよくば共演コラボとか案件とかに誘ってもらえればなぁ……という、大変あざとい完璧な作戦だ。立案者のラニちゃん後でお話があります。


 ……まぁ、『にじキャラ』でお仕事してるようなひとたちであれば、コンプライアンスの観点は重々承知してくれているはずだ。自社内で撮った写真をSNS投稿したりはしないだろう……というもあったりする。




大人気だいにんきだね、ノワ。ハチマルニーとハチマルイチのほうも、ノワの話題で持ちきりだったよ)


(よかった、おれの羞恥は無駄じゃなかったんだね。ラニちゃんあとでお話があるからね)


(ははは……ほ、ほら、ボクちゃんとモリアキ氏とお話し合い聞いてたから。後でちゃんと教えてあげるから、ね)


(そう、ありがとね。お部屋の『はぶらし』はちょっと硬めだったから。罪状はもうおわかりですね。覚悟の準備をしておいて下さいね)


(は、はははは……は……)




 顔はひんひんとわざとらしい泣きべそをかきながら、思念会話ではラニちゃんに『おぼえとけよ』と釘を刺しておくのも忘れない。

 確かに、極めて効果的に顔と名前を売ることができたのは事実なのだが……正直ここまで恥ずかしいとは思わなかったのだ。ひんひん。


 ……といった旨をマネージャーさんに視線で訴えたら、こめかみをぽりぽりと掻きながら苦笑気味に頷いてくれた。

 彼の後方に待機していた八代やしろさんがどこぞへと姿をくらませ、そのすぐ後に鈴木本部長さんがどこからともなく現れ、未練がましくおれを撮影しようとしている社員さんを追い払ってくれた。すき。




「ひん……ひん……」


「すみません若芽さん……本当すみません」


「おぉーよちよち、大丈夫やよー怖くないやよー」


「んにはん、うちも抱っこしたい」



 やっと『みそぎ』から解放されたおれは……わざとらしくあざといすすり泣きをして見せながら、うにさんに引っ立てられて会議室へと引っ込んでいった。

 ふふ……われながらよくやった。スタッフさんたちにもいろんな意味で印象づけることができただろう。




 実体化仮想配信者アンリアルキャスターの存在をまざまざと見せつけ、その多彩な表情や細かな動作……つまりは『可能性』を、これでもかとアピールする。

 ……布石は、しっかりと打ったのだ。


 あとはラニちゃんが、肝心の【変身】魔法を仕立ててくれるのを待つばかりだ。

 この仮想配信者ユアキャス界隈に……おれたち『のわめでぃあ』の手で、新しい風を巻き起こしてやろーじゃん!



 なお大御所の力は借りるものとする!


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