第306話 【第七関門】宴の前触れ



 中華料理店『翠樹苑』さん。

 東京都渋谷区の某所、例の『にじキャラ』さんの事務所からそこそこ近い(といっても帝応線で二駅の)距離にある、うにさん行きつけのお店らしい。


 まぁ、うにさんの行きつけ……というよりは、うにさん主催の『めし食いいこうや』の集いでよく利用されるらしいので……つまりは実質【Sea'sシーズ】の皆さんの行きつけということなのだろうか。しらんけど。





「いらっしゃ………………えーっと、チクサさんのお連れ様ですか?」


「……? えっ? えっと……」


「あー……『村崎うに』さんの?(小声)」


「!!! あっ! そ、そう! そうです!」


「ふふっ……かしこまりました。お連れ様ご案内しまぁす!」




 ……うん、スゲェ常連さんみたいだ。

 を教えてしまっているあたり、あのお姉さんはなかなか濃い付き合いの店員さんなんだろう。


 予約の時間は十八時からのはずなのだが、うにさんとくろさんは三十分前にもかかわらず既に入店しているという。

 『なんなら早めに来とってもええよー』とは言ってもらっていたのだが……まぁ確かに、ピークタイム前にお店へ入ってしまえば、多くの一般のお客様に見られるリスクも減るだろう。入り口近くで大騒ぎになる……なんてことも避けられるだろうし、なるべく人目を避けたいおれたちにとっては好都合だった。


 というわけで。

 対人用の【ファンタジー隠し(Ver.黒髪黒目)】を纏ったおれたち三人は、うにさんの提言に従い三十分巻きで入店したわけだ。

 ちなみに現在の服装は、おれと霧衣きりえちゃんは昼間にくろスタイリストさんに揃えてもらったカワイイコーデ。ミルさんは事情説明用の配信衣装じゃなくて、ついでとばかりに一旦おうちに戻ってお召し替えを済ませている。

 白ロリ衣装で中華料理は……いや、中華料理じゃなくても食事会なんかは、かなりシュールな絵面になっちゃうもんな。




「おーきたきt……おお!? 黒髪!? すっご!」


「おおー、黒髪でも似合うとるやん。さすがうち」


「こんばんわ、うにさん、くろさん。さっきぶりです」


「こ……こんばんわっ! お招き戴き……ありがとうございます!」


「……来ちゃいましたよ……うにさん、くろさん」


「うん……うちも可能な限りフォローすっからな……」


「ウーンやっぱかぁええなぁ! 洋服もよう似合っとるで、りえっちゃん!」


「あわっ、わわっ……わぅぅ」




 うにさんたちの待つ個室へ通され、店員さんがヒラヒラ手を振りながら退室する。

 やはりというか、うにさん(とくろさん)とかなり仲の良い店員さんらしく……『エルフ耳の可愛い子が来たらうちの客やから』と言われていたらしい。


 例によって、あまり他人に聞かれたくないお話をするおれたちの仕事柄……完全個室を借りきって行われる、今回の席。

 堀ごたつの座敷一部屋を贅沢に押さえ、その一部をおれたちで使わせてもらう形式らしく……収容人数二十四人のところを、なんと今日は十人で使わせてもらうようだ。わあい贅沢。わかめ贅沢だいすき。


 そろそろ良いだろうと、おれたち三人に掛けられていた隠蔽を解除し、満を持して緑髪白髪銀髪をさらけだす。

 道中、タクシーの運転手さんや通行人から目立たないようにするための隠蔽だが……お店の中に入ってしまえばこっちのもんだ。

 ……この二人にはラニちゃんの存在までバレているので、これくらいなら問題ないのだ。共犯者ってやつだな。


 というわけで、あとはこのお部屋で開始時刻を待つばかりなわけだが……



「とりあえずREINのグルチャで『今晩うちの友達二人来る』ってことは伝えてあるけど……正直何人かにはバレとるな」


「バレてるんですか!?」


「いやぁー……さっきの事務所での騒ぎがな、思ってた以上に飛び火しとるみたいでな?」


「やばくないですか!?」


「いうて『にじキャラ』ん中だけやし、大丈夫やと思うで。んにはんのREINは着信ものすごいみたいやけど」


「通知切ったからもう大丈夫や」


「いや……それ、大丈夫じゃ


「大丈夫や。絶対大丈夫や」


「あぁー……」


「んふふゥー」




 うにさんの『何人かにはバレてる』っていうのが、果たして吉と出るのか凶と出るのか……あと早くもそわそわし始めてるラニちゃんは、果たしてずっと姿を隠していられるのか。

 『他人の目を盗みながら盗み食いすることくらい、ボクにとっては夜ごはん前だよ』とかよくわかんないこと言ってたけど……本当の本当に、いろんな意味であの子は大丈夫なんだろうか。



 色々と不安はぬぐいきれないけど……あんなに親身になっておれを助けようとしてくれているミルさんを、おれは見捨てることなんて出来やしない。

 たとえ病気ロリショタコンのひとが待ち受けていようとも……自分だけ助かろうだなんて、そんな選択できるわけがない。




「おぉ、『ういちゃん』と『ちふりん』が着いたって」


「んふゥー! んいはんやぁー!」


「そやねぇ……きりえっちゃん今洋服やけど、くっそ可愛カワやし大丈夫やろ」


「あわわわうわうわう……」


「ちふりさんは……若芽さんと話が合うかもしれませんね」


「あぁーたしかに。……で、でも、あの……わたしなんかが話し掛けちゃって、ほんとに良いんでしょうか……」


「ここだけの話やけど、【Sea'sシーズ】みんな大なり小なり『のわめでぃあ』好きやで」


「ェはヲ!!?」


「うちが布教したからな!! 褒めてええんやぞ!!」


「ありがとうございます!?!?」


「んいはんとふりはんな、なかなかの『のわめでぃあ』ファンやで」


「ェままマジですか!?」


「ウチらには劣るけどな!!」


「んふふゥー」



 うぅ、よかった……とりあえずうにさんのおかげで『誰こいつ?』な事態も避けられそうで……正直、かなり気が楽になったぞ。

 大丈夫……おれのことを知ってくれているひとの前であれば、おれはちゃんと『わかめちゃん』になれる。……大丈夫だ。


 【Sea'sシーズ】のみなさんを信じるんだ。がんばるぞ、おれ!


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