第288話 【二日目朝】めし!めしだ!!!



 今回おれたちがこの東京出張を迎えるにあたり、ホテルに泊まろうと思い至った切っ掛け。

 そのひとつこそ何を隠そう……和洋折衷多種多様な朝ごはんを好きなだけ堪能できる、ホテルレストランでの朝食ブッフェなのである。


 中でも……ラニと霧衣きりえちゃんのお二人はひときわ楽しみにしていたようで、『朝ごはん行くよー』の一言とともにめちゃくちゃいい笑顔で駆け寄ってきた。

 まぁもっとも、最後のねぼすけラニちゃん以外はすでに準備万端だったんだけどね。



 ルームキーを握りしめて部屋を後にし、エレベーターに乗り込んで二十六階へ。昨晩すてらちゃんと運命的な遭遇を果たし(てしまっ)たスパゾーンが二十八階なので、そのツーフロア下が目的地のレストランである。……というかレストランエリアでツーフロアあるらしい。

 和食と洋食と中華の各レストランに加えて、夜限定だがオシャレなバーやプライベートラウンジもあるらしいのだが……まぁ今回は置いておこう。

 今おれたちが用があるのは洋食のレストラン……の隣にある、縦にツーフロアぶち抜いた大宴会場だ。




「お早うございます。お部屋の鍵を拝見しても宜しいでしょうか?」


「アッ、えっと……はい。一九〇七号室の木乃きのです。四名です」


「…………はい。確認致しました。只今ご案内致します」



(……お願いね、ラニ)


(オッケー。ノワもちゃんとタマゴヤキ、忘れないでよ?)


(まかせといて)



 係のお姉さんにテーブルへと案内される間、魔法で入念に姿を眩ませたラニを偵察に飛ばす。

 このホテルに『魔王』一行が滞在していることがほぼ確定である以上、お風呂同様の公共スペースである朝食会場は、遭遇の可能性が高いエリアといえるだろう。

 正直彼らがここに居ないことが望ましいのだが……もし見つけてしまった場合でも前もって先方の場所を把握できていれば、いろいろと対策のしようがあるだろう。


 ……というわけで警戒してみたのだが……どうやら今のところはこの場に居ないみたいで、ほっと胸を撫で下ろした。

 良かった。ごちそうを前にコッソリしなきゃいけないなんて、ある意味拷問だろう。




「わ、わ、わ、わかめさまっ! わかめさまっ! 焼き鮭が! 出汁だし巻きが! 厚揚げが! 冷やっこも! ああっ、あちらには……薫製肉でしょうか? 腸詰めも! こちらが『けちゃっぷ』にございますね! こちらは……なんと! こちらも『たまご』にございますか!? まるで粥にございまする!」


(それ!! それちょうだい!! ねえノワあれ! あのタマゴヤキたべたい! トロッてしてるやつ! たまごたべたい!! たまごちょうだい!!)


(はいはい。ラニちゃんは『たまごやき』がしゅきしゅきでしゅねー。……あ、温玉もあるじゃん。もってこ)


「キリエちゃんあっち、パンいろいろありましたよ。クロワッサンとか」


「く、く、く、くろわさん! くろわっさんも食べてよいのですか!?」


「大丈夫ですよ、ブッフェなので。……わかめさん、ぼく一緒にいましょうか?」


「お願いしていいですかミルさん。おれちょっとたまご大好き妖精さんのご機嫌取りしなきゃ」


(ねぇノワ! あれもタマゴヤキじゃない!? キリちゃんがよくつくってくれるやつ! ねえノワたまご!! タメィゴ!!)


「はいはい出汁ダシ巻きね。……すみませんミルさん、あっちにモリアキもいると思うから、ちょっと霧衣きりえちゃん見ててもらって良いですか……」


「ふふっ。……大変そうですね。任されました」


(たまごーーーーー!!)


(ええいやかましいわ鶏卵中毒者ジャンキーめが!!)





 ……というわけで。


 幸いにも、というべきだろうか。いうべきだろうな。たまご料理を求めて大騒ぎする小さな女の子の声は、おれ以外のお客さんに聞こえることは無かったらしい。

 朝っぱらからハイテンションにあてられて若干げんなりしつつあったおれは、とりあえず相棒たまごジャンキーの希望を可能な限り叶えながらも自分が食べたいお料理を調達し、ちゃんと牛乳もグラスについで席へと戻る。


 目に鮮やかな緑髪と、とんがった敏感な耳。おれへ注がれる奇異の視線はそろそろ慣れたが……おれ同様に奇特な見た目の美少女二人は、果たして大丈夫なのだろうか。



「あっ、おかえりなさい若芽さん」


「わかめさま! はやく! はやくっ!」


せんぱ……若芽さんスマセン、早く『いただきます』を。霧衣きりえちゃんが限界っす」


「アッ、ハイ。スマセン。大丈夫そッスネ。失礼しましたッス」


「ねぇノワはやく! ノワのたまご食べちゃうよ」


「よくわかりませんけどじゃあハイ! 合掌! いただきます!」


「「「「いただきます!」」」」



 四人それぞれのトレイいっぱいに溢れんばかりに載っかった、色とりどりの美味しそうなお料理の数々。生野菜のサラダ、サーモンのカルパッチョ、コーンスープとお味噌汁、ウィンナー、ミートローフ、ミニハンバーグ、鮭や鯖の塩焼き、肉じゃが、筑前煮、その他いろんなパンや白米やお粥やカレー…………などなどなどなど。

 各々が好きなものを取ってきた朝ごはんを、みんながみんなニコニコ笑顔で食べ始める。

 もちろんたまご大好きラニちゃんイチオシの卵料理……スクランブルエッグと出汁ダシ巻き玉子以外に、ライブキッチンの出来立てオムレツやベーコンエッグも確保済みだ。おれたちの目の前でシェフが手ずから丁寧に焼いてくれたきれいな逸品に、ラニは完全に目が釘付けになっているようだ。




「んふふふ……お行儀わるいよラニ。そんなにおいしい?」


「おいしいよぉ! ……いやぁ、もう……鳥のタマゴがこんな美味しいなんて……ほんと感動。最高」


「ラニの世界の卵、そんな美味しくなかったの?」


「もふ、もぐ……んっ。……そうなんだよねぇ。生臭いし、色もくすんでるし、鼻の奥のほうに変なニオイ感じるし…………あー、それにひきかえ見てごらんよ! このキレーな黄色! かぐわひいはおり! なめらかな口触くひまわり!」


「食べながらしゃべらないの! お行儀悪い……」


大丈夫はいみょうふらよ、どうせ他のひとに見えてないひ!」


「そうだけどぉー!」



 姿を消したラニがもりもりとごはんを食べるのを、おれの身体で遮るようにカバーする。取り皿に載っかった料理が不可視のラニに啄まれ不自然に欠けていく様子は、ちょっと一般のお客様に見せるわけにはいかない。

 ……まぁ、こんなに大勢のひとが出入りする空間だ。他人の取り皿を凝視する人なんて、そうそう居ないだろうけれど……万が一怪しまれた場合はどうするつもりなんだろう。

 一般的な常識をわきまえたおれは、やっぱり心配がぬぐいきれないのだが……



 自由気ままな相棒が、満面の笑みを浮かべて『うまい』『おいしい』を連呼する様子を目にしてしまったら。


 モリアキと、霧衣きりえちゃんと、ミルさんと囲む朝食の席が、こんなにも微笑ましく楽しいのなら。




「……おれもたべよ」


「そうそう。いっふぁいたべな?」


「元凶であるラニに言われても…………あぁ、もう……いいや。気にしたら負けだわ」


「んむふー」



 この可愛らしい笑顔を眺め続けるためなら、おれはがんばれる……と思う。



 ……今日も一日、がんばろう。








――――――――――――――――――――





「……もうそろそろ、起きて来ても良い時間なんだがね」


「…………、……! ……!! …………、」


「いや……今日は『部屋食』だよ、『アピス』。君に気兼ね無く暴食願いを果たさせて遣りたいのは山々なのだが……さすがに君のは、一般客の目には少々奇特に映ってしまうだろうから……ね」


「………………(泣)」


「……ふふっ。心配しなくとも良い。ちゃんと量は用意させよう。部屋食これならば一般人の目を気にする必要も無いし……代金さえ積めば、必要なだけ届けてくれるだろうからね」


「!! ………♪ ……♪♪ …………!」


「…………そうだね。……まぁ、不安といえば…………『ソフィ』はともかく『リヴィ』も、朝餉が届くまでにちゃんと目を覚ますのか……という点かな」


「…………、…………! ……!!」


「…………いや、さすがにそれは良くないよ、『アピス』。ヒトは食事を摂らねば死んでしまう。君の暴食願いも勿論大切だが……かといって、姉妹を死なせたくはあるまい?」


「………………。」


「……そうか。解ってくれたか。…………ふふ、『アピス』は良い子だね」


「…………♪♪」



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