第287話 【二日目朝】おはよぉございまぁーす
「なーんだ……寝込み襲ってやろうと思ったのによぉ?」
「ははは冗談は経歴だけにして下さいね先輩」
「おっ、おはようございます!
「おはようございますキリエちゃん。……なんかご機嫌っすね?」
東京出張、二日めの朝。時刻は六時半といったところか。
危うく大変なことになるところだった目覚めを経て、おれと
まだ瞼も開ききっておらず、寝癖がぴょこぴょこ跳ねてはいるものの……われらがマネージャー兼広報担当氏が、温かなお茶をすすっていた。
あー、お部屋備え付けのティーセットか。リビングにはそんなのも備わってたか。……客室内も知らないことだらけだ。
「先顔洗ってきていい? それともモリアキ先いってくる?」
「いや、どうぞどうぞ。も少しシャッキリしてから行きますわ」
「で、では! わたくしはお茶を淹れておきますゆえ……」
「んう。ありがとね
「はいっ! お安い御用にございまする!」
朝食時間はもう始まっているのだが、レストラン自体は九時まで開いているらしい。ねぼすけ組を起こすのはもう少し後でも大丈夫だろうと判断し、おれは客室内水回り……昨晩ミルさんと悲鳴を上げた豪華なバスルームの扉を開ける。
…………うーわ、改めてスゲーわ。
めっちゃ広々した脱衣室には、めっちゃ艶々した洗面カウンターが端から端まで渡されており、お洒落で繊細なデザインの水栓と大きなオーバル型のボウルが据え付けられている。
大きな鏡も曇りひとつ無く……一枚ガラスの間仕切りと広々したシャワースペース、そして(おれにとっては)巨大な浴槽が映し出されている。
間仕切りがガラスだから視線が通るし、鏡が一面に張られているので……滅茶苦茶広く感じるな。いや実際広いんだろうけど。
水を出してぱしゃぱしゃと顔を洗い、洗顔用液体ソープ(とてもいいにおいがする)を泡立てて再び洗う。長い髪が垂れてくるので未だに上手に洗えないが、これは仕方がないので慣れるしかないのだろう。
最後にお水であわあわを洗い落とし、髪の毛についたあわあわもちゃんと流し、水を止めてフェイスタオル(とてもふかふかしている)で水けをしっかり拭き取って洗顔完了だ。
「おまたせしまして……おぉ、ミルさんおはようございます」
「…………ほぁようもびゃいますゅー」
「なんて? まあわかりますけど……よく眠れました?」
「ふぁぁい…………しゅごい……きもちよかったえしゅ」
「それはなによりです」
ローテーブルには淹れたてのお茶が湯気をたてており、そのうちひとつを寝起きのミルさんがぽやぽやした顔ですすっている。……朝あんまり得意じゃないのかな。かわいいが。
得意気な笑顔を浮かべている
「…………わかめさん、しゃわーですか?」
「んふぇ? いえ、顔洗っただけです」
「あー………………」
おれと入れ替わりで洗顔に行こうとしていた、ぽやぽやしょぼしょぼしたままの起きぬけミルさん(かわいい)だったが……おれの濡れたままの前髪ともみあげ(?)を見とがめ、眠たそうにしながらも口を開く。
「……顔、洗うときは……ですね」
「う、うん」
「タオルで…………髪を、こう……ターバンみたいに巻くと……いいですよ」
「……ぉお? …………おぉー!!」
「そんな感動することっすかね……」
さすがは経験者というか……先輩というべきか。まだいまいち『女の子』の身体に慣れていないおれにとっては、まさに目から鱗な助言である。
可愛らしいあくびを残しながら洗面室へと消えていく真っ白な後ろ姿を、おれは尊敬の念さえ感じながら見送っていた。
……さてさて。
ミルさんに続きモリアキと、その後に
朝食レストランの入場時間は九時までだが、早めには入れれば当然それだけゆっくり食事を摂ることができる。もちろん二時間まるまる食べ続ける必要は無いし正直無理だと思うのだが、その後のスケジュールを余裕を持たせてこなすためにも、なるべくなら早めに食べに行きたいところだ。
それに……単純に、このホテルの朝食ブッフェが楽しみなのでありまして。
よって、そろそろレストランへ向かいたいのだが……誰とは言いませんが、まだ起きてこないねぼすけさんがいるみたいなんですよね。
「「「おはよーございまぁーす(小声)」」」
「み、みなさま…………」
つい先程までおれときりえちゃんが眠っていたツインベッドルームへ……なるべく音を立てないよう細心の注意を払いながら、四つの人影が忍び込もうとしていた。
そう……いうまでもなく、おれたちだ。言い出しっぺのおれと、ちょっと気まずそうな
おれの『ラニちゃんの寝姿まじやばいよ』とのアピールにホイホイ釣られてしまった、本日のお客様ご一行である。
「う、わ……本当やば…………くそ
「いや、これ、やば……いや、アウトっすね(小声)」
「ほわ……わうぅ………………はぁっ(恍惚)」
「ウフフフフ…………」
おれの目論み通り、思わずといった様子で言葉を失う三人。かく言うおれも余裕ぶってはいるが……この光景は何度見ても慣れることはないだろうし、飽きることもないだろう。
愛用タオルを畳んで作った特製のベッドの上で、小さな身体を丸めてすやすやと眠る、この世のものとはおもえぬほど幻想的な姿。
愛らしくも神々しいその姿は、まさに幻想種族『妖精』の名に恥じない佇まい。
身内贔屓も多分にあるとは思うが……写真撮って公開とかしたら天下取れる。間違いない。たぶん。
ただ、まぁ……うん。ただひとつ残念なのは……
「……見えちゃってます……ね」
「斯様に小さくとも……ちゃんと『女の子』にございますね」
「オレ捕まんないっすよね? やっぱ外出てましょうか??」
「ラニちゃんの
「ウッス……」
「はぁー……やばすぎ……可愛すぎ…………あの、わかめさんこれ……写真撮っちゃマズいですか? 絶対自分以外に見せないので……」
「と、とりあえず撮っちゃって……あとで本人に許可もらって、良いっていったら…………うん、ていうかおれも撮ろ。えっちじゃない角度で撮っとこ」
「お、お写真! わたくしの『たぶれっと』にも……」
「いややば……純粋に可愛いが過ぎますってこれ」
「……お二人とも、程々に……オレちょっとリビング出てるんで……」
若干ヒき気味のモリアキが退室するのを気にも留めず……おれたちはこれ幸いと超接写で、この『かわいい』が振りきれた天使を撮りまくる。
画面上のボタンをタップするどころか長押しして、バシャシャシャシャシャシャっと盛大にシャッターを切りまくる。
「最高」「尊い」「やばい」「無理」
ラニがいけないんだよ、ちゃんと早起きしないから。おれたちの目の前で無防備に眠っておれたちを誘惑したでしょ。そんなあざと可愛い格好ですやすや寝息立ててるから。おんなのこのとこ見えちゃいそうじゃん。ミルさんもきりえちゃんも釘付けだよ。そんないけない格好して。ラニ子がわるいんだよ。
ふふふ。
……うふふふふ。
尊み溢れる寝顔へ、至近距離に顔とスマホを近づけての一方的な撮影会は――
響き続けるシャッター音と、三者三様の溜め息吐息によって眠りから引き起こされたラニちゃんに、ドン引きした顔を向けられるまで続いたのだった。
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