第284話 【東京一夜】敵対者から逃げるな



 おれが霧衣きりえちゃんのけんぜんな欲求を聞き届け、けんぜんな触れ合いを増やすことを心に決めた……その直後。


 全くもって思ってもみなかったタイミングで……おれたちは予想外の襲撃を受ける羽目になった。




「いたいた。せんぱ……わかめちゃん。お疲れっす…………おアツいっすね? オレお邪魔でした?」


「あっ、烏森かすもりさ…………ん゛ッ!!?」


(ん゛んッ!!?)




 スキンシップを求める霧衣きりえちゃんに夢中なあまり、背後から近付くモリアキにおれたちは全く気づかなかったわけなのだが……背後から掛けられた言葉に振り向いたおれたちはを目にしにたことで、思わずビキッと硬直してしまった。



 困ったような表情を浮かべる、ゆったりしたハーフパンツ型の水着を身に付けたモリアキの……その左手。


 そこには……目が覚めるほどに可愛らしい、幼げながらどこかオトナびた雰囲気を漂わせる、が、控えめな胸を押し当てるように抱き付いていた。




「ふーん? ……この子たちが……おにーさんの言ってた子?」


「あ、あのっ、あの、あの、あのっ…………モ、モリアキ、さん?」


「あっ、解ります。違うんす。何言いたいのか解ります。けど違うんすよ」



 歳の頃はおれの身体年齢よりも少し上、幼いながらも女性として成長し始めたその肢体を、可愛らしいピンク色のビキニ水着で彩った……控えめに言って、美少女。

 初対面のモリアキはことの重大さを把握していないらしく、相変わらず困惑気味の表情を浮かべているが……おれの内心と姿を隠したままのラニは、起こりうる可能性を綿密にシミュレートし始めていた。


 無理もないことだろう。なにせこの子はつい先日ラニが壮絶な果たし合いを繰り広げたその本人であり、ラニの見立てでは【従わせる】魔法の使い手であり、あの『葉』を呼び出し支配下に置いた人物であり……他にも二人は居るであろう少女と共に『魔王』メイルスに付き従う、いわばおれたちにとってである立場の少女なのだ。



 そんな彼女が……おれたちの敵が、モリアキの手を取り……えっと、その……おっぱいを、押し当てている。

 彼女のを多少とはいえ垣間見たおれは、最悪の事態を予感してしまっていた……のだが。




「……ホントだ…………うぅん、ちょっと悔しいけど……でも確かに、すっごい可愛いね! こんばんわお嬢ちゃん、あたし佐久馬さくますてら。よろしくね?」


「えっ!? あっ、えっと……き、木乃きの……若芽わかめ、です」


「わぅ、っ! ……き、きりえ……ですっ」


「きの、わかめちゃん、と……きりえちゃん。…………わかめちゃん? ……わかめちゃんは、いま何歳?」


「えっ、と……さん、じゃない。……ええと…………じゅっ、さい、です」


「えっ、ホント!? じゃあシズちゃ……あたしのと同い年だ! すごい!」



 おれ同様、彼女すてらちゃんの発言を聞いていたラニから……とあるひとつの可能性について、考察が告げられる。

 奇しくもおれが推測していたもの同じ結論に至った、その考察……それはつまり、という可能性だ。



 思い起こしてみれば確かに……高校横の緑地公園で彼女と一戦交えたのは、全身鎧に身を包んだラニだった。

 であれば彼女すてらちゃんとして認識しているのはなのであって、あの場を覗き見つつも姿を現していないに対しては、今日のこれが初対面だと認識している可能性が高い。


 あの『魔王』メイルスの一味だという先入観さえなければ……なるほど、社交性があり積極性がありちょっと無防備であり性的であり、そういう嗜好を持ち合わせた人でなくとも好かれやすい、非常に可愛らしい女の子だ。

 もし前情報無しで出会ってしまっていたら……おれもあっさりと『すこ』になっていただろう。



 しかし……だとすると。

 おれと似たり寄ったりな嗜好をもつモリアキは、どうしてこんなにも平然としていられるのだろう。




「……いや、何すかその目は。オレ本当何もしてないっすよ」


「本当ですか? モリアキさん……わたしたちの目の届かないところで、その子にイタズラしたりしてませんか? 警察呼ばなくて大丈夫ですか?」


「大丈夫ですんで! オレはむしろ巻き込まれた側ですんで! ほ、ほら! すてらちゃんからも何か言ってくださいよ!」



 いぶかしげな態度を隠そうともせず、すてらちゃんへと視線を向けると……当のすてらちゃんは『てへぺろ』とでも言わんばかりの表情で、あっさりと恐ろしいことを口走る。



「あたしのお部屋で遊ぼう、って誘ったんだけど……おにーさんってば『親戚の子たちを引率しなきゃなんないから』って、取りつく島もなくって。正直ちょっと悔しかったけど、おにーさんいわく『可愛い子だ』って言ってたから、どんな子かなぁって思ったら…………いやぁほんと、可愛い子だったから。お近づきになりたくって、つい」


「…………えっ、と……恐縮、です」


「オマケに……わかめちゃんは妹と、きりえちゃんがあたしと歳も近そうだしさぁ。……ねね、二人とも、あたしの部屋来ない? おにーさんも一緒にさ。あたしとイイコトしよ? ねっ?」


「「お断りしますするっす!!!」」


「……むぅ、残念。妬けるなぁおにーさん」



 口では残念そうなことを言いつつも、その表情はひどくあっけらかんとしている。他人の心証を害することを良しとしないすてらちゃんからは……なんというべきか、『魔王』の眷属らしい禍々しさとでもいうべきものが微塵も感じられない。

 おれに話しかけてきたことも、勿論彼女の言っていた『可愛いって聞いたから』という理由もあったのだろうが……おれの(肉体)年齢を聞いて喜んだあの様子から察するに、彼女の『妹』とやらの遊び相手を欲していたのだろう。部屋に招いた理由としても、決して安心フィルターされちゃうようなことをするためだけじゃないはずだ。……そう感じた。


 つまり、なんだろうな。なんていうか……とてもに見えるのだ。

 まぁことあるごとに性的だけど。ちょっとスキンシップが多いけど。……おれも見習った方がいいのかなぁ。




「うーん……いい食事パパいなさそうだし、あたしも帰ろっかなぁ。残念だけど……またね、おにーさん」


「? パパ? ……いやぁー……そうっすね。そのへんの他人に声掛けるより、ご家族に遊んでもらう方が良いっすよ」


「そ、そうだね……あぁ、でもこのホテル客層良さそうだし……そういう危険は無い……のか」


「……!! あぁー! そういうことか!! なぁんだ、じゃあ無駄足だったのかぁ…………まあいいや! わかめちゃん!」


「はいっ!!」



 ……やっぱり、を目的としていたのだろう。

 それが叶わぬホテルだということが判明したせいか……すてらちゃんはすっぱり諦めたような、朗らかな『いいお姉ちゃん』の表情で……おれに告げた。



「また会ったら……あたしと、あたしの妹たちと、仲良くしてほしいな!」


「……っ!!?」


「えへへ……会ったばっかなのに『変なやつ』って思われるかもしれないけど…………なんかんだよね。……ごめんね。変なこと言って! じゃあね!」


「えっ? アッ、う、うん……じゃあ、ね?」




 あの子は間違いなく……あの日ラニの前に立ち塞がった、あの女の子のはずだ。


 しかし……憎むべきと相対していないときの、ただの世話焼きなお姉ちゃん(えっち)の顔をした『すてらちゃん』は……朗らかな笑顔で手を振りながら、更衣室へと消えていった。





「……どう思う? ラニ」


「……演技、じゃあないだろうね。すてらちゃんは……そこまで腹芸が得意そうには見えなかった」


「うん……正直、本音なんだろうと思う。……本音で、おれたちと……」


「……悪い子、には……わたくしには、見えませんでした」


「……うん……率直に言って、おれも。……モリアキは? 何か感じたことある?」


「そうっすね…………やっぱわかめちゃんの胸、もうちょい盛っとけば良かあ痛っ!! 痛い!!」


「チクショウ見損なったわ! いいもんおれには霧衣きりえちゃんがいるもん! 霧衣きりえちゃんのおっぱいは貴様には渡さんからな!!」


「わかめ様ぁ!!?」


「あらあらおアツい」



 あの子がいたということは……恐らくだが『魔王』も、このホテルに滞在してるのだろう。

 どういう手段を用いたのかはわからないが、少なくともこのホテルの会員権を手にできる人物と親しい間柄にある……という点は、間違いない。


 立場というものがあるだろうし、面と向かって事を構えることは無いと思うが……とりあえず、警戒は怠らないようにしよう。




 まぁ、それはそうとして…………

 積極的なスキンシップ、おれも自然に出来るようにならないと……なぁ。



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