第282話 【東京一夜】水着から逃げるな



 結局あのあとおれたちは……心行くまで居酒屋料理とお酒を堪能し、お会計を済ませ、なぜか店員さんに記念写真を撮られ……往路でお世話になったタクシーの運転手さんに電話して迎えに来てもらい、無事にホテルまで帰ってきた。

 ホテルで過ごす夜の時間をなるべく多めに確保するため、夕食を少し早めに摂ったこともあり……部屋まで戻ってきたこの時点で、時刻はまだ十九時。まだまだ夜はこれからだ。



「……せっかくの機会ですが……すみません、やっぱりぼくはお部屋のお風呂にします」


「うーん……そうだね、しょうがない。男用水着着るの、やっぱ抵抗あるだろうし」


「そうなんですよ。……大浴場は残念ですけど見送って、お部屋のお風呂で我慢します。タオルもあるはずなのウワァーーーー!!?」


「えっ!? ちょ、どうしたのミルさウワァーーーー!!?」



 めっちゃひろい。きれい。おしゃれ。

 これあれですやん、部屋風呂でもめっちゃ豪華ですやん。たぶん浴槽の底にモリアキが寝れる広さですやん。

 わっ、アメニティめっちゃ充実してるじゃん。シャンプーの容器もオシャレだし……泡風呂の素とかあるぞ。




 ……というわけで。


 ニッコニコ顔でお部屋のバスルームへと消えていったミルさんをお留守番に残し……居酒屋さんでお話ししていたリゾートスパを堪能しに、おれたちは例の眺望良好エレベーターに乗って最上階、二十八階を目指す。

 タオルとかアメニティ類はスパのほうにあるし、肝心の水着も入口近くでレンタルできるらしいので、替えの下着類さえ持っていけばいいというお手軽さだ。

 なおレンタル費用等館内で生じたお会計は、ルームキーを見せることでツケてもらう形らしい。チェックアウトのときにまとめてお会計するスタイルだな。




(ねぇノワ、これなんかどお? カワイイよ?)


(ヤですー! ビキニなんておれは絶対ヤですー!!)


せんぱ……わかめちゃん決まりました? オレ先行ってますよ?」


「んぬぅー! わ、わかった……おれも腹くくる…………きりえちゃん大丈夫?」


「……下着、のようなもの……なのでございますね。……これを身に付けたまま、お風呂に入るのでございますか?」


「ま、待って!? 順応早くない!? えっウソでしょ白ビキニ!? きりえちゃん恥ずかしくないの!?」


「若芽様、落ち着いてくださいませ。肌の露出であれば下着と大して変わりませぬ」


「でっ、でも! そ、そんな大胆な……」


「……? 大胆もなにも、お風呂にございまする。湯浴みの場にて素肌を晒すことに、いったい何の羞恥がございましょう?」


「アッそうだ! こういう子だったこの子! おふろが絡むと羞恥トぶ子だこの子!」


「わかめちゃん静かに。他のお客さんに迷惑っすから」


「ングゥーーーー!!!」




 少し困ったような、あるいは微笑ましいものを見るかのような、そんな複雑な笑みを浮かべる女性従業員さんに見守られながら……適正身長のエリアから、おれは意を決して水着を選ぶ。どう見ても小学生向けのラインナップなあたりまた泣かせてくる。泣いてねえし。

 ルームキーを見せてレンタル手続きを済ませてモリアキと別れ、男性用更衣室の看板を未練がましく睨みつけながら、おれたち二人(と見えない一人)は女性用更衣室へと歩を進めていく。


 手の中に抱えたブルーのさらさらした布地が、なんだか妙に存在感を主張している気がしたが……おれは全力で気にしないことにした。







 最上階といったな。あれは嘘だ。


 いや嘘ってほどでもないんですが、実際のところまだ上のフロアがあるらしくてですね。

 エレベーターで上がれる最上階がこのスパゾーンであることは、確かに事実なのだ。おれ含め宿泊客は二十八階エントランスにて水着レンタルを済ませ、男女別の更衣室へと通される。

 その後水着に着替えた利用者は混浴ゾーンで再び合流し、ここ二十八階のスパエリアか……もうワンフロア上の、展望プールを堪能することとなる。


 入口は二十八階だが、中に入ればツーフロア分の温浴施設ってことだな。メゾネットってやつか?




「じゃあそんなわけで、オレちょっくらプール行ってくるんで! ……先輩たちのこと宜しくお願いしますね、白谷さん」


「オッケー任せてモリアキ氏。ゆっくりしてくるといい(小声)」


「ねえおれ年長者なんだけど。この中で最年長なんだけど。なんでおれが面倒見られるがわの扱いなの?」


「だって女児で……アッ嘘。ウソです。いやぁ先輩まだその身体慣れてなさそうですし」


「ご安心ください若芽様。霧衣きりえめがお傍におりますゆえ」


「そっ、そうだね…………うん、なるべく一緒にいようね……」



 更衣室出口の休憩エリアにて落ち合ったおれたちは、さっそくだが二手に分かれることとなった。

 屋上フロアの展望プールを満喫したいというモリアキと、現フロアのリゾートスパを満喫したいおれたち二人(と、おれたちの保護者を自称する見えない一人)……各々が存分に、好きなように、気兼ねなく堪能できる分散配置となっている。

 まぁおれたちも後でプールに行ってみたくなったり、モリアキも体を温めにスパを楽しんだりするのだろうけど……とりあえずそんな感じで、別行動ということだ。


 高級ホテルの展望プールだもんな。そりゃあもうすごそうだ。……まぁ、モリアキにも気苦労掛けてばっかりだし、おまけにトドメがこのハチャメチャかわいい水着美少女だもんな。プールで存分に体を動かして……運動して発散したいこともあるのだろう。

 滑り止めの施された屋内階段を、彼はワクワク顔で昇って行った。




 ……というわけで、スパゾーンに残されたおれたち。

 おれと、相変わらず一般人に見えないよう姿を隠しているラニと……そう、ハチャメチャかわいい水着美少女、だ。


 さすがに公共の場であるので、かわいらしい狗耳と尻尾は(本人いわく【変化】のまじないで)隠されているが……この子の素材の良さはその程度じゃ微塵も揺るがない。

 湯気を吸ってしっとり張り付く純白の髪と、それに縁どられた穏やかな笑みをたたえたお顔と、控えめながら整った発展途上のボディラインと、それを守護する真っ白な水着。水着とはいえ下なんてほぼパンツみたいなもんだし、トップはフロントと首後ろで結ぶタイプらしく……つつましやかながら形の良い、おれより豊かなふたつのふくらみをそっと支えている。

 いつもは丈の長い和服で一分いちぶの隙も無く守られていた素肌が――ビキニタイプの水着を纏っているとはいえ――無防備に晒されているのだ。……正直クラっと来ちゃいそうだ。


 一方のおれは……子どもっぽい紺色のワンピースタイプ。

 せいいっぱいの抵抗として『子ども用水着』っぽさが極力少ない、スイミングスクールとかで用いられていそうな競泳水着っぽいデザインのものだ。あくまでもスイミングスクールで使ってそうなやつであって、断じて『スクール水着』ではない。いいね。




「……? 若芽様?」


「アッ、アッ、エット……い、いこっか」


「はいっ! お供致します!」


「ヴッ……!!」


(……うん、わかる。これはやばいね)


(でしょう……)



 ……はー……どうしよ。かわいい。すきだが。


 おれは安全な存在なのだと……おれの傍なら安心なのだと、心から信頼してくれている霧衣きりえちゃん。

 やんごとなきお方からお預かりした子であり、出会ってからまだふた月と経っていない間柄なのだが……おれの中では既に、なくてはならない存在となっていた。



 結婚して家庭を持った男の人って……こんな感じの気持ちになるのかもしれないな。



 ……結婚……なぁー……(遠い目)。




―――――――――――――――







「…………っぷはぁ! ……はー……サイッコーっすね……チョーキモチイイ」


「ふふっ。おにーさん精が出るねぇ?」


「っ!? っとぉビックリしたぁ……こんばんわお嬢ちゃん。どしたのかな?」


「んんー……どうした、って程でもないんだけど……ちょっと、お話相手がほしくって」


「お話相手? 親御さんは一緒じゃないの?」


「ん。部屋で妹たちと休んでるの。……それで、あたし一人でプール来たんだけど……なんていうか、周りの人…………おじさんばっかりだし」


「はははは……オレもそろそろ『おじさん』の歳っすけどね……」


「そんなことないよぉ! おにーさんの泳ぎっぷり、めっちゃカッコ良かったし! だからさ、あたしおにーさんとお話ししたくって。ね、ね? ちょーっとだけ。ちょーっとだけお話しシよっ? 一発ちょっとだけで良いから!」


「……? まぁ…………少しだけなら……」


「やったぁ! ……あっ、名前! まだだったね」


「あぁゴメンゴメン。おじさんは……アキラ。烏森かすもりあきら。よろしくね……えーと……」







「あたし、佐久馬さくますてら! 短い付き合いだけど……よろしくね、おにーさん!」







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