第281話 【東京一夜】予定確認エルフ



 徐々に徐々に思考をアルコールに侵食されながらも、忘れないうちに情報の共有を試みる。

 既に若干名はいい感じに酔っぱらいデキ上がり始めてきているが……だからこそ手遅れになる前に周知しておくべきだろう。




「とりあえず正気を保ってるうちに、明日の予定ね。とりあえず十時から『にじキャラ』さんと打ち合わせがあるので、余裕もって九時まわったくらいには出たい。あちらの事務所にお伺いする形なんだけど……電車でいく? 渋谷駅から近いんだって」


「えっ? いや、その……大丈夫なんすか?」


「おれはもう開き直った……けど…………あぁごめんなさい、ミルさん」


「いえ……ぼくのほうこそ、お手間お掛けしてしまい……」



 おれ自身は、見られることに対する抵抗は薄らいできたのだが……まだ今後の方針の見通しがたっていないミルさんや、霧衣きりえちゃんにとってはそうはいかないだろう。

 殺人的密度を誇る東京の電車に詰め込むのは、さすがにちょっと憚られる。


 となると、取れる選択肢はハイベースということになるだろう。都心の繁華街をあの大型車で走るのは少々不安だが、大気を操るエルフの知覚能力があればなんとかなると思う。

 ……ああそういえば、タクシーっていう選択肢もあるのか。



「……あぁ、そうっすね。東京ならそこかしこで捕まえられるでしょうし、良いと思いますよ」


「ぼくも賛成です。運転手さんくらいなら……見られても」


「おっけ。じゃあその方向でいこう。ホテル帰ったら一宮コンシェルジュさんにお願いしとかなきゃ」




 明日のお仕事に関する相談事は済ませたので、あとは当日を迎えるのみだ。寝て起きればお待ちかねの朝食ブッフェが待っているのだが……もう一日を終わりにしてしまうのは、とてももったいない。

 なんてったって、都心とはいえリゾートホテルだ。日頃の激務に疲れた各界のVIPぶいあいぴーな方々も利用するこのホテルならではの、リラクゼーションやらコミュニケーションやらレクリエーションができる館内施設がいっぱいある(らしい)のだ。




「たとえばですね……大浴場! なんとこのホテル、めっちゃゴーカな大浴場があるんえしゅよ!」


「先輩酔ってます?」


「酔ってないです。だいじょうぶです。ほらほら見てみて」



 お料理の皿をちょっと避けてスペースを作り、ホテルから拝借してきたスパのパンフレットを、四人に見えるように広げる。

 それによると……このホテル最上階には広大な温浴施設が設けられており、東京湾ベイエリアの夜景を眺めながら様々なお風呂に浸かることができるらしく、さらにさらにお風呂ゾーンとは別に温水プールもあるらしい。

 ダークトーンの大理石が暖かな照明で照らし出され、手すりなど金属部は真鍮色に輝き、めっちゃオトナな感じがする。

 正直いって……とても魅力的だ。



「大浴場……スパかぁ…………行ってみたいですけど、ちょっと難しいですよね……」


「あっ………………ミルさん、えっと」


「慣れなきゃ、とは思うんですけど……やっぱまだちょっと、大人数の前に出るのは」


「……ごめんなさい、軽率でした」


「いえいえいえそんな! 気にしないで下さい!」



 いや、気にしないわけにはいかないよ。

 だって……ほかでもない、おれもそうだもの。


 豪華なお風呂やリゾートスパには憧れるけど……そこに全裸の女性がいっぱいいると考えると、どうしたって尻込みしてしまう。

 たとえこの身体が――構造的特徴から身体機能全般に至るまで――完全に女の子のものだとしても……いや事実として身体は完全に女の子なのだろうけど、その中身の人格であるはまぎれもない男なのだ。中身が男であるの女児が、女性が安らぎを得るための場所に出没するのは……それは、許されることでは無いのだろう。


 北陸旅行のときはあまりにも軽率に入ってしまったが……後になって落ち着いて考えてみても、あれは少々よくないことだったと思う。

 少なくともおれには、たとえば『合法的に女湯に入れるぜひゃっはー!』とか考えられるような、そこまで気楽な考えは持つことが出来なかった。


 かといって……女湯がダメだからといって男湯に入ることも、それはそれで難しい。ていうかモリアキに本気マジでブチギレられた。こわかった。

 これから先の人生、大浴場を堪能することができないのだと考えると……さすがにちょっと、泣きそうになる。




「……おれも…………大浴場、入りたかったなぁ」


「わかめさん……」


「……難しいか。……ははっ、しょうがないよな。だし」


「…………若芽様……」



 ……いかんいかん。楽しいお酒の席なのに、なんだかどんよりしてしまった。

 せっかくおいしいご飯とお酒を堪能しているのだ、こんなしんみりした空気は良くないな。


 そうだそうだ、こんなに立派なホテルなのだ。たとえスパがなくても、リゾートを堪能できる設備はいっぱいあるのだ。



はいれそうっすよ? 先輩」


「「えっ!?」」


「よく見てください。ほらここ……『水着着用の混浴施設』って書いてます。男女別フツーの大浴場は別であるみたいっすね」


「えっ!? どれど…………アッほんとだ!!」


「ほ、ほんとだ……つまり……」



 水着着用の温浴施設……つまりあのスパを利用するひとは、みんな水着を着ているということであって。


 水着を着ているということは、異性に見られちゃいけないようなセンシティブな部分は、水着のおかげでちゃんと隠されているというわけで。



 つまり……こんなおれでも、ちゃんと水着を着てさえいれば。

 あのお洒落で豪華なリゾートスパを、何の懸念も心配もなく堪能することができるのだ!




 ………………水着かァー!


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