第279話 【東京遠足】ゴーユーホテル!



 まず、はっきり申し上げましょう。

 わたくし木乃若芽きのわかめ……もとい、本名安城雅基あんじょうまさき三十代一般成人男性でございますけれども……都心の豪華なホテルなんて、泊まった経験あるはずがなくてですね。


 一般男性のお手軽旅行なんて、ほとんどが安価なビジネスホテルだし。

 仲間内での旅行だって、だいたいは民宿とか……たまに贅沢して温泉旅館とか、とにかく郊外に遠出することがほとんどだ。



 そんな中で……都心の、ベイエリアの、高層建築の、こんな豪華なホテルなんて……初めても初めてだ。

 入り口でドアマンが待ち構えているホテルなんて……屋根の掛かった玄関前まで直接車を乗り入れられて、到着するや否や恭しく出迎えてくれて、お荷物を運ぶのを手伝ってくれるホテルなんて、少なくともおれは初めてだった。


 霧衣きりえちゃんやミルさんを出迎えたときだって、顔色ひとつ変えずに穏やかな笑みで、きびきびと気持ちの良い動作でエスコートしてくれる。

 ドアマンのお兄さんからして、すばらしい接客だ。……さすが豪華なホテルなだけはある。

 まぁ……運転席に座るおれ見た目十歳エルフ幼女を見たときは、さすがに『ぎょっ』としていたようだけど。ふふん。



 その後おれは、この大きな車を置くための駐車場へ通されたわけだが……す、すごい、とても背が高い車なのに入れる。地下駐車場でこれはちょっと感動的だ。

 しかし……周りに停められてる車がことごとくツヤツヤしてカッコいい高級車ばっかりなので、ちょっと……いや、かなり場違い感がすごいかもしれない。だってハイエースだし。……いやハイエースだってカッコいいし。キャンカーだから高級車だし。


 などと誰にも何も言われてないのに張り合いながら、かばんを引っ提げて車を降りる。鍵を閉めるのも忘れない。ピピッとな。

 そこからはほんのり光る案内看板に従い、曇りひとつなく磨かれたガラスの自動ドアをくぐり、地下駐車場とは思えぬ豪華さの階段を昇っていく。

 するとそこには……磨き上げられた大理石で彩られた絢爛なロビーと、ビジホとは全く異なる宿泊者受付スタイルが待ち構えていた。




「あっ、若芽さん!」


「先輩、こっちっす」


「はわわわわわわ」


「ご、ごめん、おまたせ……」



 見るからに高価そうなソファに座らされた三人は、皆がみんな完全に場の空気に呑まれており、ラニに至っては先程から一言も言葉思念発し送って来ない。……しんでんじゃねえか?


 一階フロア、正面エントランスの片隅に設けられた受付……いやこれ『受付』っていうよりは、わたしの貧相な記憶からサルベージした限りでは『ラウンジ』という表現が近いですかね。まぁとにかく宿泊者代表であるおれは、これまた重厚感あるローテーブルと一人用ソファに案内され、住所と名前と車種とナンバーを記入する。宿泊者はおれの名前……というか芸名である『木乃若芽きのわかめ』で記入して良いらしい。


 事前に大田さんから聞かされていた限りでは……なんでもこのホテルは、それこそVIPぶいあいぴーな方々がお忍びで利用されることも多いため、そういった方々なんかは偽名で泊まることもよくあるのだとか。……まぁ一部芸能人のひとたちとかかな。普段から芸名だもんな。完全会員制で予約者と紐付けしてあるからこそのユルさってことだな。


 とりあえずおれはこの身体アバターの性能を遺憾なく発揮し、このような場であっても(表面上は)平静を装いながら館内の説明を受ける。内心は気後れしそうっていうか実際してるんだが、お利口な頭脳とお耳はバッチリその性能を発揮中だ。

 しかしながら、おれみたいな突飛な容姿の小娘相手であっても、丁寧に耳心地のよい説明を続けてくれるホテルマンの男性は……なかなか見上げたプロ意識だ。こんな緑ロリ銀ロリ白ロリと成人男性の団体とか意味不明すぎるだろうに。普通ドン引きして然るべきだろうに。



 まぁ何はともあれ、無事にチェックインの手続きも済ませることができた。

 部屋番号のレーザー彫刻が施されたアクリル角棒の、なんというか『THE・ホテルのルームキー』といった風体の鍵を二本預かり、ホテルマンのおにいさんに先導されてエレベーターへと案内される。


 しばらくしてやってきたエレベーターは……これまたなんていうか、すごかった。すごすぎて霧衣きりえちゃんとラニは軽く気絶しそうだった。

 しかし……それも無理からぬ話だ。照明とガラスをうまく配置したエレベーター内は、ただでさえきらきらと煌めく幻想的な空間となっており……しかもそれだけではなく、正面の壁には大きなガラス窓が設けられていたのだ。

 まだまだ日の短い日々が続き、陽は既に傾き沈みつつある。夕日に染まる空のグラデーションと、少しずつ遠のいていく街の灯りがただただ幻想的で……とても感動的な光景だった。



 やがて辿り着いたのは、地上十九階。加速度をほぼ感じさせない緩やかな減速でエレベーターは到着し、滑らかに扉が開く。

 放心したままの霧衣きりえちゃんをゆすって起こし、同様のラニを指でつまんでおれの肩に乗せて、エレベーターから降りて廊下へ。

 やたらふかふかした感触の廊下に軽くビビりながら、ルームキーに刻まれた部屋番号を探す。



「いちきゅーまるなな、いちきゅーまるなな……」


「じゅうに、じゅういち、じゅう…………」


「はーち、なな! ありました! どきどきしますね烏森かすもりさん!」


「……? …………あぁ、そういう。……いちおう公共の場っすもんね。了解しました、若芽わかめさん」


「あぁー……大変そうですね、若芽さんは」


「へへ…………」



 いやいや、ミルさんの方こそこれから大変だろう……とは言わずに、おれは鍵を差し込みドアを開ける。

 するとそこには、いつの間にか(とはいってもおれが署名している間だろう)運ばれていた、おれたち全員ぶんの旅行かばん……車から皆が降りたときに台車に載せられていた荷物たちが、きちんと届けられていた。




 そして……それら荷物が寄せられた、客室エントランスの、その向こうがわには。


 おれたち一行への『接待』として大田さんが確保してくれた、東京ベイエリアのリゾートホテル……ツーベッドルームとリビングスペース、独立した水回りを備えた豪華な客室が、落ち着いた大人の雰囲気と共に待ち構えていた。



 ……え、まって、やば。


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