第275話 【東京遠足】いきなり満身創痍



「ママーー!! だずげでママぁーー!!」


「ガマンしなさい! 男の子なんでしょ!!」


「無理ぃーー!! おれ女の子だから……お゛ん゛な゛の゛ご゛だ゛が゛ら゛む゛り゛ーー!!!」


「こういうときだけ『女の子』前面に押すのは卑怯っすよ!!」


「ああ!! だめ……だめ!! もう……おし、っ…………あーーーー!!」


「(爆笑)」


「(おろおろ)」


「(そわそわ)」





 今回の東京出張にあたって非常にはりきり同乗者にテキパキと指示を出し、喜び勇んで運転席に座り、意気揚々と拠点を出発し。

 最寄りの誉滝ほまれたきスマートインターから高速に乗り、ご機嫌な会話に花を咲かせながら東進すること……およそ一時間。



 県境を越えたあたりで……事件は起きた。





 じわじわと忍び寄る寒気を感じ、嫌な予感を感じ始めたおれの、高性能なエルフアイが見つめる先。

 見晴らしの良い片側二車線の高速道路、その進行方向に……ずらりと並ぶ黄色い点滅ランプの列。


 それは……全ての自動車に搭載されている、本来は左右への進行方向を周囲へとアピールするための機能。

 車両前後それぞれ右と左に搭載された点滅ランプ、方向指示器ウィンカーと呼ばれるそれを左右同時に点滅させることで、何かしらの異常事態を周辺ないし後続車両へと明示する、非常点滅ハザード表示灯ランプと呼ばれるもの。



 高速道路上において、そのハザードランプが使用されるケースは、大きく分けて二つある。


 ひとつは……故障など何らかのアクシデントが発生した際、路肩に停車すると共に点滅させ、後続車両に自車の存在をアピールし二次被害を抑制するすること。

 そしてもうひとつは……渋滞の最後尾にて、後続車両に減速および停止を知らせること。



 そして今回はなんと……残念なことに、後者であって。

 つまりおれたちの進行方向には現在、交通渋滞が伸びているわけで。




 つまり。なんと。げんざい。


 おれの……なにがとはいわないがおれの、とある生理的な現象が、徐々に徐々にその存在を主張し始めているのであって。





「だずげでぇーーー!! 運転かわってママぁーーー!!」


「運転中はさすがにムリですって!! どっかで停車しないと!! サービスエリア無いんすか!?」


「あの……さっき『浜村サービスエリア』7キロ、って……」


「それあと何分ーーー!!?」


「うーん…………」「さぁ…………」


「わぁぁぁぁぁーーーーん!!!」


「(大爆笑)」


「(おろおろ)」




 通常であれば七分そこらで到着するはずなのだが……今はご覧のとおり渋滞だ。

 しかもたちが悪いことに……停車するわけではなく、のろのろゆっくりと少しずつ進んでいる状態。いっそ停止してくれていればババっと運転を代わってもらい、車内トイレに駆け込んでたすかることができるのだが……ゆっくりとはいえ進んでいるのであれば、当然それも叶わない。


 おれに残された選択肢は……現状では何分かかるかわからない『浜村』サービスエリアまで、この『おしがま』状態でなんとか辿り着くしかない。


 ……いや、配信者の演目としてがあること事態は知っている。知っているが、それはおれがやるべきものではない。

 そもそも『おしがま』は……臓器に少なくない負担を掛けるものだ。つまり健康上よくないのだ。だからやっちゃだめなのだ。そうに決まっているのだ。




 そう、健康に悪いことなのだ。なのになぜ健康を害してまで我慢しなくてはならないのだ。




「…………先輩、いきなり黙んないで下さい怖いんで」


「…………モリアキ、おまえ確か……持ってたよな?」


「「(ぶふーーーーっ)」」


「「??????」」


「却下!! お気持ちはわかるけどヒトとして却下っす!! どのみちドライバーなんで無理ですって!!」


「そそっ、そうですよ若芽さん! さすがにこんなところじゃマズイですって!!」


「うわぁーーーーーーん!!!」


「「??????」」



 最終手段を無惨にも潰され……あとはもうサービスエリアまで十数分か数十分かを、冷や汗を垂らしながら耐えるしかない。

 もしくは全てを諦め、本能のままに解き放つか……いやいやだめだ、このお車は大切な借りものだ。これからこの車といろんな動画を作らなきゃいけないのに、その運転席にはおれのおしっ…………敗北の歴史が刻まれてしまうだなんて、そんなの許されるはずがない。



 おれが、いきのこる、しゅだん。

 つまりは、なんとかして尿意に耐える。

 もしくは、なんとかしてモリアキと替わる。



 耐えることが難しくなってきた以上、是非とも替わる作戦を実行したいところなのだが……やはりネックになってしまうのは、アクセルペダルを緩めるわけにはいかないということ。

 のろのろとはいえ走行中の車線でアクセルを離しては、後続車両に多大な迷惑と……ときには危険をばら蒔いてしまう。

 しかし現実問題として、アクセルペダルから足を離さずに運転を替わることはできない。おれはまだしもモリアキは一般成人男性なので、強化魔法による運動加速なんかは難しい。ペダルを離した一瞬でヒュヒュンと入れ替わることなんて不可能だろう。そもそも狭い。



 仮に……おれがモリアキと運転を入れ替わる間、アクセルペダルの踏み込みを維持できて、ついでにハンドルも固定できて……そんな仕組みがあるのなら、おれはたすかるかもしれないのだが。




「……なるほど。やってみよっか?」


「「えっ!?」」


「ノワが離れても……その、踏板ペダル? の角度と……その舵輪ハンドル? の位置をキープしてれば良いわけだろ?」


「そ、そう! そうしてくれればモリアキに替わってもらえて…………できるの!?」


「保証はないよ。ボクだってこんなもの駆ったこと無いし。……だけど」




 そういって……異世界出身の元勇者にして、おれの頼れる相棒は。

 普段はいたずらっを発揮してばっかで、ことあるごとにおれの身体にセクハラを仕掛け、まるでエロオヤジのような言動で……それでもおれが本当に困ったときにはちゃんと助けてくれる、優しくて心強いアシスタントさんは。




「相棒の危機を、ただ笑っていられるほど……落ちぶれちゃ居ないつもりだからね」


「ら、ラニぃ……!」




 不敵に、それでいて可愛らしく……なぜだか非常に安心感を感じさせる笑みを浮かべ、優しげに微笑んだ。





我は紡ぐメイプライグス……【義肢プロティーサ】」



 ラニの作り出した魔力の塊――人体における両手と両足のはたらきを摸倣した拡張義肢――が、空中にいきなり姿を現す。

 ペダルを踏むおれの足のとなりに、なにやら反発力をもった物体が並んだ感覚。同様にハンドルを握る両手のすぐ隣にも、朧気な輪郭と濃い魔力を感じる。



「いまだよノワ。ゆっくり離して」


「んん……ッ! ふーっ、ふーっ」


「おっけー掴んだ。……気を確かに、ここで漏らしたら意味がないよ」


「おれは……ぜったい、おもらしとか、しない!」


「はいはい。じゃあ後ろいって……モリアキ氏、頼むよ」


「了解っす。……さすがハイエース、動きやすい天井高っすね…………よし。大丈夫っすよ白谷さん」


「ふたりともありがとおおおお!!!」




 ラニのアシストによっておれは運転席から解放され、危なげなくモリアキにドライバーを替わってもらうことができた。

 セカンドシートに座る白髪ペア(とても絵になる)が心配そうに見つめてくれるのに引きつった笑みを返し、通路を通って車内の防水マルチルームの扉を開け。


 据え付けられた装置の蓋を開き、ショートパンツともどもサックスブルーの下着(※漏水が無いことを確認)を引き下ろし、勢いよく腰を落とし…………









「……たす、かった…………ひぃ……」



 ペーパーでちゃんと水けを拭い、下着とショートパンツを引き上げ、装置のボタンを押して処理をして、据え付けの手洗い水栓でおててを洗い……マルチルームの扉を開け…………あれ、開いてる。



 何やらうすら寒いものを感じながら、車内キャビンへと戻ったおれは……とても微妙な空気の一同に、微妙な空気のもと出迎えられた。





「……あの…………もしかして……聞こえて……」


「えっと、あの……」


「その、わかめさま……」


「…………あのねぇ、ノワ……いや、まぁ、うん。……今度からは…………気をつけようね」


「………………」




 ミルさんは気まずそうにそっぽを向き、霧衣きりえちゃんは気まずそうにおみみを垂らし……モリアキの表情はわからないが、耳まで真っ赤に染まっているようだ。




「……溜まってた、ってやつなのかな」


「ヒゅっ」


「なかなかすごかったよ…………


「…………ッッっ!!!!!」






 それから……およそ二十分後。


 危機を乗り越え、やっと到着したサービスエリア。

 その駐車場へと停車した車内はまるで……お通夜のような様相だったという(他人事)。



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