第270話 【共演終了】狂宴の気配



 うにさんやミルさんが所属する配信者事務所『にじキャラ』には、年齢も性別も外見も容姿も、それどころか種族もサイズも多種多様な設定プロフィールをもつ仮想配信者アンリアルキャスターが所属している。


 同時期にデビューした配信者キャスターどうしはいわゆる『同期生』として、公私共に付き合いが濃くなる傾向が強いという。

 また、キャラクターとしても『近い』設定プロフィールの配信者が同時お披露目されることも多く、彼ら彼女らはそれぞれ四人から八人くらいのチームで纏められている。



 たとえば……村崎うにさんやミルク・イシェルさんたち第Ⅳ期生は、水棲系生物がモチーフの【Sea'sシーズ】という名前のチーム。お二人の容姿も、それぞれ『ウニ』と『ミル貝』をモチーフに擬人化したようなデザインだ。

 チームマネージャー(のひとり)である八代さんには、おれもミーティング等で度々お世話になっているな。


 また同様に、トールア・R・ティーリット様やハデス様たち、第Ⅰ期生で結成されるチームは【FANtoSeeファンタシー】と呼ばれている。

 こちらには『エルフの王女様』や『冥界の王』や、ほかにも『勇者』や『聖女』や『宮廷魔法使い』、果ては『邪龍』やら『上級悪魔』などなど……たいへん幻想的ファンタジック設定プロフィールのキャラクターが揃っている。


 一方で、刀郷とうごう剣治けんじさんや……直接絡ませて貰ったことは無いが、彼と麻雀を打っていた生徒会長、日之影ひのかげながれさん。彼ら彼女ら第Ⅱ期生は【私立安理有あんりある高校】などというチーム名で括られており……名前からわかるように、仮想アンリアル高校生で構成されたチームだ。




 おれが申し出た『恩返し』の提案に対して、うにさんから要求された『本気マジの歌』コラボ……その共演相手として提案されたお方こそ、『クロ』さんこと『玄間くろまくろ』さん。

 上記のうち【Sea'sシーズ】に所属する美少女配信者キャスターであり、つまりはうにさんやミルさんと同期であり、お二人とはそこそこ長い期間苦楽を共にした間柄であり……うにさんいわく『オフでもめっちゃ仲良いんよ~』とのことらしい。




 ―――仮想配信者アンリアルキャスター玄間くろまくろ』さん。

 艶やかな黒髪と青銀色に煌めく瞳をもち、黒と銀の和服に身を包んだ……立ち絵見た目からして演歌歌手のような佇まいの、凛々しい顔つきの女の子配信者キャスターだ。


 例によって、おれはこれまでご一緒させてもらったことがないお方(※あたりまえ)だ。そもそもうにさんやミルさんとは異なり、くろさんはそこまで積極的にゲーム配信を行うほうでは無いのだという。

 いや、べつにゲーム配信をやらないわけではないのだが……サンドボックスやクラフト系をまったりと取り組む、いわゆる『のんびり系』『ライトプレイヤー』といった感じの配信者キャスターさんなのだ。



 その代わりに振るわれる武器、彼女の十八番とでも言えるものが……何を隠そう、『おうた配信』である。


 ここは大手事務所である『にじキャラ』ならではの、事業所所属配信者キャスターの長所なのだろう。

 彼女の属する『にじキャラ』さんは、この国の楽曲著作権管理団体と商用利用の正式契約を交わしているため、事業所所属の演者……まあ要するに仮想配信者アンリアルキャスターさんたちは、まるでカラオケボックス等で歌うかのように歌声を披露することができるのだ。




 その歌声がですね……これがね、ほんっとすごいんですよ。


 音程の安定感が半端なくて、揺さぶられるような複雑な音階でも全くブレなくて、入りも抜けもバチっとキマッてて、柔らかい声色から硬く重い声色まで表現の幅がものすっごく広くて……見るからに得意そうな演歌はもちろん、容姿とは裏腹にポップなアニソンもそつなく歌い上げ、果てはビブラートをふんだんに効かせたバラードや、歌詞全部が英語で綴られた洋楽ロックやヒップホップだって歌いこなす。


 そのたぐいまれな歌唱力を買われ、同様に歌が得意な『にじキャラ』所属者でユニットを結成……今春メジャーデビューが予定されているほどの人気者だ。

 こんな身体と境遇に陥った甲斐もあり、おうたがとても好きになったおれこと若芽ちゃんだが……くろちゃんの天より与えられし歌唱力は、付け焼き刃であるおれのなんかとは比べ物にならない。



 そんな『歌唱力のオバケ』であるくろさん――当然おれの憧れの配信者ひとである――との、よりにもよって『おうた』での共演コラボのお誘い。

 もちろん嬉しくもある反面……不安や萎縮が全く無いかと訊かれれば、言い切るのは少し難しい。




「…………ご迷惑じゃ、ないですか? 今お忙しいでしょう? くろさん……」


『いやぁー……いつも通り『のほほーん』ってしとるよ? ……だってまぁ、クロだし』


『昨日なんかも、夕方ぼくのとこにいきなり通話かかってきて。何事かと思ったら……んんっ。……『なぁ、にるにる。うち晩メシなに食ったらええと思う?』って。……知りませんよそんなの』


『あ~よく言う~。てか相変わらずめっちゃモノマネうまいなぁミルは。……そいえば八代やしろん、あたしも真夜中にREIN届いとったわ。『やしろんにはナイショなんやけど、事務所ロッカーの鍵なくしたかもしれん。どうしよ』って』


『…………明日本人に直接聴取を行います』




 ……まぁ、普段なにかとのんびりした言動が特徴のくろさんなのだが……身近な方々の口から飛び出てきたエピソードには、びっくりした反面『ちょっとな』とも思ってしまう。

 部外者が知り得ない身内の情報を、おれなんかに知らせてしまっても良いのだろうか、と疑問に思ったりもしたのだが……うにさんたちの声色から察するに、おれに『くろさんに対する抵抗感を払拭してほしい』という目的があってのことだろう。


 また同時に『おれの口はそんなに軽くない、信用に値する人物だ』ということを認めてくれた、ということでもあり……それは率直にいって、とっても嬉しい。



 ミルさんもうにさんも、そしてことの推移を見守っているマネージャー八代やしろさんも……ここ最近のミーティングを通して、おれたち『のわめでぃあ』の空気を少なからず知ってくれているはずだ。

 その上で、今が大事な時期であるはずの玄間くろまくろさん……ほかでもない同期の仲間との共演コラボを持ちかけてきてくれたということは……入念な損得勘定とリスクの検証が行われ、『のわめでぃあ』であれば大丈夫だと、そう考えてくれたからこその結論なのだろう。




『まぁ、玄間くろま本人への事情聴取は置いておくとして…………村崎むらさきが言い出さずとも、実を言うと運営側から打診するつもりでもありました』


「えっ!? いや……えっ!?」


「おぉーすごい。……え、それって『にじキャラ』さんが組織として?」


『まぁ……そうですね。……先程申しましたように、他チーム内でも若芽様を狙っている空気がありまして』


『ずばり言ってしまうと、ティー様と刀郷とうごうさんが筆頭ですね』


『あとハデぃも積極的やな。日之影ひのかげ会長も刀郷デコそそのかされて気になり始めてる感じ』


『そういうことです。ですのでまぁ、例によって……他チームに取られる前に、もう一丁共演コラボもぎ取ってしまおうという魂胆でして』


『そこでのわっちゃんが『何でも』とか言うからなぁ。こりゃぁお言葉に甘えるっきゃ無ぇなって思ったわけ』


『ちなみにうにさんが断られたら、ぼくも重ねて要求するつもりでした』


「…………ヒョエェェ」



 そ、そんな……そんなことで、おれの『恩返し』権を使ってしまって良いのか。

 八代やしろさんたちの事情も理解したし、他チームに先んじてスケジュールを抑えたいという気持ちも、わからんでもない。

 ……まぁ、ほかの『にじキャラ』配信者キャスターさんたちがおれを狙っている、という点は……正直いって正直半信半疑だが。



 しかし実際のところ、この『本気ガチ歌』共演コラボ……はっきり言って、おれにとってのメリットが大きすぎる。

 出自こそ仮想配信者アンリアルキャスターとはいえ、メジャーデビューが決定している御方だ。つまりは実質的には、ほぼほぼ『芸能人』といっても過言ではない。


 そんなテレビに出るような、話題沸騰の『芸能人』とおれが、光栄にも共演させて貰える。

 わが『のわめでぃあ』の宣伝効果は……計り知れない。




「そ、そこまで……そこまで言われたら……」


『『『言われたら……?』』』



 しかし……それが先方からの、おれが断りづらい『恩返し』に突け込んでまでも叶えたい『お願い』だというのなら。

 おれが恩恵を教授する一方で……『にじキャラ』さんも、第Ⅳ期生【Sea'sシーズ】としても、なにかしら得られるものがあるというのなら。


 おれが……何かの役に立てるというのなら。




「び、微力ながら、がんばりますので…………よろしくお願いしますッ!」


『ヨッシャァァァ!!』『おぉーーー』


『ッッし!! ……感謝します、若芽様!』



 通話越しながら喜びを露にする『にじキャラ』お三方の反応を耳にして……やっぱり彼らの厚意と、そして好機を無駄にしないためにも、しっかりしなきゃなと気合が入る。

 特に八代やしろさんなんか……普段落ち着いた物腰の彼が、珍しく喜びも露にしているのだ。その期待には応えたい。



 まぁ、そんな感じで……思ってもみなかった大チャンスに、どきどきとわくわくが高まったFPEXゲームコラボの夜だったが。




『ではそういうわけで、玄間くろまともども打合せの席を、近々設けたいと考えているのですが……』


「わかりました。えっと……来週の火から木くらいなら、いつでも大丈夫です」


『ありがとうございます。でしたら……そうですね。二十一日の火曜日に、お手数ですが弊社事務所へ……旅費はお支払い致しますので、ご足労頂くことは可能でしょうか?』


「えっ!?」


『おおー! ええやんええやん、あたしも行こ! ついでにミルもおいでや! 忘年会も新年会も来んかったやろ?』


『えっ!?!?』


『それではせっかくですし……玄間くろま以外も、【Sea'sシーズ】の面々に声を掛けてみますか』


「『えっっ!?!?!?』」


『よっしゃ宴やな! テンション上がってきた! あたし個室借りれる店探しとくわ!』


「『ちょっ!!?!!』」


「(爆笑)」「(おろおろ)」




 ……いや、でも……うん……東京かぁ。正直楽しそうではあるよなぁ。


 考え方によっては……おれにとってもミルさんにとっても、これはいい機会なのかもしれない……な。


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