第268話 【共演配信】伏兵あんぶっしゅ



 とつぜんだが……ここ数回の試合ゲームを経験したことで、おれは自身の立ち回りに関して大きなを得ることができた。

 おれの生存確率にダイレクトに直結する、非常に重要な着眼点。嬉しさのあまりラニに共有を図ったのだが……



「ねぇラニ! わたしスゴいコト気づいた! 前に出ないで隠れてれば狙われない!!」


『『……………………………』』


「…………………………ごめん、何て?」


「えっ? う、うん……だからね、わたし今まで敵探して歩き回ってたんですけど、すごい撃たれたんですよね。でも物陰に隠れてれば狙われないし、長生きできるってことに気づいてですね…………ラニ? どしたの、頭いたいの? 大丈夫?」


「いやぁ…………うん、何でもないよ」


『のわっちゃん…………』


『わかめ、さん…………』


「…………?」




 とても物静かなテンションで……おまけにとても悲しそうな表情で、静かに『なんでもないよ』と言われてしまった。

 なにか心配事でもあるのだろうか。本当に大丈夫なのだろうか。後で悩みでも聞いてあげよう。


 なんかコメント欄の流れる速度が上がったような気がする(しかも妙に草が生えてる)気がするけど、今は試合ゲーム中なのでコメントを拾うことができない。すまない視聴者さんたち。




「ッ! 撃たれた、どこだ」


『おった左や』


『……っ、かすったか』


「あ……当たった! あたったよラニ!」


「えらい! あとでご褒美してあげるね! 今夜は寝かさないよぉ!」


「エヘヘー」


『プロスナ二人の安心感よ~』


『……うにさん、よくスルーできますね……』




 実際のところ、おれにはスナイパーとしての適正がそれなりにあったらしい。スコープを覗いて狙いを定めて、敵が顔を出す一瞬を射抜く……その一連の動作がそれなりに慣れてきたように思う。

 ふつうの人間種ヒトにとってはほんの一瞬でも、感覚強化バフ魔法の恩恵で身体感覚を引き伸ばせば、おれにとってはまるでスローモーションのように認識することができるのだ。……もしかしなくても、ちょっとしたリアルチートってやつなのかもしれない。




「後衛が確実に敵減らしてくれるからね。数的優位を取るまで少しの間、ボクらは回避に徹していればいい。楽チンだよ」


『それなぁ。ムキになって飛び出てくれりゃぁ美ロリ組がきっちり仕留めてくれるし』


『び、美ロリ組…………?』


「大丈夫ですよ、ミルさんとっても可愛いですし」


「ノワも鏡見ようね?」


「……………………え?」



『草』『これは海草』『草』『だめだこの美幼女』『お前のことやぞ美ロリ』『「え?」じゃないんだよなぁ』『海草大繁殖』『ダイソウゲンですわ』『ラニちゃん身体に理解らせてあげて』



 ま、まぁ……そっか。この身体わかめちゃんは可愛いからな。……ふふん、いっぱい称えてもいいのよ。


 しかし、やっぱり『慣れ』や『場数』というものは大切だ。

 いまいち馴れていなかったこともあってか、最初のほうはいろいろとぶざまな真似をさらしたこのゲームも……この身体の特性の活かし方とちょっとしたコツを掴んだら、それなりに好成績を叩き出すことができた。

 もちろん、組んだチームがみんな優秀だったということもあったのだろうが……最後のほうなんかは、五回に一回くらいは優勝チャンプを取れるまでになっていたと思う。


 これもひとえに、気長におれに付き合ってくれたうにさんミルさんと、クソザコナメクジだったおれを見放さずに付き合ってくれた視聴者さんたちのおかげだ。

 みんなのおかげでおれは(心を乱されなければ)つよつよスナイパーとして活躍することができるのだ。




「あとの懸念は……やっぱり奇襲には弱い、ってとこかなぁ」


『そやなぁ。まぁビックリして取り乱しちゃう~って、あたしは可愛いから良いと思うんやけど』


「そだね。バランス取れてるんじゃない? つよつよとよわよわで」


「そんな微調整いらないですし!!」


『じゃあ胆力つけんとなぁ。ミルとかすごいよ? めっちゃ肝据わっとるし。この子ホラゲー淡々とこなすんよ』


『えぇ、っと……まぁ……場合によるがな』


「胆力かぁ…………どうやって鍛えれば良いんですか……?」




 今回のゲーム配信に限らず……おれは予想外の展開に(やや)弱いという弱点がある。

 これはそもそも『不慮の事態に直面すると取り乱す』『たまにポンコツになる』という若芽ちゃんの『設定』に起因するものだ。


 完璧なキャラクターなんてものはつまらない(※個人的な感想です)ので、目に見えて明らかな弱点があるほうが親しみやすいと思って盛り込んだ『設定』なのだが……それにしたってある程度制御できるなら、それに越したことはないだろう。



 そう思って訊いてみた、胆力トレーニング方法。


 おれのお友達であり、同業者であり……そしてでもあるミルさんを見込んでの質問だったのだが。





『若芽どのは、を聞いたとて……ちゃんと活かしてくれるか?』


「…………えっ?」


『余の経験を教え、知恵を貸すのだ。……それを無為にせぬと、この聴衆の前で誓えるか?』




 ミルク・イシェルというキャラクターとしての……演出としての人格を出され、『教えたからにはちゃんとやれ』と発破を掛けてくれたミルさん。

 そこまでしておれのことを考えてくれているのだ、若芽ちゃんのことを肩を並べるビジネスパートナーとして認めてくれたのだと……とても嬉しい気持ちが、じんわりと涌き出てきたのだ。


 …………このときは。



 だからこそ、おれはその問いに……『教えたらちゃんとやるのか?』『視聴者さんに誓えるか?』に対し、躊躇うことなく頷いた。


 ……頷いて、しまった。



 その瞬間……音声通話越しでは見えるはずのないミルさんの表情が、『にやり』と歪んだ気がしたのは…………きっとただの気のせいではないと思う。





『余からの訓示は……大きく三つ。ひとつ、今までの自分が持たない『新しいこと』に挑戦すること。ふたつ、『全てやり切る』と決め、腹を括ること。……そして、三つ。……それは』


「…………それは?」


、あるいは等の……身をすくませる悪感情を、克服すること』


「え………………つ、つまり……まさか」


「ブフフッ……!」『あぁー…………』




 予想外の事態に弱い『わかめちゃん』の、よわよわ胆力を鍛えるために下された……信頼していたミルさんからの、助言。


 多くの視聴者さんの前で『ぜったいやります!』と同意させられた上で伝えられた……後出しジャンケンにも程がある、そのトレーニング内容。



 …………それは。




『なるほどなぁ、……まぁホラゲー配信か、もしくは恥ずかしい格好……水着とかどーよ?』


「あぁー……仕方ないよね? 誓ったもんね? 弱点克服のためだもんね?」


『くく…………両方、とは言わぬ。どちらか一方でも構わぬ。…………応援しているぞ? 若芽どの』


「……………………ん゜んっ!?」





 あんなに……あんなに人畜無害そうな、可愛らしい清純美少女のお顔をしておいて。


 おれの境遇をよく知っているはずの……おれにひどいことをしないと思っていた、あのミルさんが。





 まさか……まさか、こんなひどい仕打ちを仕出かしてくるなんて……!




「大丈夫だよ、ボクがついてるから。大丈夫。ノワは大丈夫。ボクがついてる。なにも怖くないよ。大丈夫だから。がんばろうね、ボクがいるから大丈夫。がんばろう、ボクと一緒にがんばろう、怖くないよ、大丈夫怖くない。大丈夫だよ……」


『刷り込みこっわ』


「ウゥー………………わかり……まし……た」


「『ヨッシャァ!!』」




 奇しくも……おれの身体に込められた『本能』とでもいうべき『視聴者さんに喜んで貰えるためならなんでもする』という呪い設定が、ミルさんの提案を『是』と判断した。

 なんと効果的な作戦……さすがはおれの『同類』というべきだろうか。ミルさんが提示してきた『演出案』だが……ことコンテンツを成長させるにあたって、それは確かに有用な手段のようだった。


 おれが怖がったり、恥ずかしがったり……そういうを、おれの視聴者さんたちは求めているということ。

 それはここ最近いろんな場面でひしひしと感じていたところだったので……なんというか、よくもまぁそこに目をつけてくれたというべきだろうか。



 ……やっぱり避けては通れないか。

 ちくしょうめ。やってやろうじゃねえかこのやろう。





 というわけで。

 これまで『のわめでぃあ』を成功に導いてきた、おれの身体の『お利口』な直感に従い……


 おれこと木乃若芽ちゃんは、その試練に挑み……乗り越えることを決めた(※ただしかは言っていない)のだった。






 なお『どちらにするか』を巡り……コメントおよびすぱちゃの数はものすごい数になった。


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