第256話 【在宅勤務】無音声おひるごはん



 グランドシートを拡げて、その上に小さく低い折り畳みテーブルを広げて……お行儀よく履き物を脱いでシートに上がり、霧衣きりえちゃんはおれのために(※重要)お昼の準備を始める。

 屋外だというのに、相変わらずきちっと着付けた和服姿。真っ白な足袋たびがまた目に眩しく、ちょっとむらむら……もとい、どきどきしてしまう。



「……お声は、抑え目がよろしいのでございますね」


「ん……そう。…………ありがとうね、霧衣きりえちゃん」


「いえいえ。わたくしが、好きで……楽しくて、おこなっていることにございまする」


「アッ、アッ…………アリガト……ッス……」


(うわ語彙力喪失してるよ。わら)


(KAWAIIが過ぎるんじゃぁ……)



 環境音動画という前提を台無しにしてしまわないよう声量を抑えての、しかしそれでも『可愛い』が過ぎる彼女の言動に……危うくおれ自身が叫び声をあげそうになった。あぶなかった。


 しかし……どうやら完璧に、この突発撮影の企画内容を把握してくれている彼女。これはもしかすると……やはり頼れるさんが根回ししてくれたのだろうか。




(キリちゃんもタブレット慣れてきたみたいでね。REINチャットくらいなら問題なく扱えるようになってるのさ)


(うわぁーーーー先生ありがとぉーー)


(ふふふふ。……お昼ごはんどうする、って聞かれてね。今ノワがこれこれこういう撮影してて……寝落ちしたって教えてあげたら)


(そんなのおしえちゃったの!?)


(わたくしも拝見してもよろしいでしょうか? って聞かれたから)


(そんなのきかれてたの!!?)


(キリちゃんをここに案内してあげて)


(つれてきちゃってたの!?!?)


(十分くらい『じーっ』て眺めてたよ?)


(そんなに!!?)



 おれがのんきにお昼寝していた間の驚愕の出来事に、思わずがっくりうなだれたおれだったが……目の前でにこにこ笑顔でお味噌汁の仕上げに取りかかる霧衣きりえちゃんは、そんなおれの様子を慈愛の眼差しで見つめている。……くそぅ、かわいいなぁ。

 小鍋にあけたスープを温め、ラップでくるんだお味噌を落とし、菜箸とおたまでお味噌を溶いて……辺りにはみるみるうちに、おいしそうなにおいが満ちていく。


 おたまで味見を済ませると……お椀にそれぞれお味噌汁をよそい、おにぎりとあわせておれの前へ。

 照れくさそうに頬を緩ませ『お待たせいたしました』とすすめてくれる。



「うぅ……ほんとありがとね。……いただきます」


「はいっ。……いただきます」


(いいなぁー)



 グランドシートの上に座り込み、おれと霧衣きりえちゃんは手を合わせて『いただきます』をする。ラニが物欲しそうな思念を送ってくるが、今回ばかりは『ごめんね』するしかない。……いや、まてよ。べつにラニが映っても大丈夫なのかなぁ?


 いや、やっぱり良いや。どうせメインになるのは環境音だし、しかもライブ配信ではなく動画としての投稿だし。

 仮にラニ(の放つ光)がカメラに映り込んだとして、あの距離のカメラからでは詳細は映らない(はず)。謎の光はあとから編集したのだと思わせればいいだろう。


 ……という思考内容をリアルタイムでラニと共有し、カメララニのほうへ向いて手招きをする。



(ありがとノワ! すき!!)


(えへへー)



 淡い光の玉のように見える(はずの)ラニが、ふわふわとこちらへ飛んでくる。おれのおひざの上に着地した彼女は天真爛漫な笑みを浮かべ、おれの指先で摘ままれた米粒の塊へとかぶりつく。……くそぅかわいいやつめ。視聴者さんにお見せできないのが残念だ。

 しかしまぁ、優柔不断と言われればそれまでなのだが……そもそも今回のこれは突発的な撮影開始だし、演出も流動的だし、色々とイレギュラーな撮影だが……環境音動画とはあくまで音声がメインなので、映像のほうはこれでも問題ないだろう。

 そういうことにしよう。おれが局長ルールだ。







「……うん、そろそろいい時間なんだよね」


「おー? ……そだね、一時間経ったか」


「例の…………環境音動画、という演目でございますか?」


「そうそう。……おれたちがのんびりしてるだけの映像なんだけど、ほんとにウケるのかな」


「のんびりしてたの主に局長だけどね」


「ヴっ!!」



 まぁ例によって……特に消費するものもない気楽な撮影なのだ。仮に失敗したとしても、特に痛手があるわけでもない。

 公開したときにどんな評価が下されるのかはわからないが、とりあえずこれで良いということにしよう。確かにおれは好き勝手に休んでたが、環境音はちゃんと撮れてるだろう。…………たぶん。


 最後にちょっとしたひと工夫を試み、この動画はそろそろ撮影終了することにする。



「若芽様と一緒に、かめらに歩いて近づいて……お辞儀、でございますか?」


「うんそうそう。さすがおりこう。……いくよ」


「はいっ!」



 食べ終わったあとを片付け終えた霧衣きりえちゃんと、クロージングについてひそひそと軽く打ち合わせを済ませ、早速行動に移す。

 そこそこの距離にあるカメラへ向かい、二人ならんで歩いていき……おれはひらひらと手を振って撮影範囲から外れ、カメラの前に一人残された霧衣きりえちゃんがはにかみながらも可愛らしくお辞儀をして……




「…………おつかれさまでした」




 水音を拾うための高精度マイクに顔を近づけ、ささやくように一言吹き込んで、無線コントローラーの録画停止ボタンを押す。

 カメラの液晶ディスプレイから録画中を示すマークが消え、記録状態が解除されたことを指差し確認してから……



「おわりーーーー!!」


「いぇーーーーい!!」


「い、いえーーーい!」



 両手を天に突き上げ、一仕事終えた解放感をみんなと一緒に分かち合う。

 ラニが持ってきた案をベースに、おれが臨機応変……といえば聞こえはいいが、要するにその場その場での無計画撮影を行い、最終的には霧衣きりえちゃんのKAWAIIで誤魔化した一本。


 ここからは……おれのしごとだ。撮影映像のチェックと編集、最後の仕上げが待っている。

 手伝ってくれた二人に報いるためにも、少しでもいい動画にしたいところだ。



 ごはんもたべたし、げんきいっぱいだ。がんばろう。


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