第247話 【途中迂回】逃走を試みた
おれの考えていた『取調室』とは……窓の小さい殺風景な薄暗い小部屋に、これまた小さな机と電気スタンドとパイプ椅子が置かれているだけの部屋だ。
容疑者はパイプ椅子に座らされ、電気スタンドの明かりを顔面に向けられ、刑事さんがまわりをぐるぐる周りながら威圧してくるような――そして運が良ければカツ丼をご馳走してもらえるような――そんな小部屋に通されプレッシャーを掛けられるのだと、ガクガクプルプルしていたのだが……。
「若芽様、どうぞ。こちらへお掛け下さい」
「はっ……はいっ!!」
「恐れ入ります。こちらで暫しお待ち下さい」
「は……はひ」
「失礼します! お茶をお持ちしました!」
「あっ……ありがとうございます」
「こちらお菓子をお持ちしました!」
「……? あ、ありがとう……ございます?」
「こちらクッションです! お使いください!」
「?? …………???? は、はい……」
おれが実際に通された『取調室』は……大きな窓と木質の壁の広々とした部屋。重厚な一枚板のローテーブルとふかふかのソファが鎮座した、明るい雰囲気の空間だ。
下品にならない程度に調度品が散りばめられた、このお部屋の上質な雰囲気。これは『取調室』というよりはむしろ……俗に言うところの『応接室』と呼ばれるものが当てはまるのではないか。
混乱するおれの思考に拍車を掛けるように、年若い婦警さんがお茶とお菓子とクッションを持ってきてくれたこともあり……これからおれの身に何が起ころうとしているのか、一周回って不穏な予感がよぎり始めた。
というかそもそもここに連れてこられる間、勤務中のおまわりさんたちからの視線がすごかった。もうかえりたい。
「まさか……あの子があの『魔法使い』?(ひそひそ)」
「春日井警部補がお連れしたってことは
「ウソ!? 阪上さんは『二十代から三十代、もしくは四十代から五十代の男性』って……(ひそひそ)」
「信じない方がいいわよ、ワイドショーなんて。視聴率のために適当なこと言ってばっかなんだから(ひそひそ)」
「うん……でも正直、あんな可愛い子だとは思わなかった(ひそひそ)」
「ねー! すっごいかわいくて、おまけに大人しくて良い子で……(ひそひそ)」
「あとで写真撮らせてくれないかなぁ……捜査のためとか言って(ひそひそ)」
「良い子っぽかったけどへんに素直そうだし……真面目な顔で押し切ればイケるかも?(ひそひそ)」
……エルフ種となったおれの聴覚は、人間のそれとは異なり非常に鋭敏だ。扉一枚隔てていようとも物音を余裕で拾ってみせ、若い婦警さん二人のひそひそ話もおれにはバッチリ聞こえている。
そこはかとなく怪しくなってきた雲行きに警戒心が沸き上がるが、こうなってはもはや袋のネズミだ。とりあえず出して貰ったお茶をすすり、心を落ち着かせることにする。……まぁ最悪【門】で脱走することもできるんだけど。
おれの叡智部分が今後の対処方法をシミュレーションしていたところ、扉の外に人の気配を感じ取る。どうやらつい先程退出した春日井さんが、他の誰かを連れて戻ってきたらしい。
さっきの口ぶりから察するに……『苗』関連の対策部署のひとなのだろうか。
「失礼します。……お待たせしております」
「あっ、は、はい!」
ノックの後に扉が開かれ、おれはシューカツの儀式を乗り越えるにあたって刷り込まれた習性に従い、思わず反射的に立ち上がる。ドキドキしながらおれが見つめる先、春日井さんが開けた扉からは更に別のひとが入ってきて、おれの対面に着座する。
……春日井さんの所作から判断するに、恐らくは彼よりも偉いひとなのだろう。
「……お時間を頂き、感謝申し上げます。愛智県警浪越中央署署長、警視正の
「しょちょ…………ッッ!!?」
「先ずは……事件解決への度重なるご協力、愛智県警総員を代表し、お礼申し上げます」
「い、いやいやいやいやいやいや!!? ちょっと!? ちょっ…………いやいやいやいやいやいややややや!!?!?」
真っ白な髪をオールバックに整えた上品な壮年男性。その身に纏う雰囲気からしてただ者ではない、名前もなんかメチャクチャかっこいい
……いや、待って。待ってよ、なんでいちばん偉いひとが出てくるの。
正直いって、ここまで仰々しく応対されるほどの理由がわからない。
確かにおれは浪越銀行や大丸百貨店や空港島での『苗』騒動に首を突っ込み、一方的に事態を解決し(たつもりになっ)て後処理を丸投げしたりしていたが……公務執行の妨害をしたとして薄暗い取調室で事情聴取を施されるならまだしも、お礼を申し上げられるような身分では無いハズだ。
……ちゃんと市民税を納め、市の財政に(ほんのわずかに)貢献してはいるけれど。
警察署からの、それこそ署長さんからお褒めの言葉をいただくなんて……あれじゃないか、危険を省みず犯人を鎮圧した勇気ある小学生だとか、危うく大事故に巻き込まれるところだったお年寄りを助けた小学生だとか、アルミ缶を回収して集めたお金を発展途上国に寄付した小学生だとか、そういうようなケースでしかないんじゃなかろうか。
あれっ、そう考えると……ひとつめのケースはあながち遠いとは言いがたいのかもしれない。いやいやしかし。うう、よくわかんない。
そんなおれの、内心の葛藤を読み取ったわけでは無いのだろうが……
「……なるほど。
「…………………………ォエエ!?」
「聞けば、我が一族の者が世話になっているとか。……私個人的からも、重ねてお礼を」
「…………えっと、まさか…………フツノさまの……」
「ええ。不祥、
「そうきたかァー」
以前フツノさまから聞いたお話にもあった……この国の行政分野各所に送り込まれているという、お役目を終え引退した神使の方々。
あちこちに食い込んでいるとは聞いていたけれども、よりにもよっていち警察署の署長に就いているだなんて。
しかもしかも……よりにもよってフツノさまから、おれのことを『愉快な娘』だと――つまりはフツノさま基準でおもしろおかしく――聞かされているだなんて。
「……とまぁ、
「…………笑い声が騒々しい有識者ですね。わかります」
「フフっ……お察しの通りで。……まぁ……立場上は、いち市民に過度な肩入れは出来かねますが……貴嬢には同胞が御世話になったりと
ただでさえ、おれはおまわりさんに逆らえない善良な一般市民であり。
そうそうお目にかかることなど無いだろう署長さん直々に目をつけられ。
トドメとばかりに……その背後には、絶対に逆らいたくない
「…………で、できる範囲で……なら……」
「ご協力、感謝致します」
断る余地など、あるわけ無かった。
(どんまいノワ)
(絶対笑ってるでしょ今)
(そんブフッ)
(きぃぃぃ!!!)
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