第246話 【途中迂回】ちょっと署で話を



 おれはこれまで、ひたすら善良な一般市民であろうと心がけてきた。

 法律や条例を順守することはもちろん、車両運転時にも教習所で習った通りの事故予防策を徹底し、それこそ警察の方の厄介になることなど無いように暮らしてきた。


 なのでは……当たり前だが、まったくもって初めての経験だった。





「急な申し出に応じて頂き、感謝致します」


「は…………はひ」


「署までもうしばらく掛かりますので……申し訳ありませんが、ご了承下さい」


「ひゃい……だいひょうぶえしゅ……」


「……体調等、異常はありませんか?」


「あひゅ…………お、思ってたより……のりごこち、いいんです……ね?」


「…………そうですね」




 確かにおれの想像していた通り……おれの家に押し掛けてきた男性三人組は、おれのことを拐いに来たようだった。

 マンションのエントランス付近には黒塗りのセダン(天井部分から赤色灯がせり上がってくるやつ)が停められており、その中にはさらに追加のお仲間(警察官)が待機していた。春日井かすがいさんとその部下に前後を挟まれたおれは……ろくな抵抗ができないまま、すごすごと車の中へと連れ込まれてしまったのだ。


 いやぁ……見事な手際ですね。これは日ごろからこういう行為に及んでいる可能性が高いですよ。おれはくわしいんです。




「…………改めて申し上げますが、決して『魔法使い』殿を罪に問おうと考えての連行ではありません。……気楽に、とは言えませんが……そこまで緊張なさらずに」


「す、すす、すみばぜん…………はじめて、いきなり、ぱとかー……だったので……」


「突然の訪問に関しては、失礼しました。……一応、数日前に書面でお願いをお送りしたのですが」


「ひュえ!?」


「……どうやら長らくご不在だったご様子で、勝手ながらご帰宅を待たせて頂きました」


「そ……そうでしゅか……」




 なるほど、つまり……恐らくおれがタミベさんに戸籍の修正をして貰った――免許証の写真を撮り直してもらった――その日には、既に捜査の手は拡がり始めていたのだろう。

 南区の住所もすぐにマークされていただろうし、しかし既におれの生活拠点が岩波市の新居に移っていたこともあり、書面での出頭要請も直接の訪問もずーっと空振りが続いていたのだろう。


 つまりは……よく刑事モノのドラマであるような『張り込み』で、ずっと様子を窺っていたのだろう。きっとあんパンめっちゃ食ってたに違いない。

 そして今日、ついさっき。そんな網が仕掛けられているなど夢にも思っていないアホおれがノコノコと帰ってきたので、その様子をどこかから捕捉した張り込み中の刑事デカ(?)から春日井さんに緊急連絡が飛んで、浪越中央署から春日井さんがすっ飛んできた……ということなのだろう。



(えーっと……一応チカマさんには、ノワがケーサツに連れてかれたって連絡しといたよ)


(ありがとラニ。これで最悪引退した神使のひとたちが助けてくれ……いや、べつによく考えたらおれ何もやましいことしてないぞ)


(よく考えなくてもそうじゃん。むしろ助けてあげた側なんだから、堂々としてればいいんだよ。


(……そう、だよね)


(そうそう。むしろお礼でも吹っ掛けてやるといい。……もし決裂して怒らせたとしても、ボクがどこへだって逃がしてあげる)


(…………ありがと)




 パトカーに乗せられて警察署へ連行されている最中だが……決しておれが犯罪容疑者というわけではないのだと、そこは春日井さんに説明を受けていた。

 今回の事情聴取は『参考人』としての協力要請とのことなので、ちゃんと情報提供に協力さえすればそこまで長らく拘束されるようなものでもない……ハズだ。


 しかし……実際のところ、その『情報提供』というのがキモだ。どこまで話すべきで、どこまでを伏せるべきか。今後の対策を練るためにも『苗』の詳細は話すべきなのだろうが、だからといって『魔王』や『異世界』のことまで共有すべきなのだろうか。

 また……共有したところで、果たしておれの話を信じてくれるのだろうか。ただでさえこんな突拍子もない外見で周囲をざわつかせているのだ、ここに更にホラ吹きとか妄想癖とか言われた日には……さすがにちょっと傷つくし、にも少なからず影響が生じてしまう。



 ……ああ、だめだ。考えたところで仕方ない。

 このなエルフの叡知が、この窮地を脱する画期的な打開策を閃くことを祈るしかない。



「間もなく到着ですが…………大丈夫ですか? 『魔法使い』殿」


大丈夫大丈夫じゃないです。…………ただ、その……『魔法使い殿』っていうのは、その…………恥ずかしいので、やめていただけると……」


「失礼しました。……では、安城さん?」


「んぅ……ぶ、ぶしつけですが…………『若芽ワカメ』、で……」


「承知しました。……では、若芽様。なにぶん人目を惹くお姿ですので……宜しければをお被り頂き」


「そ、それ完全に逮捕される犯人じゃないですか!! ヤです! 自分でなんとかしますので!!」



 いくら緑色の頭髪を隠すためとはいえ……男物の上着を頭から被るだなんて、そんなの完全にテレビに映る『容疑者逮捕の瞬間』じゃないか。

 配信者キャスターであるわかめちゃんは世間の印象を大事にしなければならないので、マイナスイメージが生じる原因は極力排除すべきなのだ。覆面パトで護送されてる時点でアウトかもしれないが、ならばここからなんとかして挽回しなければならないのだ。



(ラニおねがい! 黒髪黒目ヒトミミ美少女フォームで!)


(ほいほい。……我は紡ぐメイプライグスエルフ隠しエルヴスレィドラ】)


「んぅー…………!」


(その奇声あげてプルプルするのめっちゃ可愛いんだけど何とかなんない?)


(なんない! なぜなら! おれ無意識だったから!!)




 ぎょっと目を見開いた春日井さんと他の警察官をあえて認識から外しつつ、日本人っぽい容姿に外見を偽ったおれは、浪越中央警察署の駐車場へと降り立った。


 あくまで『参考人』としての立場での事情聴取だが……下手な発言をすると、自らの首を絞める結果となりかねない。おれのような『魔法使い』は『苗』と同様、あくまでも異分子なのだ。

 今後の活動をしやすいように情報開示を行いつつも、自分に疑いが向くような供述は秘さなければならない。



 避けては通れない局面……うまく立ち回れるよう、おれの叡知に期待するしかない。


 がんばりどころだぞ、局長おれ



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