第243話 【試行運用】ふれんど申請



 以前も述べたように……おれは他の人のお部屋を拝見するのが好きだ。


 遊びに行ける間柄の知人がいるのなら、度々飲みや遊びに訪問させてもらったり。

 芸能人の豪邸紹介やインテリアコーディネート系・大規模リフォーム系のテレビ番組があれば、目につく限りは追っかけてみたり。

 読者投稿型の『自慢のマイルーム』紹介雑誌なんかは、はっきりいって大好物だ。実際に訪問することは叶わぬまでも……いろんな趣向を凝らされたお部屋を拝見できるというのは、非常に良い刺激になる。



 ……というわけで、この『ミルさんのおうち訪問』だが……実のところおれは、非常にテンアゲだったりするわけだ。




「……どうそ。かなり散らかっちゃってますが……」


「「おじゃましまーす!」」


「「お、お邪魔します……」」



 元気よく足を踏み入れるおれとラニ、おずおずとドアをくぐるモリアキと霧衣きりえちゃん。

 おれが初めて目にする同業者キャスターのおうちは……やはりというか元・女の子らしさとセンスの良さを感じさせる、ナチュラルテイストですてきなお部屋だった。



 いわく……間取りは2LDK、広さおよそ六十㎡の角部屋物件。十四階建ての八階部分のミルさんは、以前のおれの部屋に一部屋足したような部屋割りだった。

 つまりは……LDリビングダイニングが、ちゃんとリビングダイニングしているのだ。


 ベランダがわにLDと洋室が配され、そちらがわの個室が撮影スペースとなっているらしい。とはいえLive2Dでの表現を使用しているミルさんは、おれとは異なりグリーンバック等の全身撮影設備は(現状)必要としていない。……もっとも、3Dアバターとフルトラッキングそのものには興味があるようだが。

 というわけで、ミルさんの仕事部屋。五畳らしいこのお部屋にはメインPC(りんご印のゴツくて高いやつだ)をはじめ、現行の各種新型ゲーム機やゲームパッド、VRツール等の『仕事道具』がきっちりと収められている。


 そして……その仕事部屋の壁面、メインPCデスク向かいの壁面。そこにはA3縦にでかでかと引き伸ばされた、『ミルク・イシェル』さんの高解像度の立ち絵をはじめ、おそらくはキャラデザインを手掛けたイラストレーターさん本人による細かな設定画の数々。

 さらにその周囲には、A4サイズでカラー印刷されバッチリラミネートが施された、『ミルク・イシェル』さんのファンアートの数々。



「こんなこと聞くのも、おかしいのかもしれませんが…………よっぽど『好き』なんですね」


「…………そう、ですね。……小さい頃から海が好きで、だからこの『ミルク』を演じられることが、本当に嬉しくて。もっと『ミルク』をうまく演じられるようになりたくて、この子の魅力をもっともっと伝えたいって必死になってて。気がつけば一人称も『ぼく』に……『ミルク』の色に染まってて。…………まぁ、身体まで『ミルク』になっちゃうのは、さすがにかなり予想外でしたが」


「ですよねぇ…………わかるぅ…………」


「わかりますかぁ……よかったぁ……」



 やっぱり境遇を知れば知るほど、彼はおれと共通する部分が目立ってくる。

 ここに至るまで色々と苦労してきたのだろうし、モリアキとは違う方向で頼れる人物とお近づきになれたこと……協力を取り付けることができたことを、おれは非常に嬉しく思う。




「ねぇねぇミルちゃん、このへんに【門】出口置いていい?」


「あっ、リビングなら大丈夫です。配信部屋と寝室は勘弁してほしいですけど」


「大丈夫? 裸でうろついたりしない?」


「いやぁ、さすがにそんな…………………してるんですか!? 若芽さん!!」


「ォエエ!? してないよ!!? ちょっとラニ!!」


「エヘヘ……」



 隙あらばいたずらごころを発揮しようとする妖精さんを叱り飛ばすも、実際彼女はちゃんと『おつとめ』を果たしてくれているので、あまり強くは言いづらい。……だからこそ調子に乗っちゃうんだろうな!


 ともあれこれで備えは万端、おれのスマホとラニ(に預けたまま)のタブレット、それぞれのREINメッセージアプリと連絡先交換を済ませ、それぞれのおうちを繋ぐ直通コースも用意できた。

 これでおれが手に負えないの際は、すぐさまミルさんに相談したり、ラニが直行したりできるようになったというわけだ。



 こうして根回し……というかを済ませたおれたち四人(含むラニ)は……ミルさんのおうちのリビングダイニング、淡い色使いのカントリースタイルなくつろぎのスペースで、優雅なアフタヌーンティーをごちそうになっていた。

 お紅茶はミルさんが、秘蔵のダージリンを慣れた手つきで淹れてくれた。お茶菓子はつい数時間前にサービスエリアで買ったばっかりの、うさぎの形をした可愛らしいお饅頭。これがまたミルさんのガーリーな食器によく似合い、非常にファンタジックで可愛らしい。……写真撮っとこ。


 西洋のお茶に興味津々な霧衣きりえちゃんも、この可愛らしさには思わず目を輝かせてしまっているようだ。しっぽぶんぶんが非常に可愛らしい。

 お鼻をすんすん鳴らしながらおずおずと紅茶を口に含み……あっ、どうやらお気に召したようですね。目もとと口もとが緩んでしっぽぶんぶんが早くなってますね。めっっちゃかわいい。




「…………いや、でも…………本当に、遊びに来てくださって……ありがとうございます」


「こちらこそお招きいただいて。正直とても嬉しかったです。……おれ、おうち訪問めっちゃ好きなので」


「あぁー、やっぱりそうですか。なんか視線が結構本気マジっぽかったので……」


「ヴッ……し、失礼しました……」


「ミルちゃんは同僚の子たちとは、あんまり遊びいったりとかしないの?」


「あはは…………残念なことに、みんな東京在住なんですよね。そういう距離感に憧れはあったんですけど……上京しようとした矢先になっちゃって」


「そ、それは…………また……」


「お、おれんなら……! うちなら、いくらでも遊びに来ていいですから! なんなら庭でキャンプしてもいいから!」


「あっ、それは楽しそうですね。若芽ちゃんとキャンプコラボ配信とか、絶対盛り上がりますよ」


「あーおもしろそう! …………でも、まぁ、そのためにも……事務所にじキャラさんにちゃんと相談しないと、ですね」


「ですねぇ……」




 望んだ形とはやや違うだろうけど……これも使い方によっては大きな武器となり得ることは、おれがよーく解っている。

 とりあえずは、所属事務所である『にじキャラ』さんに話を通すべきだろう。にわかには信じがたい出来事とはいえ、現実としてしまったんだから仕方がない。なんだったらおれも事情説明に協力したっていい。

 『にじキャラ』さんにとっては部外者だが……事態をよく知る人物としては、たぶんおれ以上の適役は居ないだろう。


 説明を受けた『にじキャラ』さんがわが、果たしてどういう判断を下すかまでは解らないが……ミルさんやうにさんから聞いた話と、実際に話してみた八代マネージャーさんの印象からして、そこまでミルさんに不利になるような処置は下さないだろう。

 ……実際、今まで通りの通常業務――Live2Dアバターを操っての配信――を行う分には、全くと言っていいほど支障は無い。実害は無いはずなのだ。




 願わくば……彼にとって、いろんな意味で幸運な結果となりますように。



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