第241話 【試行運用】ほどよい距離感



 健全な一般成人男性にとって、可愛らしい女の子と同じ空間で就寝することは、非常に精神的な負担が大きい。

 モリアキに不必要な負担を掛けないように、おれも立ち振舞いを少しだけ改めるべきだと認識した夜のことなのだが……ちなみにそれは、おれにも当てはまるんだな、これが。


 見た目は可愛らしいエルフの少女とはいえ……健全な一般成人男性の心を持ったおれにとっては、可愛らしい女の子と同じ空間で就寝することは、非常に精神的な負担が大きいのであって。





「おはようございま…………めっちゃ眠そうっすね先輩、どしたんすか」


「…………うーっす」


「………………いや、マジどうしたんすか」


「いや、その…………二人のね、寝息がね……めっっちゃ可愛カワいくて」


「あー…………」



 結局昨晩は、モリアキを除く四人が車内のベッドで就寝する形となったのだが……照明を落としたあたりで『アレッ、おれ美少女たちと同じ部屋で寝てるんじゃね?』ということに気づいてしまい、そこからひたすら悶々とする夜を過ごすことになったのだ。


 一度気になってしまうと、もう止まらない。二人の身じろぎや寝返りの際の衣擦れにいちいち反応してしまい、吐息や寝言にひたすらときめき続ける羽目になった。

 白狗美少女の霧衣きりえちゃんは勿論、ついているはずのミルさんも……なんていうか、寝息がいちいち艶かしく、意味不明な可愛らしさだった。生まれもった女子力ってやつか。




「それでこんな朝早くから、車外で一人燃え尽きてるんすね」


「…………あのね、霧衣きりえちゃんね…………おやすみ中『くぅーん』って鳴くんだよ……」


「おぉぉ……そりゃやばいっすね」



 けっきょく昨夜はなかなか寝付けなくて、やっと眠れたと思ったらミルさんの可愛いが過ぎる寝言で目が覚めて。しかもその寝言がなんていうか……どうやら夢の中におれが登場して、しかもしきりにカラダを求められてることを察してしまうような、そんな淫靡な感じの寝言だったので……そらもう、こんなん完全覚醒してまうがな。


 そんなこんなで朝の四時をいくらか回った頃には眠ることを諦め、【静寂シュウィーゲ】を活用してこっそりと車から這い出し、椅子に座りながら次第に明るくなっていくお空を『ぼーっ』と眺めていたというわけだ。




「まぁそろそろいい時間ですし……起こしますか?」


「んー、朝メシおっ始めちゃえばにおいで目が覚めるかなって」


「それもそっすね。……カレー麺でしたっけ? 湯沸かしますか」


「おう。せっかくだしバーナー試してみたい。緑色のやつ」


「おぉ、いいっすね」



 テントの中からローテーブルを取り出し、その上にカセット式のバーナーをスタンバイ。ペットボトルの水をケトルに入れて火に掛け、朝メシを食べるためのお湯を沸かしていく。

 おうちでは特に何も感じない工程だが、こうして屋外で風を感じながらだと風情を感じるから、なかなかどうして不思議なものだ。



「まあ早く食べたいし、時短するけどね。えいや【加熱ヘイティズ】」


「ゥオア!? びっくりしたァ!」


「いぇーい。じゃあほれカレー麺。へーい」


「あざまっす。……いやこれバーナー意味ありました?」


「き、気分……」


「……そっすか」




 屋外で食べるごはんは、たとえカップ麺でも美味しく感じる。やはり次はレトルトやカップ麺ではなく、しっかりとアウトドア料理に挑戦してみよう。

 そのときはちゃんと動画に撮って……あぁ、リアルタイム配信とかやってみても面白いかもしれない。キャンプライブ配信。

 霧衣きりえちゃんも出演できるから画面映えするだろうし、ラニも『謎技術です!!』って言い張れば映っても許されそうな気もするし。


 でもやっぱり……そのときはモリアキにも、それこそ例の『マネージャーさん』名目ででも、一緒に巻き込んでしまいたい。某『どうでしょう』な番組のディレクターさんのような感じで、声(とたまに手や体など、要するに首から下の部分)だけの出演なら……なんとかならないだろうか。


 ……まあ、そのためには。




「……なぁ、モリアキ」


「ほへ? 何すか? オネダリっすか?」


「うん、FAファンアートほしい。…………じゃなくて!」


「オォウ!?」


「…………迷惑掛けたよな。色々と」


「…………? ……………………あぁ!! やっと気づいて貰えたんすか!?」


「ヴッ……ご、ごめんて」



 おれの身体が変わってしまっても、よき理解者である彼との関係は不変だと信じたくて。

 以前のおれの常識が次々と壊れていってしまう中、以前と変わらず接してくれる彼の厚意にすがり付いて、甘えていたくて。


 そんなおれの、身勝手ともとれる言動によって……彼には大きな負担を掛けてしまっていたことに。




「距離感近すぎだ、って……ちょっと危なっかしいって、ミルさんに教えてもらった。……気を付けるな。ごめん」


「…………まぁ、先輩が自分の可愛さを自覚してくれるんなら……オレのことは別に、そこまで気にしないで良いっすよ」


「………………えっ?」


「で……ですから! ……あんま気にしないで、今まで通りで良いっすよ、オレに対しては」


「だ、大丈夫? ムラムラしない?」


「……いや、正直幼すぎて微妙っていうか…………『わかめちゃん』の外見年齢もうちょっと上の、それこそjk相当にしときゃ良かったな、とは正直思いま痛ァ!!?」


「やっぱ胸か!! 胸が足りないからか!? そんなにおっぱいが好きか!?」


「いや男ならおっぱい好きでしょう。大小の好みはあれど」


「そうだよなぁ」


「いやソコ納得するんすか」


「まぁおれも男だしなぁ」


「譲りませんねぇ……(無駄なのに)」


「そらそうよ(なぜなら男だから)」





 朝露が滴る、非日常感あふれる森の中の……少し肌寒くも心地よい朝。


 可愛らしい同居人たちが起きてくるまでの暫しの間、おれたちはカップ麺をすすりながら、以前のように馬鹿話に興じていた。


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