第239話 【試行運用】けわしい現実(涙)



 インド生まれのカレーから派生した、日本人好みのカレーライス……その中でもさらに多方面に派生した、日本各地に数多存在する『カレーライス』の中のひとつが、この『金早かなざわカレー』と呼ばれる料理だ。


 ルーの色は全体的に黒っぽく味付けも濃厚で、せん切りキャベツとカツを乗っけて、ソースを掛けて頂くのが特徴。

 ほかにもスプーンではなくフォークでいただいたり、器にはステンレス製のものを用いたりといった特徴はあるけども……プライベートな席なので、そのへんは気にしない形でいこうと思う。





「どーよ? うまいかー?」


「「うまーーーい!!」」


「なんていうか……コクがすごいです」


「すこしだけ辛くて……でも、ふしぎとお箸が進んで……たいへんおいしうございます」



 できることなら、ちゃんとお店で堪能したかったが……おれたちはともかく、ミルさんの姿を衆目に晒すのは良くないだろう。またキャンピングカーの使い勝手を確かめるため、車内で調理を行いたかったこともあり、今回こうした形を取らせてもらった次第だ。

 まあ……業務用レトルトカレーとパックごはんを暖めるのが『料理』と呼べるかどうかは、ぶっちゃけ疑問が残るところだが。



「カツカレーはよく食ってたっすけど……キャベツと、ソースが加わるとまた違うっすね」


「マヨネーズもオススメだぞ。キャベツとカツだけじゃなくて、ルーにかけてもうまい」


「わあいマヨネーズ。ボクマヨネーズだいすき」


「あっ……ぼくもマヨお借りして良いですか?」


「はーい。どうぞミルちゃん、ボクのマヨネーズ(意味深)だよあっ」


「自重なさい。このひわいフェアリーめ」


「はははは……」


「うう……おいひう……ごあいまふ……」



 だが、まぁ……みんなに喜んでもらえたから、良しとしよう。敏腕局長のおもてなしごはん、大成功である。


 いやぁー……動画に押さえられなかったのは本当もったいないけど……しかしその一方、この『非公開』という約束のお陰もあって、飾らない姿のミルさんと交流を深めることができたのだ。

 オートキャンプ動画は、また改めて撮りに行けばいい。ラニも霧衣きりえちゃんも、きっと手放しで賛成してくれる。



 だから……これでいいのだ。ぼんぼん。









「「「「ごちそうさまでした」」」」


「はい! お粗末様でした!」



 やっぱりカレーともなると、みんな途端に食欲旺盛になるようで……二〇〇グラム程度はあったはずのごはんがあっという間に消滅し、みんながみんなおかわりを求める形となった。

 多めに買っておいたパックごはんと、おれの【加熱】が大活躍したのは、いうまでもない。



 こうして無事にみんなおなかいっぱいになり、お片付けのフェーズへ突入した。

 車内のシンクで洗い物を済ませても良いのだが……カレーの洗い物ともなると、排水タンクに色とかにおいとか付いてしまいそうである。

 しかしながら、心配ご無用。オートサイトの比較的近くには共同の炊事場が設けられているらしく、大型の洗い場もバッチリ整備されている。


 というわけで、四人分のお皿をパパっと洗いに出掛ける。……モリアキが。



「じさま、いつもすまんねぇ……」


「いんや、ばさま、こんくらい大したことねぇだ」


「すみません……ぼくの分まで……」


「しょーがないよ。ボクらもミルちゃんも、どうしたって人目引くし」


「そうね。おれたちはもう開き直ってるけど……ミルさんはやっぱ、事務所に相談してからのほうがいいと思うし」


「そうっすね。そんときは先輩も力になってくれると思うんで。……まあとりあえず、パパっと洗ってきますわ」


「モリアキ氏一人だと寂しいでしょ。ボクもこっそりついてくよ」


「ん。おねがい」



 任せてください、と景気のいい笑顔を浮かべ、洗い物のお皿四枚をたずさえてモリアキは去っていった。

 お皿が四枚だけとはいえ、この寂しい夜更けに一人っきりで炊事場まで行くのは気が滅入るだろう。引き受けてくれたモリアキには申し訳ないし、随伴を申し出てくれたラニの気遣いもありがたい。


 残されたおれたちだが……正直いって、あとは寝るだけだ。

 季節や場所によっては夕涼みをしたり、チェアを出してのんびり焚き火を眺めたりも良いのかもしれないが……なにせオートサイトで焚き火はさすがに宜しくない。あと寒い。

 なのでそのあたりのイベントは次回のお楽しみということで、今日は早く寝ることにする。



 車両後部の横向きベンチを二段ベッドに変形させたり、テーブルを収納してダイネットをベッドに組み替えたりと、可愛い子二人に手伝ってもらいながら就寝準備に取りかかる。

 ベンチ下から寝具を取り出し、それぞれのベッドへと投げ込んで拡げていく。


 部屋割り、というか寝床の割り振りは……後部の二段ベッド上段に霧衣きりえちゃんと、下段にミルさん。おれはセカンドシートを変形させた気持ち広めのベッドを、ラニと一緒に使わせてもらえることになった。

 車内で一夜を明かすのが、ラニ含め四名。……つまり『いやぁ、オレ一人だけ生粋の男っすから』などと言って貧乏籤を譲ろうとしなかったモリアキ一人が、車両すぐ外に設営されたテント泊となる。


 季節が季節だけに、厚めの遮熱シートで床暖熱を施した。テントそのものもしっかりしたフライシートとインナーテントを備える耐寒製の高いモデルだし、寝袋シュラフも冬季用の暖かいものを使ってもらう手筈だし、おまけにFFフォースドフルーヒーターの熱をテント内に導くつもりなので、たぶん大丈夫だとは思うのだが……それでもやっぱり、彼一人だけ車の外というのは、正直言って気が引けてしまう。




「……やっぱおれもテント行こっかなぁ」


「やめたほうがいいと思います!」


「ぅえ!? ……ま、まじ?」


「……マジです。結構ガチで」


「ガチで」




 思っていた以上に強い語気で反対され、正直ちょっとだけビビった。

 ミルさんがおれの考えに意見を述べてくれるとは……失礼ながら、思ってもみなかった。会って間もない間柄であり、距離感を測っているところだとばかり思っていたので……ここまで熱く、真摯に指摘してくれるのは予想外だったのだ。



 おれはモリアキのことを大切な仲間だと考えているし、そんな彼が自分の性別を理由に車内泊を諦めてしまっているのだ。ならば彼と付き合いが長いおれが、今回も彼に付き合うべきなんじゃないか。

 そう考えたことで、口から漏れた呟きだったのだが……ミルさんはそれに真っ向から異議を述べてくれた。

 霧衣きりえちゃんはおれの意見に反対することはほぼ無いので、この立ち位置は非常にありがたい。



 おれ一人では当然知らないことも、わからないこともある。なので是が非でも、せっかくのご意見番であるミルさんの意見を聞かせていただきたいところだ。




「……いいですか、若芽さん。確かにあなたとモリアキさんは、浅からぬ間柄だと思います。今までよくお泊まりとか、旅行とか……そういうイベントがあって、そのノリで発した言葉なんだと、ぼくは思いました」


「う、うん。……創作仲間と温泉旅行いったり、徹夜麻雀やったり、まリカーやったり、BBQやったり」


「……とても楽しげな間柄だと思いますし、正直ぼくも羨ましく思うくらいです。……けど」


「…………けど?」


「…………今の若芽さんなら、そのまま彼と……モリアキさんと接するのは、少しだと思います」


「………………え?」



「会ったばかりの人間に、こんなこと言う筋合いは無いのかもしれませんが……はっきり言わせてください。



……あなたは、今、


滅ッッ茶苦茶可愛い『女の子』なんです!」



「ンなァ゛!!」




 そ、そんなの、おれは……



 おれは……!!


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