第234話 【北陸旅程】良い取引でした
加賀百万石、とはよく聞くもので。ここ
大戦の戦火を幸運にも逃れたことで、歴史的で風情のある町並みや家屋を今なお多く残している。一方で近代的な都市作りや先進的な技術開発にも力を注ぎ、伝統技能をはじめ芸術分野においては世界レベルの高水準を誇るという。あとカレーがおいしい。
そんな魅力あふれる街、
そこは……まあ、なんといいますか……われわれとは住む世界が異なる(かもしれない)とでも言いましょうか。
つまりは世帯所得の桁が違う方々が多くお住まいになられる、要するに高級住宅地が広がっておりまして。
「遠いところわざわざ、ようこそおいだすばせ。たいばらやったやろ」
「??? は、はいっ! この度はわたしの都合に応じてお時間をとっていただき……ありがとうございます!」
「いかなてて。こちこそあんやと存じみす。ほかすもいとっしゃさけ、どうしようかて思うとったげんて」
「????? ……はいっ!!」
出品者から提示された住所の示すままに、忘れずに【エルフ隠し(最新版)】を用いた上で一軒のおうちにお邪魔したところ……きれいな白髪をピシッと整え派手すぎない和服をキチッと着付けた、とてもお上品なおばあさまが出迎えてくれた。
洋風の大きなおうちに油断してたところ、現れたのは和装のご婦人。つい最近『ギャップ』に慣れてきたおれでさえも、思考に混乱が生じずにはいられない。
それも無理の無いことだろう……なにせ耳に届く言葉は日本語のはずなのに、ところどころ理解できない。
果たしてこれは本当に大丈夫なのか。勢いで『はいっ!!』とか言ってしまったが、正直なところお取引の金額が金額だけに不安をぬぐいきれない。にほんごのはずなのに。
などと一人で勝手に盛り上がっていたおれのもとへ、幸運にも救いの手が差しのべられた。
「御母様、またそうやって……お客様を困らせないで下さいな」
「あらあら…………ふふっ、ごめんなさいね。たぁた可愛らしくて……ついげんぞらしいごくりわるうしとなってな」
「取れてないじゃない……お嬢さんが可愛いから、つい困らせたくなって……だそうで。ごめんなさいね、失礼しました」
「は、はひっ!! 恐縮です!!」
和装のおばあさまによく似た、恐らくは娘さんとおぼしき上品なご婦人(こちらはお洋服)が間に入り、幸運なことに通訳を買って出てくれた。
お歳の頃は……三十代の半ばくらいだろうか。立ち振舞いの随所に気品がにじみ出ており、御母様と同様非常にお上品な佇まいとあって、この家系の『只者じゃない』感をありありと感じさせている。
こちらの娘さんには日本語が通じるので(あたりまえだが)、これなら取引を行うにあたっての確認も万全に行えるだろう。……というか実際
挨拶もそこそこに、おれはお屋敷の中へと通される。ちなみに『御母様』はどうやら本当にイタズラしに来ただけみたいで、可愛らしいニコニコ笑顔で『せわしないから』と言い残して去っていった。……可愛らしいお母さんだ。
やけに幅を感じる廊下を進み、なぜか存在する坪庭を横目に、いやに重厚感あふれる扉をくぐり……素人目に見ても防音がしっかりしてそうな一室へ。
そこにはグランドピアノをはじめ幾つもの楽器が並ぶ『音楽室』といった様相を呈しており……その部屋の真ん中付近には背の高い弦楽器、グランドハープが佇んでいた。
「一応、確認をお願いします。弦は一通り張ってますが、ご覧の通りネックと共鳴板に大きな傷があります。弦を弾けば音は鳴らせますが、ノイズのような雑音が混じります。……本当に良いですか?」
「大丈夫です。……それでも、ハープを弾いてみたいんです」
「あら。…………そんなに楽器が…………音楽が、好きなんですか?」
「はいっ。……大好きです」
音楽歴だけでいえば、ほんの一ヶ月そこらのドがつくニワカなのだろうが……しかし
以前ギターを弾いたときも、あんなに気持ちがよかったのだ。同じ弦楽器でも『女王』と名高いハープを演奏できるかもしれない、と思ったら……いてもたってもいられなかった。
だからこそこうして、憧れのグランドハープ(破損あり)を手頃な金額で譲ってもらえると聞きつけて、浪越市からのこのこ北陸までやって来たのだ。
写真を見て、また実際に見た限りでは、そこまで致命的な破損ではなさそうである。これならおれの【
文句など、ありようはずもない。定価で買ったら七桁円コースの品である。
「わたしとしては、こちらの品で問題ありません。……ですのでこちら、金額の確認をお願いします」
「……はい。お預かりします。……では確認の間、車まで運ばせますので……車は、表に?」
「あっ、ありがとうございます。……はい、失礼ながら玄関脇に停めさせて頂いてます」
「構いませんよ。品が品ですので」
娘さんがスマホをぽちぽちと操作すると――REINか何かで連絡を取ったのだろう――鍛えられた身体の中年男性と、これまた健康そうな体格の若い男性が『音楽室』へと現れた。
軽い挨拶のあと『ぎょっ』としてみせてくれた二人(暫定的に『婿(仮)』および『息子(仮)』と呼称)は、とくに深く追求することもなく粛々と(ただし息子(仮)はちらちらとこちらを気にしながら)グランドハープを厚布の袋で包み、台車に載せて運び出していった。
「……確認しました。確かに、丁度ですね。ありがとうございます」
「アッ、こちらこそ……ありがとうございます!」
金額の確認もして頂き、男手二人に品物を運んでもらい……そこへ車で待機しているモリアキも加われば、問題なく積み込むことは出来るだろう。積み込みまで終わって扉を閉めれば、任務完了だ。
というのも、積み込み自体はあくまでカモフラージュだ。実際にはラニの【蔵】に仕舞って貰うので、運ぶ際の衝撃や転倒の問題なんかも生じるはずがない。
予定していたすべてがスムーズに進み、それではこれでとお
「……若芽さん、と
「は……はいっ!」
「
「!! 良いんですか!?」
「ええ。私たちは
なるほど……どおりであの音楽室、色んな楽器が揃っているわけだ。
実際グランドハープほどの楽器ともなると、一般人に教えてくれる教室なんてほぼ無いだろう。せっかく繋がった
ただ……通う際にはラニに協力を仰がねばならないが、懸念となるのはそれくらいだ。
一刻も早く腕前を上達させ、視聴者さんに還元するために……省ける無駄は、極力省いていきたいのだ。
「詳しいお話聞かせてほしいです! ぜひ!」
「ふふっ……わかりました。ありがとうございます」
おれの音楽知識を強力にバックアップしてくれる、心強い味方……
この出会いがまさか、おれの今後の活動にあそこまで大きな影響を与えることになろうとは……割とその場のノリでの行動が多いおれは、当然考えもしなかった。
やっぱおれ……良縁の神様に好かれてるのかもしれない。
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