第233話 【北陸旅程】しばしご歓談を



 今まで誰にも相談できなかっただろう事情を、心ゆくまで打ち明けられて……またおれがこれまで直面してきた問題と、その解決方法の共有を図り、ミルさんの生活基盤を整えるためのフォローを考える。

 できることならゆっくりと時間を掛けて、一対一で込み入った話でもさせてもらいたいところなのだが……申し訳ないことに、こちらもこちらで人と会う予定があるのだ。



 ……なので、そのまま拉致る。

 旅は道連れ、とかなんとか言いますし。





「ミルさんは北陸って、いったことあります?」


「はっ……はい、何度か。やっはり日本海は海産物が美味しくて……」


「アッ……食べるソッチ系もイケるんですね」


「もともと食べるとこから好きになったので。……意識すれば彼らの声もシャットアウトできるので、断末魔とか聞かなくて済みます」


「それは……何よりです」



 運転席の延長ペダルを畳んで座面クッションをはずして……運転をモリアキに代わってもらったおれは走行中の後部座席にて、引き続きミルさんとのお話に興じている。

 幸いミルさん、今日このあとの予定は特に詰まっていなかったようなので……『ちゃんと港区の水族館までお送りするので!』と確約した上で、しばし身柄を預かることができた。


 ラニの【繋門フラグスディル】があれば、どこからでも水族館の【座標指針マーカー】までひとっ飛びできる。

 ちゃんとお届けするので、一緒にドライブどうですか……と誘ってみたところ、若干悩みながらも首を縦に振ってくれた。

 ミルさんもお家で引き籠っているよりは、のおれから情報を得ようと考えてくれたのだろう。参加人数を一名追加しての行程はより賑やかに、順調に日本海側を北上していく。




 色々とお話しをしながら、また色々とお話を聞いててわかったのは……やはりミルさんが転生してしまった原因が、プロ意識を高めすぎたがゆえの出来事だったということ。


 もともと彼は……『個性豊かな同期生の中でも確固たる強みに欠けている』ということを、日頃から気にしていたらしい。

 際限の無い劣等感に苛まれ続け、このままではいけない、もっと『ミルク・イシェル』の気持ちを理解したいと強く願ったところ……あの大嵐の日に突如意識を失い、気がついたらなっていたのだという。


 ……聞けば聞くほど、おれとの共通項が多いようだ。やっぱり他人事とは思えない。




「でもまあ、開き直っちゃっても良いと思うんですよ。少なくとも悠菜ゆうなさん自身は、『ミルク・イシェル』さんのことを気にかけているんですよね? それこそ……『なりきって』でも深く知りたいと思うほどに」


「そうですけど……良いんでしょうか? ……ぼくは仮想配信者ユアキャスの出ですし、若芽さんみたいに生身で演じる度胸なんて……」


「『好き』が高じてするのは、誰にも咎められるいわれは無いですし。このご時世『コスプレです』って言い張れば、割と押し通せちゃうもんですよ。悪魔閣下のノリです」


「あぁ……閣下。なるほど……」


「何を隠そう……いや隠してないんだけど、こちらの霧衣きりえちゃん。この容姿をそのまま映しちゃってますので……堂々としてれば案外なんとかなるもんですよ」


「い、いちおう……【変化】のまじないで隠すこともできるのでございますが……若芽様に『オープンでいこう!』と」


「……そう、なんですね」



 日本人離れした容姿になっただけでなく、既存のキャラクターそのものになってしまったとあっては、おれとはまた状況や苦労が異なるかもしれないが……それでも、少しは心の支えになるだろう。


 ミルさんが気になっているであろう身分証やら戸籍やらは…………チカマさん経由でフツノさまに相談してみたところ、なんやかんやで力になってくれるらしい。

 またその際、なんかわかんないけど『フツノ様が嬉しそうだった』との所見を、チカマ宮司より伝えられたのですが……い、いいさ。ミルさんのためだ。おれも一肌脱ごうではないか。


 おれとしても今週末のコラボはもちろん、にじキャラの皆さんとの関わりは大切にしたい。ミルさんが安心して配信を続けられるよう、できる範囲で力になりたいのだ。





「先輩そろそろ金早かなざわ西インターっすよー! ルートはナビ通りでいいんすか?」


「マジか! おっけーとりあえずナビに従って! 下道降りたら金早かなざわ市街方面進めば良いし……あー、しばらく行くと右手に青看板のコンビニあるからそこ入って。おれ前に移るよ」


「了解っす。とりあえずインター降りまーす」


「ほーーい」




 水族館の一件もあって、予定よりも若干後ろに押してしまっている。そのため残念ながらお昼の時間を圧縮し、走行中の車内で済ませることでなんとか予定通りまで挽回することができた。

 ちょっともったいないことをしてしまったが……今回ばかりは仕方ない。取引相手を待たせるわけにはいかないのだ。


 肝心の取引自体は、十五時から十六時くらいには終わる予定になっている。なのでそれ以降……優先事項を済ませたら、あらためてオートキャンプを楽しめば良い。

 なのでまずは、この後に控えている取引に集中する。




「よし、運転代わる。気合入れんと」


「了解っす。オレらは車で待ってますんで、頑張って下さい」


「ボクはこっそりついてくけどね!」


「うう……羨ましくございまする……」




 青色看板のコンビニでトイレ休憩と飲み物の補充、ならびに運転手交代を済ませ、おれは目的地へと車を走らせる。



 遠路はるばるここまで来た目的、それはおれにとって大きな取引を行うためなのだが……というのも今回の品、ちょっと宅配便を使うのは気が引けるサイズと繊細さだからだ。

 まあ、何度か告げているように『北陸旅行いきたい!』『キャンピングカー試したい!』というのもあったのだが。


 まあともあれ、その『大きなコワレモノ』を受けとるのが主目的であり、それを譲ってくれる方のお住まいまで、もう少しで辿り着くのだ。




 おれが探し求めていたもの……メルオクフリマアプリを駆使して売買の約束を取り付けた品物。


 それは……おれエルフの技量であれば(たぶん)使いこなすことが出来、競争の激しい『演奏してみた』分野で強烈な個性を発揮できるであろう……誰が呼んだか『楽器の女王』。



 全高一八〇センチ、重量三五キロのナイスバディ。

 安心の日本メーカーが手掛けた、四七本の弦をもつ大型の弦楽器……その名は『グランドハープ』。



 それこそが、今回のお目当てなのだ。




 いや、旅行も目的だけど!


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