第232話 【途中離脱】拉致のち監禁



 志賀しがから福居ふくいへ北上する高速道路の途中……おれたちが『苗』対処のためにと駆け込んだ、琵琶山岳びわやまたけサービスエリアの下り線。


 駐車場の片隅に停められたハイエースの車内にて、異様な一団が顔を突き合わせていた。




「えー、っと…………有村悠菜ありむらゆうな、さん?」


「…………はい」


「えっと……なんていうか…………心中お察しします」


「…………恐縮です」


のパターン、ってことっすか」


「なーるほど……そういうことも有り得るのか……」




 おれたちが強襲を仕掛け、事情聴取のためにと拉致った『ミルク・イシェル』さんそのままの容姿の人物は……やはりというか『にじキャラ』仮想アンリアル配信者キャスターのミルクさん本人で間違いなかったようだ。


 おれやあの二人と同様『種』によって身体構造を書き換えられ、おれと同様ファンタジーな容姿を得てしまった人物。

 ただ、予想外といえば予想外だったのは……配信者キャスターではない、の本名。



「ごめんなさい。……女の子、だったんですね」


「……『女の子』って程、可愛げある歳じゃ無かったですけどね。……いい歳した大人です。……いえ……でした」



 あまりこういうことを表現するのは、デリカシーに欠けるのかもしれないが……少女のようなアバターと少女のような声をもつミルクさんのは、どうやら女性だったらしい。




 詳しい話を聞くところによると……なってしまったのは、昨年末の十二月――恐らくおれと同じタイミングだろう――とのこと。

 企業所属の配信者キャスターにしては珍しく在住だったので、今回の異変が起こって姿かたちが変わってしまって以降、同僚の顔合わせをひたすら避けまくって今までやり過ごしてこれたらしい。

 ……まあ、そっか。機材と回線さえあれば在宅で配信おしごとできるのか。


 あとは奇しくも転生直後のおれがそうだったように、通販や出前を駆使して世を忍び引きこもり続けてきたとのことで。

 誰にも相談できないまま、新たな行動を起こせないまま、葛藤の中で日々を過ごしていたらしいのだが……今回はの声なき声を無視することができず――他人の目に自分の姿がどう映るのかを理解した上で――重い腰を上げたのだという。



 その後の展開は、幸いにもおれの予測した通りだった。

 の請願の通りに『保持者』のもとへ駆けつけ、親御さんの制止を振り切り感情のままに暴れる『保持者』への助言のままにを施し……そして『巻き戻り』によって痙攣しながら絶叫する『保持者』の様子を目の当たりにしてさすがにビビり、その場から逃走した先でおれと邂逅した……ということらしい。



 聞けば今回の『保持者』は、まだ小さな女の子。その筋からの情報によると、あの浪越港水族館に足繁く通っている……どうやら『いじめられっ子』ということのようだ。


 なるほど……つまり『学校にいきたくない』『台風で学校が休みになればいいのに』とか、そういう類いのなのだろう。

 ……うん。わからんでもない。




「その……『民の声が聞こえる』っていうのが、ミルクさ…………えっと、悠菜ゆうなさん?」


「『ミルク』のほう……もしくは『ミル』で、お願いします。……もう戻れないでしょうし」


「っ、………………では、ミルさんで。ミルさんが授かった異能……その、なんか『スキル』的なやつは……それこそ『たみと認識した水棲生物の声が聞こえる』みたいな感じ……ですか?」


「概ねその通りですけど……正確には、もう少し『支配』の規模が大きいみたいです」


「…………と、いうと?」



 水底の世界の領主、イシェル家当主(という設定)である『ミルク・イシェル』に相応しい、堂々たるその異能。


 民の声に耳を傾け心を通わせるだけでなく、領主の威光が及ぶ範囲は更に広いとのことらしく。




「…………簡単にいうと……『水魔法』って感じですね」


「みずま…………えっ?」


「ですので、『水魔法』。ふわふわ浮かべたり、形を変えたり、投げつけたり。小説とか漫画とかで出てくる『水使い』系キャラの真似事なら、大抵できると思います。……は、そういうですので」


「ぇえ……つよつよじゃ…………あっ、いえ、えっと…………めっちゃすごいじゃないですか」




 イルカやシャチなどといった海洋哺乳類から、マイワシやカツオやクマノミなどといった魚類、果てはクラゲやタコやヒトデなどのよくわかんない類に至るまで……知性や知能に差はあれど、彼ら彼女らの『伝えよう』とする意思を『たみの声』として聞くことができる。


 またそれと同時に……流水・貯水問わず、一度触れてチカラ(恐らくは魔力イーサ)を注いだ水であれば、重力やその他の物理法則を無視して制御下におくことが可能という……荒事ともなれば攻守はおろか索敵や妨害なんかにも転用できる、大変強力な『水の魔法』。



 中でも特徴的なのが、前者の『水棲生物の意思が聞ける』という点だろう。


 そもそも今回ミルさんが『苗』の存在を感知できたのが、水族館で飼育されている生物たちの声が聞こえたからだという。

 もともと水族館近くのマンションに住んでいたらしく、民の声そのものは転生直後から度々聞こえてはいたようだが……いつにもまして切迫した感情が届くにつれて、自身の身に起こったような『異常事態』が起こったのではないかと考えたらしい。


 そういえば……イルカは下手すりゃ人間ヒトよりも賢く、人間ヒトの感情も理解できる……とか聞いたことがあるような気もするし、彼らならではの手段で『苗』を嗅ぎとったということなのだろうか。

 エコーとかソナーとかよくわかんないけど、人間ヒトには無い感覚器官を持ち合わせているおかげかもしれない。



 ともあれ、これでこちらの疑問は解決できた。

 『苗』が発芽した理由、『苗』の反応が消えた理由。そしてどんな背景・どんなチカラが、それを可能としたのか。


 今回の『苗』を鎮圧できたのも、被害が大きくならずに済んだのも……つまりは、ミルさんのおかげなのだ。




「ありがとうございます、ミルさん。おかげで助かりました」


「い、いえ! ぼくなんかがお役に立てたのなら……幸いです」


「……せっかくですので、少しお話でもどうでしょう。お時間大丈夫ですか? ……色々とお答えできると思いますよ」


「…………!!」




 恐らく……ミルさんにとっては、初めてその姿を晒せる相手だったのだろう。その身に起こった異常事態に詳しいとなれば、尚のこと訊きたいことは多いはずだ。


 受けた恩に応える、というほど大それたものじゃないが……おれの経験が役に立つのなら、喜んでお話させてもらおうじゃないか。



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