第231話 【途中離脱】強行突入のち誘拐



「……其処ソコな客人よ、改めて問おう。……我等われらが領にて何をくわだてておる」


「………………なん、で」


「この期に及んでなお姿を隠そうなどと、無駄なこと。余の眼には見えずとも、親愛なる余のが告げておる。……其所ソコに『奇妙なヒトが潜んでおる』とな」


「!!?」





 慌てて周囲を見回すが……彼のいう『民』とおぼしきの姿など、どこにも見当たらない。


 ショーが行われる屋外プールのスタジアム客席から入って、すぐの階段を一階分降りた現在位置。

 悪天候でショーが中止となった今現在、周囲に人影は見当たらず……ただパフォーマンス用のメインプールを通して揺らぐ光が、あたりを神秘的に照らすばかり。


 目の届く範囲では、おれと眼前の彼以外まったくの無人。

 しいていえば……競技用プールに繋がる大水槽のカマイルカと、その隣の別の水槽を悠然と泳ぐシャチ、そしておれのすぐ横をくるくる回りながら通り過ぎるシロイルカくらいだろうが――



 ここまで認識したところで、思い出した。

 姿を隠したまま微動だにできないおれを睨み続ける、突如現れた眼前の人物。


 おそらく今回出現した『苗』の駆除を執り行った張本人、儚げで可憐な少女にしか見えないの……その堂々たる肩書きを。





「お騒がせして、すみません。……ご無沙汰です、ミルクさん」


「……ほお? 感心だな。余の名、を……知って…………お……りゅ……………はぇ?」


「なるほど……水底の領主様、ですもんね。……えっと、まさかですが……この子達と意思疏通できちゃったりする、とか?」


「へあわ、わかっ、わわわっ、わっ、わか、っ……わわわわ」


「おおお落ち着いてください! 落ち着いて! ミルクさん! 落ち着いて!!」




 隠蔽魔法を解除して姿を表すや否や、おもしろいようにキョドって平静を欠いてしまったミルクさん……色々と聞きたいことはあるのだが、この様子では落ち着いてお話を聞くことは難しそうだ。

 当初の懸念であった『苗』の反応は消失したものの、当然だがここは一般施設であり、おれたち以外にも人の姿は在って然るべきだ。おれのお利口なエルフ頭脳は、今後おれが取るべき行動を素早く組み立てていく。


 おれはもとより……ミルクさんの容姿も、この現代日本にはどう考えてもそぐわない。大衆の視線に晒されるのは、恐らくだけど宜しくない。

 なにはともあれ今は、この場を離れることが先決だろう。事情聴取は落ち着ける場所へ移ってからでも問題ない。



(ラニ! 緊急事態! おれの入った入り口わかる!?)


(へぁ!? わかったすぐ行く! 大丈夫、覚えてるよ!)


(おねがい! 入ってすぐのところにトイレあるから、そこで【座標指針マーカー】打って【門】ひらいて!)


(わかった。……確認するけど、女子トイレで良いんだよね?)


(はー!? やだよおれ男子だし!?)


(何言ってんのこの子! 男子トイレからファンタジー美幼女出てきたら大騒ぎでしょお馬鹿!! ち◯ち◯無いんだから諦めなさい!!)


(ぐぬぬ!)




 撤退の準備と、再出撃のための布石は打った。あとはお客さんやスタッフさん等に見つからないように……誰にも見られないように撤退を完了させれば、とりあえずは安心だ。



「……ミルクさん、立てます?」


「わ、わわっ、わわわ、わっ、」


「なるほどわかりました無理ですね。……ちょっとごめんなさい、失礼しますね!」


「わ゜――――――!?」



 大丈夫じゃなさそうなミルクさんを横向きに……俗にいう『お姫様抱っこ』の形で抱き抱え、身体強化フィジカルバフを纏い階段を掛け上がる。

 抱き上げたその身体は小さくて軽くて、それこそまるでお姫様みたいだ。……本当にんだろうか。にわかにはしんじられない。おれにはというのに。



 いや、やめよう。今は余計なことを考えるときではない。そのときが来たら身体に直接聞けば良いだけだ。

 階段を上がりきり、正面にはスタジアムプールに繋がるガラスドア、そして右側には男女別のトイレを捉える。軽く探知魔法を放って中および周囲が無人であることを確認し、顔いっぱいに遺憾の意を表しながら意を決して女子用トイレに飛び込む。


 一番奥の個室に入って内側から鍵を掛け、かわいそうなほど混乱しているミルクさんを座らせて落ち着かせる。まるでお人形さんのようにカチカチに固まるミルクさんは、やっぱり非常に可愛らしい。

 ……アッ、まって、こんな可愛い子を無理矢理女子トイレに連れ込むって、これもしかしてなかなかいかがわしい状況じゃございませんこと!?




「きたよノワ!」


「こっち! いちばん奥!」


「オッケー了解! じゃあさっさと撤退ぅわぁ――!!?」


「あひええええ!? ちっちゃ……妖精!? えええ妖精なんで!?」



 ナイスタイミングで相棒が到着、これで撤退のための全ての条件が整った。

 考えるまでもなくミルクさんは混乱しきっているだろうし……人目を忍ぶという目的があるとはいえ、これは冷静な第三者から見れば紛れもない誘拐だ。さらおうとしてる先がハイエース(ベースのキャンピングカー)なのは何の因果だろう。まさかおれがさらうがわに回るとは思ってもみなかった。ちょっと興奮する。



「とりあえず話と説明はあとで! ラニ車まで【門】開けて!!」


「……え、ラニ……? くるま? くるまって……えっ!?」


「大丈夫、ボクも何がなんだかわかってないから」



 嘘のように雨が上がったことで、屋外部分へ出てみようと考えたのだろうか。一般のお客さんたちが屋上へ向かってきていることを広域探知で認識しながら、おれは撤退の指揮を執る。


 未だに混乱の抜けきれない顔でこっちを見てるラニと、同様に混乱の色濃いミルクさんを半ば強引に拉致る。重要参考人を確保できたので、とりあえずはヨシとする。


 こうしておれたちは他者との遭遇を避けるべく、慌ただしく浪越港水族館を後にした。



 ……結局おれ、『苗』の保持者と一度も遭遇しなかったな。



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