第222話 【祝日配信】皮一枚で繋がった



「終わーーーーーー!!!」


「わうーーーーーー!!!」


『ハッハッハ!! お疲れ二人とも。良いキャラしてたよ』


『ほんとなぁ! けっこーオイシイが撮れたんとちゃう?』


『いやほんとスンマセン……オレのヘマで色々とご迷惑を』


「いえいえいえ! こちらこそ、もう……色々と…………本当にありがとうございました!!」




 自業自得による予想外の脱衣ハプニングこそあったものの……その他は概ね、ハデス様が立ててくれた筋書きの通りに進んでいった。

 すなわち……おれのTシャツ&スパッツ姿を披露した後、復習がわりの東風戦四局戦を始めるにあたり、このタイミングでハデス様たちお三方がゲリラ配信を敢行したのである。


 やがて視聴者数名……複数窓で配信を開いていた視聴者さんたちが『もしや』と勘づき、コメントによる指摘に対しおれたちは沈黙を貫き、しらばっくれること四局。

 そろそろ頃合いだろうということで……ここで待望のネタ晴らし。

 わざとらしく『本日お手伝いいただいてる対局相手のかたをご紹介しまぁす』などと言ってのけ、チャットでタイミングを図った後にDeb-CODE会議通話アプリの通話を発信。


 おれわかめちゃんの呼び掛けに応じ、続々と会議通話に参加してくる錚々そうそうたる面々に、コメント欄が阿鼻叫喚の大混乱に叩き込まれる。

 まあそれも無理もないことだろう。生まれたての零細配信者キャスターのライブ配信に、この業界では知らぬ者のほうが少ない大御所がドドドンと現れたのだ。



 視聴者さんたちのこの反応には、仕掛人がわであるおれも思わずニッコリ。新鮮な経験に気をよくしたおれたちは、その後も調子よく麻雀コラボ配信を続けていった。



 その後本気を出したお三方に、霧衣ちゃんともどもコテンパンにされたのは言うまでもない。


 脱衣麻雀ルール撤回しておいて本当良かった。





「本当ありがとうございました……おかげで霧衣きりえちゃんもかなり打てるようになりました……ていうか飲み込みが思った以上に早かった……」


『それな。三回目の半荘戦とか、ほぼキリエちゃんの独断で打ってたんだろ?』


『めっちゃ怖かったすよアレ! 待ちが全然わかんなかったす……』


「わ、わたっ、わたくしが……でございますか?」


『そうやよー! あとはスムーズに上がれるよう場数と経験積んでけば、結構な雀士になると思うで!』



 そんなこんなで、現在は配信終了後の反省会……という名の『お疲れ様』通話だ。視聴者さんたちの目と耳の無い、出演者のみのこの場にて、ありがたいことに忌憚の無いお褒めの言葉をいただいている霧衣きりえちゃん。

 ほんのりと顔を赤らめ、わずかにうつむき、しかしまんざらでもなさそうに口元を緩ませているその様子は……控えめにいって非常に可愛らしい。


 実際おれ自身も、最後のほうは彼女の判断にほぼ委ねていた。ときどき『これは役になるのでございますか?』などといった疑問に答えることはあったけど、どれを捨ててどれを拾ってどれを待つのかは完全に彼女の采配だった。

 それでいて、この麻雀得意配信者キャスターさんたちと渡り合ったのだから……とても良い経験になっただろう。

 あとはCOM対戦のオフラインモードや野良マッチングなんかで、少しずつ腕を磨いて貰えればなって。

 この『雀心.net』は霧衣きりえちゃんのタブレットでも動作可能なので、そのうちおれと霧衣きりえちゃんと……ラニにも仕込んで対局してみても、けっこう面白いかもしれない。



 まあ、麻雀に詳しくなったことはもちろんだったけど……今回は何よりも、おれなんかのためにお三方が力を貸してくれたことが、控えめにいって最高に嬉しかった。

 お三方の厚意を無駄にしないためにも、おれ自身配信者キャスターとして腕を磨いて精進して、いつか恩返しできるようになりたい。



『それはそうと……のわっちゃん!』


「はひっ!?」


『今週末! FPEX一人称視点STGコラボ! 楽しみにしとるから、忘れんといてな!』


「は……はいっ!! 勿論です!!」


『いいなぁー村崎……まぁいいや。わかめちゃんよ』


「なななんでしょう!?」


『近いうちに姫……ティーリットと、オレらのマネージャーから何か連絡行くかもしれんから、まぁ宜しく頼むわ』


「ひゅ!? は、ははは……はひっ!!」


『あっ、じゃあオレもマネージャーさんと相談してみますんで、またコラボどうかお願いします! わかめちゃん本当癒しなんすよ……殺意向けてこないし……』


「き……恐縮です!」




 えんもたけなわ、といったところだろう。さすがにもう夜も遅い。明日は大事な大事な納車が待っているので、今日みたいに寝過ごすわけにはいかないのだ。

 名残惜しいが、そろそろおいとまさせて頂こう。



「それでは……本当に、ありがとうございました! おやすみなさい!」


「おっ、おやすみなさい、ませっ」


『『『おやすみー!』』』




 名残惜しさを感じながら通話終了ボタンを押し、霧衣きりえちゃんと二人して大きく深呼吸。

 おれと、おれの隣に座る霧衣ちゃんと、おれの脚の間から這い出てきたラニの三人で顔を合わせ……誰からともなく『へにゃり』と頬を緩ませ、とりあえず大きな安堵のため息をこぼす。


 偉大なる先輩がたとお話しさせて貰えるのは当然嬉しいことなのだが、それでもやっぱりこの子たちは安心する。



「……よし、じゃあ……お風呂はいって、おやすみしよっか」


「はいっ。承知致してございまする」


「ノワいっしょに入ろ! 頑張ったボクへのご褒美!」


「いいけど早く上がるからね!? 霧衣きりえちゃん待たせちゃ悪いから!」


「わっ、わたくしはお二階の『しゃわー』にて大丈夫でございますので……ご遠慮なさらずにごゆっくりと」


「ヨッシャ!」


「アッ、えっと……ありがとうね!」



 せっかく知り合った間柄なのだから、この縁を大切にしていきたい。

 居心地の良い場を共有できる二人にことさらの感謝を感じながら……イベント盛り沢山だった月曜祝日の夜は、静かに更けていった。








――――――――――――――――――――








「…………すごいなぁ……うにさん。……わかめさんも」




 明かりの落ちた一室、配信終了イラストの表示されたディスプレイを前に……ぼくは思わず口を開く。

 その言葉に籠められたのは、まぎれもない尊敬。その一方で、そこまでは至れない自身を卑下するような声色も……微かとはいえ、確かに含まれていた。



 画面の中で輝いていた彼女たち……自分の同期生である少女と、その同期生が目をつけた期待の新人。

 ときに笑い、ときに怒り、ときに泣き。とても生き生きと楽しそうに言葉を紡ぐその姿は、自分を含め多くの人々に紛れもない『楽しいひととき』を与えている。



 それなのに……自分は、どうだ。

 果たして自分は、彼女たちと肩を並べられる存在なのだろうか。


 同期生たちの中で、チャンネル支援者数は一番低い。

 村崎うにさんのようなゲームの腕も、玄間くろまくろさんのような歌唱力も、甲葉こうばコガネさんのようなトークりょくも、自分は持ち合わせてなんかいない。

 ホラーゲーム配信の視聴回数はそれなりだけど……それはこの可愛らしいキャラクターが、大して動じずに冷静に進めていく様子が――この『ミルク・イシェル』というキャラクターの『ギャップ』が――おもしろ可笑おかしいというだけのことだ。



 いや、わかっている。自分はまだまだ未熟者だ。

 もっといろんな配信者キャスターさんの姿を見るだけではなく……『わかめちゃん』のようにいろんな場に足を運んで、いろんな経験を積んで、いろんな勉強をすべきなのだと……そんなことは解っていた。




 だが……ぼくには、のだ。




 最近の配信もミーティングも、パソコン越しだからなんとかなった。だからこそこの一ヶ月近くもの間、ずっと隠してやってこれた。

 首都圏在住の同業仮想配信者URキャスターたちは度々事務所に入り浸っているらしいが……一方で首都圏に住んでいない自分は、可能な限りネット越しで業務対応して貰えている。



 だからこそ……になってしまっても、そのことを気取られることも無かった。

 フェイスカメラ無しの音声通話と、アバター越しの交流ならば……自分のこの異常事態がバレることも無かった。




 だが……これまで通りいつまでも隠し通せるとは、当然思わない。


 仕事先はもちろんのこと……隣人や、家族や、周囲の人々にも。





「…………ぼくは…………なんで」



 何度目かもわからぬ自問自答を続けながら、自分のアバターである『ミルク・イシェル』の全身図を表示させる。


 その名を体現するかのように真っ白な髪、瞳は色素の薄いライトグレー、丸みを帯びた頬と整った鼻のライン、色白で柔らかそうな肌。

 身体つきは小さく華奢ながらも、その骨格はしっかりと男性のもの。長い髪と相俟ってぱっと見は女の子のようだが、確かにギャップが特徴の……いわゆる『オトコ』。



 現実から目を背けるように、ディスプレイから視線を外す。

 ぶんぶんと頭を振り、さらさらとこそばゆい感触を無視しながら洗面室へ。


 変わるはずの無い現実に直面し、大きな溜め息と共に鏡を覗き込めば……




「……なんで…………『ミルク』に、なっちゃったんだろ……」



 デビューからずっと演じ続けていた、長い付き合いの自分のアバター『ミルク・イシェル』にそっくりな背格好の人物が……着なれた室内着を纏って、呆然と立ち竦んでいた。



 泣きそうな灰白色の瞳と……目が合った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る