第223話 【納車記念】るんるんの火曜日



 おはようは気持ちのよい挨拶だ。すがすがしい気持ちと共に元気よく挨拶すれば、それは一日を気持ちよく始める良い切っ掛けになる。

 慣れ親しんだ間柄だからって、省略する理由にはならない。むしろ気心知れた仲であればこそ、尚のこと元気いっぱいの挨拶をして然るべきだろう。



「「おはよう!!!!!」」


「ゥオワアアアアアアア!!!?」


「おっ、おはよう……ございます」



 リビングスペースにて朝ごはんを食べていたモリアキに、背後から忍び寄って元気よく朝の挨拶を投げ掛ける。

 テレビのニュースに注目していた彼はおれたちの出現に気づいていなかったらしく、面白い悲鳴をあげて飛び上がってしまった。





 そんな朝のひと悶着を乗り越え、時刻はついに午前十一時……の、少し前。おれのスマホが音声通話の着信音を鳴り響かせ、待ちに待った人物からの着信と品物の到着を告げる。

 モリアキも巻き込んで外へ飛び出し、指定してあった近くの月極駐車場へ。その入り口付近の路上にハザードランプを焚いて停車していたのは……数日ぶりに目にする大きな乗用車、スーパーロング仕様のバン車両だ。




「そいじゃ、ちょいっと動かしてきますわ」


「ありがとモリアキ。迷惑掛ける」


「なんのなんの。オレも楽しみですし」



 隣県からわざわざ車両を運んできてくれた『三納オートサービス』の多治見たじみさんと軽く言葉を交わし、モリアキは自分の軽自動車を動かして駐車マスを開ける。近くのコインパーキングへと一時的に避難させて……の予定だったのだが、ちゃっかりと予定変更。

 路上駐停車禁止の標識もないし、交通の妨げになりそうな位置でもないし……ほんの十分そこらですぐに移動できるようにしておけば、すぐそこの路上でも大丈夫かなって。


 そうこうしてもらってる間に、開けられた駐車マスにバンコン車両が収まり、改めて車両引き渡しの手続きと注意事項の説明をつつがなく完了させる。このへんはあんまりおもしろくないのでパパッと省略する。


 諸々済ませると多治見さんは『最後の仕上げに入りますね』と運転席のドアを開き、小包と手荷物を広げて何やら作業に取りかかり始めた。




「戻りましたー……っと、取り込み中っすか?」


「んんー、そうみたい。最後の仕上げだって」


「ほぇ、仕上げ?」



 いったい何事だろうと見守るおれたちの目の前、多治見さんは手際よく作業を進めていく。運転席の足元へ潜り込んで、ドライバー片手に何やら部品を取り付けているようだ。




「若芽さん、こちらへ。座ってみて下さい」


「は、はいっ!!」



 多治見さんに呼ばれて、おれは待ちに待った運転席へ。ひょいと飛び上がってグリップを掴み、勢いをつけて軽い身体を引き上げる。

 すると……運転席のシート面、そこには厚手のクッションが設置されている。へたれに強そうな、しっかりとしたつくりのクッションが尻の下に挟み込まれ、これなら小柄なおれの身体でも前方視界が余裕で確保できる。


 そして……確かな興奮と共に確認する足下。

 そこには、アクセルとブレーキのペダルにそれぞれ繋がる、延長ステーと増設ペダルが新たに設置されていた。



「……高さは、このあたりで大丈夫そうですね。ちゃんと踏めますか?」


「ああっすごい! 大丈夫です! ちゃんと踏めます!」


「それでは、この高さで固定します。若芽さん以外の方がお乗りの際は上方に畳んで収納できますので、不都合は無いかと」


「か、かんぺきじゃないですか……ありがとうございます!」


「いえいえ。……せきからのです」




 聞くところによると……身長が低いドライバーさん用の追加設備として、ちゃんと国交省の認可も出ているオプションパーツが存在しているらしい。

 このパーツは三納オートサービスさんでも扱っている品だったらしく……『運転できる』と言い張っていたもののペダルに足が届くとは思えなかったというおれのために、わざわざ用立ててくれたようだ。


 ……確かにこれなら、さほど苦労することなく運転できそうだ。本当にありがたい。




「それでは、私はこれで。仔細はまた後程、メールにてご連絡しますが……今月末のイベント、どうか宜しくお願いします」


「まっかせて下さい! 全力でご期待に応えます!」



 ガッチリと固い握手を改めて交わし、『お引き渡しの証拠』ということらしい写真を撮ると、多治見さんは爽やかな笑顔で駅の方へと去っていった。

 ……なんか妙に『笑顔でお願いします』とか『ポーズお願いします』とか注文受けた気がするけど、本人が『引き渡しの証拠』と言っていたからきっとそうなのだろう。そういうことにしておこう。





 ……と、いうわけで。



「ラニ! もういいよ!!」


「わっほーーい!! いやぁ、すごいね。本当に家だよこれ」


「くるまの中に……おうちが……信じられませぬ」


「もー最高っすね……この『隠れ家』感たまんねーっすよ……」


「わかるゥ~~~~」



 今の今まで姿を隠していたラニに声をかけ、身内四人なかよくプライベートゾーンを噛み締める。

 これで今まではおうち以外で姿を現すことが出来なかったラニも、同様になかなかを出すことが出来なかったおれも、気軽にだらけきることが出来る場を手に入れたのだ。



 ……というわけで、さっそく堪能してみよう。今からおよそ二時間程度、新拠点のある岩波市滝音谷たきねだにへのドライブだ。

 ペダルの踏み心地も良好。ETCカードもセット完了。真新しいカーナビに目的地入力も完了。周辺探知魔法も正常。大気と水蒸気を媒介にする測距魔法があれば、長く大きな車両であろうと『ごっつんこ』する心配もない。


 運転手の見た目とは裏腹に、至極スムーズに駐車場からの脱出を果たし……入れ違いでモリアキの軽自動車が元の位置に収まり、その運転手も後部座席に収まる。

 彼もお出掛け用のカバンをちゃんと持ってきているので、これで準備はオッケーだ。




「よーしじゃあ出発しますよー!」


「「いぇーーーーい!!」」


「い……いぇーい」


「出発進行ー! ふんふふーん!」


「なんすかこの可愛い生物」


「それね」



 力強く心地よいエンジンの振動を、嵩増しクッション越しのおしりに感じながら……おれは踏みやすく調整されたアクセルペダルをゆっくり踏み込み、ついに念願のキャンピングカーを発進させたのだった。







『そこのハイエース止まってくださーい。そこのハイエース路肩に寄ってくださーい』


「「えっ!?」」


「「?????」」


「ちょっ……先輩なにやったんすか!? シートベルト締めてます!? ウィンカー出しました!?」


「締めてるしちゃんと出したし無理な割り込みも信号無視も右折車線直進もしてませんですし!! ええ!? なんで!?」



 震える身体をせいいっぱい宥めて危なげなく路肩に停車し、カチコチに硬直しながらもハザードを焚いて次の指示を待つ。

 拡声器越しにおれへ警告を投げてきた張本人、赤色灯を点灯させた白黒カラーの速そうな車がおれたちの前へ停車し、紺色の制服に身を包んだ男性二人組が降りてくる。



「えーっと…………ちょっといいかな」


「は……はひっ!?」


「……あのねぇ、。……保護者の方、お父さんかお母さん、乗られてます?」


「………………はい?」


「大人ぶりたいお年頃なのはわかるんだけど……みたいな子がね、自動車運転するとね、危ないから……法律で子どもは運転しちゃダメなことになってるから、おまわりさんに捕まっちゃうんだよ」


「………………………………」



 後部キャビンで息を殺して大爆笑している二人の気配を感じながら、おれは助手席に置いてあった肩掛けカバンから財布を取り出す。

 おれ自身に対する理不尽な言われようと、爆笑してる背後の二人のせいで、こめかみがひくつき青筋が浮き出そうになるのを必死になって宥めすかし……おれは無表情を貼り付けたまま、日本国における最もメジャーな国家資格のひとつ、自動車運転免許証(金枠ゴールド)を堂々と提示する。



「…………大人オトナなんですけど? 召和ショーワ生まれなんですけど?」


「「えっ!!?」」




 堪えきれず、といった感じでついに吹き出した搭乗客ラニとモリアキをひと睨みし……おれの提示した免許証を端末で照会し、偽造や何かの間違いで無いことを何度も何度も何度も確認していたおまわりさんの対処を待つ。

 出自には非常識な事象があったとはいえ、この免許証の記載事項更新はまぎれもない正規の手順で行われている。まぁ尤もフツノさまと引退神使の方々のおかげなのだが、とはいえそれでもこの免許証はまぎれもない『本物』なのだ。

 であれば当然、おれの提示した免許証と、それを保持している者に問題があるわけが無い。




「…………大変、失礼しました。……いえ本当すみません…………どう見ても小さい子が運転してるようにしか見えなかったので……」


「…………自覚は、ありますので。大丈夫です。……こちらこそなんていうか……いえ、本当なんかもう本当すみません」


「いえいえいえ、こちらこそ。大変失礼致しました。当然ですがは一切ありませんので、引き続き旅行楽しんで下さい」


「アッ、ありがとうございます。それでは」



 当初こそ頭ごなしに怒られムードだったが(まぁそれも当たり前だろうが)、疑いが晴れると逆に気持ちよく送り出してくれた。

 この県のおまわりさんの職務意識が極めて高いということと、おれが思っていた以上におれの容姿はよく目立つのだということを思い知らされ……フツノさまとのを繋ぐことができて本当に良かったと、自分の幸運を再認識したおれなのであった。




「でもなぁ……動画的にはオイシイだったよなぁ……カメラ回しとけばよかったなぁ……」


「大丈夫、ちゃんとコッソリ回してたから」


「へあ!? いつから!?」


「出発進行フンフフーンのあたりかな?」


「最初からじゃん!!?」


「カワイイ鼻唄も独り言もばっちりだよ! やったねノワちゃん!!」


「ぐわーーーー!!」



 ……頼れる相棒の抜け目の無さも、再認識する羽目になったおれなのだった。



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