第218話 【祝日配信】あったまってきたな



 霧衣きりえちゃんには『おれがついてるから!』なんて自信ありげにアピールしてみたおれだったが、実のところそこまで強いわけじゃない。


 そりゃあ、まあ……こんなことになる前は一般的な成人男性だったので、学生の頃なんかは知人の部屋に集まって徹夜で打ち続けたこともあった。男子学生あるあるだろう。

 そのため基本的なルール――ゲームの進め方や上がるための条件や専門用語の幾らか――は問題なく身に付けている(つもり)だが……点数計算なんかは恥ずかしながら、同席していた知人に丸投げしていた。


 なのでですね、ぶっちゃけウデマエにしてみれば……ただの初心者でしかないわけです。




「……真っ白なハイでございます。若芽様、どうやら予備が混じっていたようで」


「うん、そう思うよね。でもこれもれっきとした字牌で、三枚揃えると……えっと、ポイントがつくの」


「なるほど三枚……あと一枚、でございますね」


「そうだね。まだ山の中にあるかもしれないし、誰かがもう手元に握ってるかもしれない。……そのうち誰かが捨てるかもしれないから、待っててみる?」


「はいっ。承知致しました」



 山から一枚牌を引き、相談しながらどれを捨てるか決めているので……他のプレイヤーにとっては、ぶっちゃけイライラするほどテンポが悪い対局だろう。

 巻き込んでしまった先輩お三方には申し訳ないが、知人で埋められて本当によかったと思う。この『雀心ジャンシン.net』にはチャット機能こそ無いとはいえ、もし野良で対戦していたら心無いせっかちプレイヤーが晒し行為に及ばないとも限らないのだ。


 それに……ほかでもないお三方自身、たぶんだが現在この配信を見てくれている気がする。未経験者である霧衣きりえちゃんがいろんな仕様・ルールを理解しやすいように、あえて場を整えてくれている気さえしてきた。


 そうこうしている間にも、ハデス様が真っ白な牌――ハク――を手放した。現在手元には既に二枚集まっているので、つまりはアレを拾えば一役が完成する。



霧衣きりえちゃんほら! ハデ…………っと、クがたよ! こうやって『あと一枚で三枚揃う』ってときに欲しいハイを誰かが捨てたときはね……ほら! 『ポン!』って鳴くと貰えるの!」


「あわわわ、わわ……っ、ぽ……ぽんっ!! ぽんっ!! ……あ、あれっ? ぽんっ!! …………わ、わかめ、さま……?」


「………………ごめんね、言い方が悪かったね……『ポン』っていうボタンを押せば貰えるから……その、ね。……わざわざ口で言わなくても……良いの……」


「…………っっっ!!」



『かわいい』『かわいい』『かわいい』『ぽんかわいい』『かわいい』『【¥1,000】ぽん代』『きりえちゃんのぽんぽん……』『赤面かわいいかよ』『今のはよわちゃんが悪いな』『恥じらいキリエちゃんたすかる』『局長反省して』



 霧衣きりえちゃんにひどいことをしてしまった実感はあるが……しかしその甲斐あってか(?)無事に三枚のハクを揃えることができた。

 とりあえず最低限ポイントが貰えることが確定したので、あとはどうにかして一番手でアガれば、この局はおれたちの勝ちだ。


 しかし、ハク三枚だけでは得点も安い。麻雀でアガるためには、手元の十三枚のハイと引いた一枚、計十四枚で条件を満たす必要がある。

 現在三枚でハクができているので、残りは十一枚だ。



「いまアタマになる二枚組は揃ってるから、あとここからここの九枚を良い感じに三人組を作ってけば良いのね」


「な、なるほど……」


「三人組っていってもメンバーは誰でもいいってわけじゃなくて、とりあえず同じマークで揃えてくのが鉄則ね。『青竹』か『おはじき』か『漢字』か」


「ふむふむ」


「あとはその同じマークの中で……たとえば一二三とか六七八みたいに順番で繋がってる『順子シュンツ』か、もしくは七七七とか九九九とか同じ数字を集める『刻子コーツ』かの二パターンあるのね」


「……では……先程の『はく』さんも、これは『こーつ』になるのですか?」


「………………た、ぶん。……いや、たしか東三枚でも刻子コーツだったから……そ、そう。合ってるよ霧衣きりえちゃん。合ってる……はず」


「なるほど……では『しゅんつ』と『こーつ』を、あと三つ作れば良いのでございますね?」


「そうでございます! 理解が早い! ……っと、いい感じに順子シュンツできそうだね。これもさっきの『ポン』と同じで、あと一枚で揃うってときは他プレイヤーさんが捨てたのを貰ってこれるんだけど……順子シュンツを作るときは自分の左隣の人からしか貰えないのと、鳴き声が『チー』になるの」


「ちー……でございますか? ぽん、ではなく……ちー?」


「そうそう。一度もポンチー鳴かずに揃えられればボーナスポイントつくんだけど、今回は『ハク』揃えるのに鳴いちゃったから、もう気にせずバンバン鳴いていこう」


「わ、わかりました!」



 少なくとも今現在は対戦目的ではなく、霧衣きりえちゃんに麻雀を体験させるための『チュートリアル』状態である。

 そのため他プレイヤーのお三方(特に霧衣きりえちゃんの上家に座る刀郷さん)も、こちらの様子を把握してくれてか非常にいい牌を捨ててくれている。

 今もこうして霧衣きりえちゃんの待ち牌のひとつである『漢字の六』を捨ててくれたので、彼女に指示を出して鳴いてもらう。



「ち……ちー!! ちー!!」


「アッ、かわいい」



 可愛らしい鳴きで『漢字の六七八』が揃い、これで順子シュンツが一組。あとは三人組をもう二組作れば良いので、これはアガりが見えてきた。……まあ多分に接待して頂いてるわけですが。


 その後も危なげなく牌を引いて、不要な牌を捨てていく。教えておいた『とりあえず綺麗な感じに整えてけば良いから』という教えを覚えていてくれたのか……彼女の手牌はみるみるうちに、どんどんめっちゃ綺麗な形に整っていく。



「……あっ! ちー! ちー、でございます!!」


「お、おぉ……『おはじきの六七八」……これはもしや」


「あっ! あっ! わかめさま! ちー! あれもちーでござい……ま……す?」


「アッ……うん、そうだね。これで『綺麗な感じ』に十四枚集まったからアガりなんだけど、他のひとが捨てた牌でアガるときは『チー』じゃなくて、『ロン』っていうの」


「な、なるほど。……わ、わぅ…………ろ、ろん! ろん! ……でございます!」


「アッ、ヴッ、ッ……ッハァァー…………ありがとうございます」


「…………?」



 的確にこちらの待ち牌を振り込み続けてくれた刀郷さんの接待のお陰で、チュートリアルを行いながらも無事にアガることができた。

 白と三色同順と……運が良いことにドラボーナス牌が一枚含まれていたので、今回の獲得ポイントは三九〇〇点。接待してくれた刀郷さんからその点数をガッポリいただき、大きく差をつけて単独首位に。幸先の良いスタートを切ることができた(※接待のおかげです)。これはもしかすると優勝の可能性もありうるのではなかろうか(※接待のおかげです)。



 配信のほうでは霧衣きりえちゃんを褒めながらポイントの説明を(おれの覚えてる範囲で)行い、それと平行してDeb-CODE会議通話アプリのチャットではお三方……特に刀郷さんにお礼を述べておく。

 口で喋っている内容と全く別の文面をチャットすることなんかも、マルチタスクを備えるハイスペックエルフ頭脳ならば朝飯前だ。この会合チャットを視聴者さんに感付かれることも無いだろう。



『かわいい』『ありがとうございます』『のわちゃん限界ムーブわらう』『ありがとうございます(合掌)』『【¥3,900】はじめてのロンあがり代』『ちー!かわいかった』『【¥3,900】おめでとう!』『かわいい』『【¥3,900】同席の皆さんやさしい』『このまま優勝いけるか?』『わかめちゃん振り込んだら脱ぐんだよね』『このまま脱がずに半荘終われるか?』『さぁそろそろ本気だしてくれ』



「は????」



 呆気にとられるおれの目の前……一部ユーザーのコメントに追従する形で、どんどんよくない方向へと世論が傾きつつある。

 おれの賢い頭脳はこの状況を把握し、わが『のわめでぃあ』の今後において最善手となる選択を無慈悲にもくだ…………そうとしたところで、雰囲気に流されそうだったおれのなけなしの意識が『待った』を掛ける。


 いや、だって……さすがに脱衣はまずいだろう。世界的シェアを誇る健全な動画配信サービスであるユースクさんで、そんな破廉恥な真似が許されるはずがない。


 いやいやしかし、なにも素っ裸になれと言われているわけじゃない。一枚二枚脱いだ程度、露出度は水着と大して変わらない。どういうつもりなのか水着グラビアが許されている以上、肌の露出がそれ以下であればセーフであると判断されるだろう。


 それに……そもそもが、失点しなければ良いだけのことなのだ。

 欲望渦巻く野良での対局ならばまだしも……同席しているのは、お三方とも(畏れ多くも)知人である。おれの境遇に理解を示してくれることだろうし、それこそ視聴者の皆さんの知らぬところで談合することだって可能なのだ。



 要するに、おれたちにとってのリスクはほぼゼロ。

 その状況で『実在ロリエルフの脱衣麻雀』というともなれば……おれの頭脳の予測を信じるのであれば、なかなかの集客力と視聴者数を見込めることだろう。




 つまりは。


 ……非常に、旨い。




「…………じ、……じゃあ…………センシティブな部分が出ちゃわない程度まで! 健全なところまでですよ!?」


「わっ、わっ、若芽様!? だだだ大丈夫なのでございますか!?」


「大丈夫だよ霧衣きりえちゃん。対局相手は皆さん信用できる方々ですし…………たぶん……」


「が、がっ、がががっ、がんばり、ますっ!」



 視聴者コメントの熱い期待に応える……という名目で――しかしその一方明確な打算に基づいて――おれは『脱衣麻雀(※全年齢版)』を承認する。

 すぐさまコメント欄は歓喜かつ好色なコメントで染まり、おれの犠牲を称えるスパチャが加速した。……待て、まだ負ける脱ぐって決まったわけじゃないぞ失礼な。ぜったいにまけないからな。



 ハデス様もうにさんも刀郷さんも、おれの味方だ。つまりは何も心配する必要はないのだ。残念だったな、視聴者諸君。





 そう思っていたんです。このときは。


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