第213話 侵攻
「全くもう…………あんたのせいで……あたしたちは大赤字よ」
『それは済まないことを。お詫びに今度お茶でもどうかな? いい喫茶店知ってるんだ。ご馳走するよ?』
「!!? …………♪ ……!!」
「ちょっ!? ダメだってば! 騙されちゃダメよつくしちゃん! 正気に戻って!!」
この世界を混沌に導く存在、ボクと同じ世界から来た『魔王』。つい先日(身代わりだったとはいえ)相対したその存在は、目下のところボクたちにとっての大きな懸念事項である。
その眷族と目される美少女を追い詰め、あわよくば捕らえて身体に訊こうかと手を伸ばしたところ……そんなボクの前に割って入り、あっさりと片腕をもぎ取って見せた細身の美少女。
眼前では今まさに、そんな美少女どうしの仲睦まじいじゃれ合いが繰り広げられているのだが……どんなに可愛らしく見えても、やはりあの『魔王』の眷族ということか。
認識した物体を支配下に置き、それらを『従わせる』
認識した空間に直接干渉し、思う存分『喰い荒らす』
生命の基本的欲求に即したその『願望』は……その『願いのチカラ』もまた、ひときわ強力なものなのだろう。
『苦労してるんだねぇ……キミも』
「何度もいうけど『勇者サマ』のせいなんだからね!?」
『それに関しては、被害者を出しちゃったキミが悪いよ。ただ健全な男の子を誘って楽しむ
「…………こんな噂、って……どんな?」
『どんな、って……下校途中の学生を襲う凶悪犯、家屋に押し入り被害者に暴行を働き病院送りにした上、家じゅうの食料を根こそぎ奪い去った強盗事件の容疑者……だっけ』
「………………つくしちゃん?」
「………………(目をそらす)」
「ちょ……ちょっと!!? まさか『アピス』に!?」
「………………(視線を泳がせる)」
『…………苦労してるんだねぇ』
顔を真っ赤にして叱責する美少女と、籠手だったものを咀嚼しながらすまなさそうにうなだれる『つくしちゃん』。噂となった事件の前半部分はともかく、後半部分……食材を根こそぎ平らげた件の犯人は、この『つくしちゃん』なのだろう。
どこか微笑ましくもあるじゃれ合いを目の前に……ボクはといえば、なんだか邪気が抜かれてしまった心境だ。これ以上彼女たちに刃を向けるのは、いろんな意味で得策とは言いがたいだろう。
特に……『つくしちゃん』。この子は底が知れない。……今やり合うのは危険すぎる。
『とりあえず……事情はなんとなく解った。そうだ、お詫びに
「!!? …………♪」
「…………どういう、つもりよ」
『どうもこうも……キミたちは要するに、
「それがニセモノじゃないって……たとえば、毒じゃないっていう保証は?」
『『つくしちゃん』に毒見を頼めば良いんじゃないかな? 多分だけど、毒とか効かないだろ? この子』
「…………どうして、そう思うのよ」
『だって…………籠手とか食べても、おなか壊さないっぽいし』
「あー…………」
「……? …………?」
よしよし……もう一息。
まだまだ警戒心を解かれてはいないようだが、少なくとも敵愾心は薄れているようだ。
今この場で事を構えるのは、正直なところこちらにとって危険が大きい。『つくしちゃん』の攻撃本能が解き放たれれば、周囲にどんな被害が生じることか。
なのでここは安全に撤退しつつ、また撤退してもらいつつ……可能であれば、彼女らの拠点を探る。そのための交渉だ。べつに本心から仲直りしたいわけじゃない。
『とりあえず、これ。
「…………(こくり)」
ボクの手を離れ、放物線を描いて飛んでいった硝子の小瓶は、つくしちゃんの小さな手に収ま……ることなく、そのまま口内へと消えていった。
硝子瓶の断末魔が聞こえる中、一人目の美少女が注視する先……毒見を請け負ったつくしちゃんは、目を輝かせて笑みを浮かべる。
それを受けて、少なくともボクが
一人目の美少女は視線をさ迷わせながら……やがて意を決したような目つきとなり、ボクの撒いた餌に食らいつく。
「…………乗ったわ。その……ポーション? を受け取ったら、あたしたちは何もせずに撤退する」
『おっけー。心配なら……おうちで飲む前に、ちょっとだけ『つくしちゃん』に毒味してもらうといい。……瓶ごと食べられない程度に』
「…………そうするわ」
残された左手を【蔵】につっこみ盾を仕舞い、代わりに
訝しげな視線でこちらを見上げる一人目の美少女へゆっくりと近づき、おずおずと手のひらを広げる彼女の手に、そっと押し付ける。
戸惑ったような、混乱を隠しきれない様子の美少女に頷きを返し、小瓶を受け取った瞬間を見計らって……左手を翻し。
彼女の頭を、くしゃくしゃっと撫でる。
「ちょ、っ!? な、何すんのよ!?」
『ははは、ごめんごめん。いやほら、ボクってば可愛い女の子に目がなくて、ね』
「……次あたしに触ったらチ○コ潰すから」
『うわこわ、心得とこう。……ところで』
可愛らしい顔を真っ赤に染め、再び敵愾心を燃え上がらせてこちらを睨む美少女。
しかしながらその両手には……ボクからの謝罪と真心(など)が込められた、識別用の
それを受け取ったと……受け取ってしまったということは、警戒心が崩れ去ってしまったことの表れだろう。
『キミの名前。……教えてくれるかな? 可愛らしいお嬢さん』
「……………………すてら」
『おぉ、可愛い名前。ボクは……ニコラ・ニューポート。改めて、よろしくね』
無視される、あるいは断られる可能性もあったが……どうやらその心配は無かったようだ。
睨み付けてくる視線こそあれど、それはもはや姿ばかり。ここまで警戒心を崩されてしまって、フルネームでの自己紹介を受けたとあらば……
「……
「……♪ ……(ぺこり)」
「あたしは言わないから!!」
『いいよいいよ。……
「ホンっとムカつくわ…………じゃああたし達、今度こそもう帰るけど……もう追ってこないでよね、変態」
『あっ……ごめんもう一回お願い』
「ッ!! 死ね!!」
「…………、……。」
まるでボクと同じ場を共有することを拒むように、異能を操る『サクマ・ステラ』によって勢いよく巻き上げられた枯葉の壁。
異分子たる少女二人はその向こう、突如として地面に空いた……恐らくは『ミナタベ・ツクシ』によって開けられた、真っ暗な大穴へ。
この世界の崩壊を目論む『魔王』メイルスの眷属二人は、その姿を眩ませた。
ボクたちの有する『羅針盤』の探知に反応する、封印加工された『苗』の破片を忍ばせた
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※このお話は大してシリアスにはならんですのよ
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