第214話 【祝日騒乱】真生



「ちょ……っ!? ラニ腕! うで!!」


『いやいやいや、参ったね。アレはヤバいよ』


「参ったね、じゃなくて! 大丈夫なの!?」


「そりゃまぁ…………ガワだけだからね。よっこいしょ」


「お……おぉ」



 右腕を欠損した白鎧の面頬バイザーが開き、そこから可愛らしい姿の相棒が飛び出してくる。

 彼女が操っていた全身鎧は痛々しい姿となってしまったが、考えてみれば彼女本体はこの小ささだ。それこそ胴体ど真ん中をブチかれでもしない限り、彼女が怪我をする心配は無いのだろう。


 それにしても……おれに貸与された武器の性能から推し測るに、この鎧だってかなり上等な品物なのだろう。

 他でもない『勇者』が大事に持ち歩くような品なのだ……この見るからに高級そうな仕上がりからして、少なくとも数打ちの粗悪品ということは無いはずだ。


 そんな鎧の片腕をぎ取り……いとも容易く損壊させて見せた、あの少女。

 ラニから下された『待っていろ』の指示もあり、おれはその現場に居合わせては居なかったのだが……そんなに激しい戦いだったのだろうか。




「実際のところ、どうだったの? ……そんなやばかった? あの女の子」


「そうだね。結論から言うとだ。メイルス……『魔王』の手勢だったよ、


「二人……なるほど、増援かぁ。向こうも組織だって動き始めた、ってこと?」


「そうだね。最初の一人と、追加の一人。そして恐らくは、少なくとももう一人……【転移】系の使い手が居るだろうね」


「う…………異能力者が、三人も」




 片腕を失うほどの損傷を受けた鎧を【蔵】に格納しながら、『どーしよっかね』とラニは苦笑してみせる。

 いやいやそんな、『どーしよっかね』なんて笑ってられるレベルじゃ無いほどヤバそうなものだが……歴戦の『勇者』は涼しい顔だ。焦りを感じさせない余裕っぷりである。


 異世界産の高級鎧を損壊させるほどの、強力な敵勢力の出現……この危機にどうしてそんな余裕で居られるのだろうか。

 おれが抱いたその懸念を、異世界の『勇者』はどうやら察してくれたようで。



「多分だけど、拠点の場所はわかったからね」


「…………え、ごめんもっかい」


「多分だけど、拠点の場所はわかったからね」


「……………………え、まじで?」


「うん。今のところは、あくまで『多分』だけどね。……ちょっと確認してみよっか」



 数多の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の『勇者』は……こともなげに、そう言い放って見せた。



 底知れぬ余裕を漂わせる彼女が開いた【門】をくぐり、『一号羅針盤』が設置されている鶴城つるぎ神宮内技研棟へとひとっ飛び。

 そこに安置されている水盆――『苗』の所在に反応して針を向ける『羅針盤』――はいつもの反応より圧倒的におぼろげとはいえ、確かに一方向を指し示している。


 基部に刻まれた目盛を読み取り、矢の向く角度を記録する。

 試しに矢をつついてみると……非常にゆっくりとした動きながら、同じ方位へと針を向け直している。

 喚び出された『葉』は多分全て駆逐したはずだし、仮に残っていたとすればこんな弱々しい反応じゃないハズだ。



「……なに、この反応」


「これはねぇ、多重封印して弱めた『苗』の破片に反応してるんだ」


「『苗』……の、破片?」


「うん、そう。……あの子たちに持たせた『おみやげ』にね、ちょいと仕込んでおいたのさ」


「!! じ、じゃあ……この反応の先が!?」


「あの子たちの帰投先……隠れ家ってわけだよ。ノワソン君」


「な……なるほど…………」




 技研棟の職員さんに軽く挨拶をしてから、せかせかと帰路につくおれたち。その道中(といっても【門】を利用したためあっという間だが)ラニから受けた説明によると……通常の『苗』よりもかなり弱々しくなるよう調整してあるので、もし他の『苗』が出現した際にはそちらの反応が強く出るだろうということ。

 ただ単純に捕縛するよりも、鮮度の高い情報を得るために策を打つ……ただ単純に強いだけじゃなく賢いラニは、本当にとても優秀な『勇者』だったのだろう。


 そんな賢い妖精さんからレクチャーを受けながら、おれたちは何事もなく帰宅を果たす。キッチンでごはんの用意をしてくれていた霧衣きりえちゃんに『ただいま』の挨拶をしてから、リビングの片隅にこぢんまりと置かれている『二号羅針盤』を確認し、こちらも目盛を記録しておく。

 あとはこの記録をもとに、地図上で直線を引っ張って交点を求めれば良いだけだ。A0大判サイズの浪越市近郊市街地図をダイニングテーブルに拡げ、鶴城つるぎ神宮の技研棟と岩波市のおれの拠点、それぞれの羅針盤で読み取った角度を分度器で移し、長尺定規で線を引っ張る。



 そうして導きだされた交点、浪越市の大都会ど真ん中の高層建築郡こそ……あの子たちの隠れ家に他ならない。




「……なるほど。これで拠点の所在はだいたい掴めた」


「うん。……あとは……あの子の動きが掴めればなぁ」



 明らかな『異能』を行使して尚、あの『苗』に寄生されておらず……そして『羅針盤』にも反応しない、あの女の子。

 実際に交戦したラニいわく……同格の存在が、三人以上。



 恐らく彼女たちは……強い願いに呼応した『苗』によって、存在。


 自らを殺し得るほどの絶望の淵で……『こうありたい』『こうなりたい』『こうしたい』と強く願ったその願望を、そのまま異能チカラとして備えてしまった異能力者。



 はっきりいって、その実力はまるで未知数。ラニの鎧を壊したことといい、『苗』や『葉』などとは比べ物にならないだろう。

 今後あの子たちが何を仕出かすか解らないが、その動きを『羅針盤』で追えないというのは非常にマズい。



「そうだね。後で詳しく情報共有するけど……特に、鎧の腕を子。『つくしちゃん』って呼ばれてたけど、あの子の攻性異能はメチャクチャヤバい」


「……ど…………どう、いう……?」


「実際に体感した上での推測だけど、恐らくは空間作用系。任意の場所・モノをことに特化してる。……詳しい有効範囲は解らないけど、つまりってことだね」


「じ、じゃあ……鎧の右腕も……、ってこと?」


「そだね。手を伸ばしたとこでいきなりが現れて、『ガチン』って」


「ひぇっ」



 そんな危険な能力を秘めている、おれの同類。……もっと違う立場で会うことが出来たなら、立場の近いお友だちになれたかもしれないのだが……今となっては叶わぬ願いだろう。それよりも対策を、動向を掴む手段を考えねばならない。

 見た目はごく普通の、可愛い女の子だったのだ。おれが直接見かけるとかならまだしも、街中を歩いていても違和感を持たれづらいだろう。


 何かを企み行動する彼女らを捕捉することも、またこちらから探し出すことも難しい……ともなれば厳しい風向きなのだが。



「まあそこは大丈夫でしょ。ちょっと時間もらうけど、目処はついてる」


「えっ? マジで?」


「マジマジ。材料もきちっと確保済みだよ」




 あっさりとそう言いながら、にっこりと微笑む小さな『勇者』。

 その小さな手のひらが自慢げに掲げて見せたのは……ライトブラウンに煌めく、細くしなやかな何本かの繊維。



 それは……おれや霧衣きりえちゃんのものとは明らかに異なる、女の子のものとおぼしき毛髪であった。


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