第209話 【祝日騒乱】平穏と不穏と
さすがはネット世代の高校生というべきか……噂の出所というのは他でもない、小中学校からスマホとネットに慣れ親しんできた彼ら彼女らならではの、知人間ネットワークであるらしい。
被害者の
そうして情報を得た生徒が、同様に出身は同じだが別の進学先へと進学した友人に情報を拡散し……以降繰り返すようにして情報は広まっていく。
なるほど、テレビや新聞なんかじゃ校内の事情はなかなか得られない上、即応性でも学生ネットワークの方が遥かに上だろう。自称有識者のコメンテーターによる余計なマウント芸を目に入れなくて済む分、こっちの方が現場の情報源としては遥かに有用かもしれない。
「ちー先輩すごい!! 九十七点だって!!」
「イェーイ! トップの座は貰ったァ!!」
「ぐぬぬ……短く儚い天下だった……」
「どんまいです……ミカ先輩」
まあ情報源はこの際どうでも良い。おれにとって問題となるのは『苗』との関連性だ。
例の凶悪事件……もし犯人が『苗』に起因するものなら、残念ながら警察の方々の手には負えないだろう。そうなればおれが対処しなければならない。
だが一方、犯人が『苗』とは関わりの無い……こういう言い方はひどいが、一般的な事件の場合。
おれの行動の根底にある『負の感情の払拭・低減』という観点で言えば、やはりおれが積極的に出た方が良いのかもしれないが……非常識な魔法の力を持っているとはいえ、おれはあくまで一般人。調査関係者から見れば部外者だ。
彼らの仕事場を荒らして仕事を増やす恐れもあるし……慣れないことに首を突っ込んで時間を浪費するよりは、本業に専念して『正の感情の拡散』を目指した方が、幾分有意義かもしれない。
というわけで、そこんところの見極めをきちんと行う必要があるのだが。
しかし『羅針盤』が反応していない現状から見るに、やはり『苗』は無関係なのかもしれないが……しかしなんだか、どうにもなにかが引っ掛かる。
おれが引っ掛かっている一点、それは家に押し入られ逆レ……もとい、乱暴を受けたというケース。
このケースでは被害者の人的被害に加え、奇妙な物的被害の情報も上がっているのだ。
『目ぼしいものが根こそぎ奪われていた』。この部分だけ抽出してみれば、一般的な強盗被害なのだろうが……今回このケースで奪われた
奪われたものとは……『食品』。
財布や通帳や印鑑や宝飾品といった金品には一切手をつけず。冷蔵庫や戸棚やパントリーに至るまで、ありとあらゆる食品を根こそぎ奪い去っていったという……捜査関係者もこの噂を聞いた者も、皆一様に首を傾げる奇妙な特徴。
一般的な強盗目的の犯行であれば……こんな被害が出ることは、おそらく有り得ないだろう。
「だめかァー九十五点!」
「いや充分すごいと思いますよ先輩!」
「そうですよー、私なんて七十八ですし……マイクよりもタンバリンがお似合いですし」
「さ……サキちゃん……元気だして……」
「いやーまいったなー! 今回も私の優勝かなー!」
考えられるのは、二点。ひとつは本当に『苗』が関係ない事件だったケース。
不自然な食料品の略奪も、いちおう『奪わねばならないほどに飢えていた』のだと解釈することも、不可能ではない。
しかしながら……実際のところとしては。
二点目……何らかの方法で『羅針盤』で探知できない『苗』が活動しているケース。……こちらである可能性の方が、おそらく高いだろう。
白熱する女子高生たちの喧騒を背景に、おれとラニは現状得られた情報をもとに思考を纏めていく。
(被害者の共通点は……高校生の男子?)
(うんそう。加えて、運動部……野球とかサッカーとかテニスとか……偏見かもしれないけど、そっち方向にも健全に元気いっぱいな子が狙われたようにも思える)
(……そういう子を狙って……つまりは、そういうことしてるわけか。そういうことする『願い』に寄生されてるって考えれば……まぁ、有り得そうか)
(今回の『保持者』は……女性、ってことね)
(まったく……『羅針盤』が使えないのが厄介だよ。一体どういう手を使ったんだか)
(うん……そうだね)
「……だって実際、ノワちゃんおうたメチャクチャ得意でしょ!?」
「うん……そうだね。…………えっ?」
(えっ? ボク知らないよ?)
ふと気づけば……おれの目の前には網網の球体がくっ付いた黒塗りの棒状集音機材、世間一般では『マイク』と呼ばれるものが差し出され……おまけにこの場にいる少女たち全員の視線が、かなりの圧力を伴いながらおれに注がれているところであって。
「先輩たちにノワちゃんのおうた、聞かせてあげてほしいの。……お願い! 今度スパチャ送るから!」
「……まぁ……ここに連れ込まれた時点で、なんとなくそんな気はしてましたから。……スパチャとか別に無くていいですよ。学生さんでしょう?」
「!! ありがとうノワちゃん!! 私がんばって布教するから!!」
「アッ、それは割と普通に嬉しいです。……でも、押し売りはしないであげてくださいね」
「うん…………うん! ありがとう!」
おれのこの
ほがらかに話しかけてくる彼女たちへの適切な対応を
大切な
おれは……
コンテンツを楽しみにしてくれている
「それでは……僭越ながら一曲、歌わせていただきます。欅少女18で『誰よりも高く』。…………特別、ですよ?」
掲げた目標へ向かって、チーム一丸となって向かっていく彼女たちへ。
つらい道を死に物狂いで、一心不乱に突き進む彼女たちへ。
おれの持てる技能、おれの持つ知識の粋を、いっさいの遠慮無く発揮し……一曲に『激励』の気持ちを込める。
がんばれ。がんばれ。まけるな、がんばれ。
つらくても。キツくても。
仲間がいれば、分かち合える。
(いやぁー、もー…………本当はんぱないよね、ボクの相棒は)
不自然な女の子であるおれの、不自然で
『まがいもの』のおれの想いがちゃんと届くのか、正直ちょっと不安だったけど。
……彼女たちの顔から察するに、どうやらなんとか届いたみたいだ。
喜んで、もらえた。……よかった。
――――――――――――――――――――
大都会の街並みを、遥か眼下に見下ろす高層建築……その上層階に位置する高級分譲物件の、とある一室。
シンプルモダンなインテリアで彩られたそのリビングスペースには……その分譲住宅の客層にはおおよそ相応しくない、異様な光景が広がっていた。
「……ねぇ、つくしちゃん」
「………………?」
「そんな食べ方して…………ホントにおいしいの?」
「…………(こくこく)」
「…………そう」
人工大理石のフロアタイルが敷かれたリビングの床……鏡面のように磨きあげられたそこは、今や見る影もなく。
箱が、ビニール袋が、包装フィルムが、厚紙が、おおよそありとあらゆる食品包装の成れの果てが……辺り一面に無造作に散りばめられている。
そんな多種多色の混沌の、そのほぼ中心。
そこにはこれまた異様で異質な、二つの人影が座り込んでいた。
「あーだからそれ、パスタ……お湯で茹でないと…………あーあ」
「…………♪ ……♪」
外装フィルムを破り捨て、一食ごとに分割結束されていた
小さな口を異様なほど大きく開けて……握った反対側から
歓喜の笑みを浮かべ、次の束を手に取る彼女の……その周囲。
そこには空っぽになった米袋が、殻ごと姿を消した卵のパックが、中身を失ったバターの包み紙が、五食入りの袋ラーメンの内袋が、次から次へと撒き散らされていく。
「うげぇー気分悪くなりそ…………あー、もうダメ。我慢できないわ。【
「……!! …………!!?」
「我慢しなさい! つくしちゃんの
「…………! …………、………………♪」
「……そ。……解ってくれたなら良いわ」
未だ混沌を生み出し続ける少女に呆れるように、もう一人の少女が呟いた【
正しき姿を取り戻した、清潔感溢れるリビングの真ん中で……しかし今しがた異能を行使した少女の顔色は、相変わらず曇ったまま。
「……はぁ。……あたしも『餌』探してこよっかなぁ…………あんまり
「…………? …………。」
「……なぐさめてくれるの? ……ソッカァー……つくしちゃんはヤサシイネー……ははっ」
「…………♪」
もう一人の少女を気遣う素振りを見せながらも、自身は一切ペースを落とすことなく、うっすら土の付いたままのサツマイモをガリゴリと齧り続ける少女。
その様子を目の当たりにし、異能の少女はより一層がっくりと項垂れる。
「……はぁ。……せっかく良い
「…………、………………」
「……んーん。大丈夫だよ。あたしは『お姉ちゃん』だもん。あたしと、あたしの『リヴィ』なら…………つくしちゃんの『アピス』にも、もちろんシズちゃんの『ソフィ』にも……苦労なんてさせないから」
「……………………(すりすり)」
「も、もお! この子は……そんな可愛い子ぶったって…………ああ、もう! 今日だけだからね!」
再び勢力を増しつつある
自らを『リヴィ』と呼称した少女の手のひらで頭を撫でられ、『アピス』と呼称された少女は珍しく
一見すると微笑ましく見えないこともない、ぴったり寄り添う二人の少女。
しかしながら、その異常きわまりない食性から推して測れるように……この場の二人は両者どちらとも、『普通』の人間とはかけ離れた存在……『異能者』である。
笑みの形に開かれた『アピス』の口内、そこには本来あるべき肉の色は見て取れず。
光さえ呑み込むように真っ暗な、底さえ見通せぬ穴がぽっかりと口を開き……そこには口蓋垂はおろか、舌さえその姿を認められず。
黒く昏い洞の中に、ただただ不気味に白い歯列のみが、綺麗に弧を描いて並ぶだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます