第208話 【祝日騒乱】女子三人寄れば姦し
はい。想像どおりです。いえ、ある意味では想像以上です。
そうですね、ただひとえに詳細をきっちり確認していなかったわたしに、全ての非があると思います。
確認を怠ったわたしへのお仕置きだと考えれば、不本意ですが耐えられてしまいそうな気さえしてきました。
「もーズルいじゃーん! メグもサキもこんな可愛い子と知り合いだったなんてー!!」
「ホントだよホントにもーー!! だってほら、やばくない? めっちゃ髪サラッサラ……お手手もめっちゃスベッスベ……」
「うわ……今ふわってメッチャいい匂いした……これもしかして、アレじゃないですか? かえで先輩が使ってるやつ。イルミルのオルナですっけ」
「あの二千円くらいするっていう、高いやつ? すごーいこだわってるんだぁー。……でもみーちゃん、匂いだけでよくわかるね」
……ほんとっすよ。ほんと。
女の子の美容に対する認識をナメてました。髪の毛のにおいだけで使ってるシャンプー特定されるとは思いませんでした。
すみません……中の人は美容に対する認識なんてこれっぽちも無くて、当然こだわりなんかもあるわけがなくて……単純に店員さんにおすすめされたから買っただけなんです。ほんとすみません。
あとそしてそれとあと……できることならですね、そろそろ勘弁していただけるとですね、わたしとしてはとてもありがたいのですが……。
「あ……あのー……先輩方、そのあたりで……」
「そうですそうです、わかめちゃん……は良いにしても、周りの人たちに迷惑掛かっちゃいますので」
「いやよくないよ!?」
サキちゃんとメグちゃんの口添えのお陰で、なんとか解放してもらうことができたが……四人八本の腕に撫でられ触れられ
おれの意識が今こうして生き残っているのは、ひとえに『わかめちゃん』としての適応能力が適切に状況を受け入れてくれたからに他ならない。つまりは『わかめちゃん』のおかげで生存できたと言っても過言じゃないのだが……よくよく考えればおれがこうして愛玩
というわけで、定期演奏会前のデスマーチを間近に控えた最後の
……いや、実際には今日来れなかった子も何人かいるらしいのだが……都合がつかなかった子らには悪いが、おれとしては正直、助かった。
そんなおれたち、おれも含めた総勢七名が現在進行形でお騒がせしているのは、これまた以前撮影でお世話になった
オーナーさんが気持ちのいい笑顔で迎えてくれた、オシャレでお値打ちな人気店だ。
集合場所であるこのお店に十五分前に到着したとき、既にサキちゃんメグちゃんとほか四名の女子高生が待ち構えていた。そこからは引きずられるように店内に連れ込まれ、囲われながらメニューを注文し、ほとんど頭に入ってこなかった自己紹介を聞かされ、緊張で前回より美味しさを堪能できなかったランチをいただき、我慢できずといった形で伸ばされた手にもみくちゃにされ……そして今に至る、というわけである。ちなみにラニはずっと姿を消したまま腹抱えて笑い転げてる。おまた見えるよ。
「でも本当、なんだかやる気出てきたっていうか……リラックスできた気分だわ。やっぱ『わかめちゃん』のおかげなんかね?」
「ほんとほんとー。明日から休みなしシンドいけど、この写真見てチャージすれば乗り切れる気がしてきた」
「もう一年早く出会えてればなぁー! 夏コン金賞行けただろうになぁー!」
オーボエ担当の二年生が呟いた一言に、クラリネット担当とフルート担当の二年生がそれぞれ続く。
おれ自身そこまで買い被られては疑問しかないのだが、それでも彼女たちにプラスであるなら良いとしようか。
「でもずるいなぁ、さっちゃんもめぐちゃんも。私も『のわめでぃあ』出たかったなぁー」
「それはしょうがないって。私らちゃんと誘ったもん」
「そうそう。バイトだから行けないーって断ったのチカちゃんだからね」
「ぐぅぅぅ……そっかぁ」
一年生のクラリネット担当少女から漏れ出たぼやきを、同じく一年生のフルート担当サキちゃんとサックス担当メグちゃんが無慈悲にも切って捨てる。
事情を知り『どうしようもない』ということを理解したクラリネットちゃんは唇を尖らせながらも、何が面白いのかおれの顔を『じーっ』と見つめ始める。
外行き『わかめちゃん』モードを纏ったおれは、ここまで大歓迎されている現状に未だ戸惑いを隠せずにいるのだが……やっぱりイマドキの女子は『かわいいもの』好きということなのだろうか。つまりはおれは現代の女子高生に受け入れられるレベルで『かわいい』ということなのだろうか。
そうか。少なくともこうしてランチに誘ってもらえる程度には、どうやら嫌悪感を抱かれていないということなのか。
ということは……高校生をターゲットにした企画なんかも、もしかすると考えてみても良いかもしれない。
対外反応を『わかめちゃん』に委譲したまま、ひっそりと今後の作戦を練り始める『おれ』。そんな
「でもさ…………定演中止になるかも、って話……ホントなの?」
「…………
「危うくお父さんも……もう少しで殺されちゃうとこだった、って」
「逃げ込んだ家にまで上がり込んで……目ぼしいものを片っ端からかっ浚ってった、って……怖いよね」
ふと視線を宙へ向けると……不可視の妖精が珍しく真面目な表情で、いつのまにかおれへ真っ直ぐ視線を向けている。
浪越市近郊で発生したという……彼女らの噂話を聞く限りでは、非常に凶悪な事件。
もしかして……もしかするとだが。
「…………すみません、それ……その話、詳しく聞かせてもらえますか?」
「ん? いいよー。怖いもんねぇ……なんだっけ、連続強盗事件?」
「そうそう。えっとね……うちの近所の高校……浪越商業高校の三年生がね、下校途中に何者かに襲われて…………えっと、入院するはめになったって話」
「どうやら家までついてこられちゃったみたいで……玄関入ったところで…………えーっと……らん、ぼ……されちゃって」
「なん、っ!?」
「お父さんも襲われながら、決死の覚悟で追い払って通報して、被害者の子は病院に運ばれたけど……げっそりやつれちゃったって」
「あとお家の中の目ぼしいものが、いつのまにかごっそり取られちゃってたって」
「家まで押し込まれた、っていうケースはこの子一人だけみたいだけど……下校途中だけなら、もう何人も襲われてるって」
「…………ひど……、っ」
……いや、非道いなんてものじゃない。
同じ高校生である彼女たちだって、すぐ近くでそんな凶悪事件があったとなれば気が気でないだろう。
学校帰りに後をつけられ家に押し入られ……彼女たちは言葉を濁していたが、
未来ある若者が、やつれてしまうほど深い傷を心に負わされてしまったなんて。
二基稼働している『羅針盤』の、そのどちらにも反応が無かったということは……おれたちが追っている『苗』とは、なんの関わりも無いのかもしれないが。
犯人不明の凶悪事件がすぐ近くで起こっているのに――おれの力なら犯人を追うことが出来るかもしれないのに――目と耳を塞いだまま、被害者が増えていくのを……『負の感情』に染められるひとが増えていくのを、黙って見ていることなんて出来ない。
「…………みなさん、も……気を付けてくださいね。……本当に」
「うーん…………でもまぁ、大丈夫でしょ。私達は」
「そだね。大丈夫だと思う」
「……っ!? な……なんでそんな気楽でいられるんですか!? そんな凶悪な事件が起こってるっていうのに!!」
「いやー…………だって………………うん」
「……ちーちゃん、わかめちゃん聡い子だもん、はぐらかせないって」
「…………でも……こんな小さい子に」
「……私が言う。いい? わかめちゃん。……被害にあってるのはね」
浪越市の高校生たちを震撼させているという、凶悪な事件。
下校途中の学生を狙い凶行に及ぶ、卑劣きわまりない犯行。
にもかかわらず……決して安心出来ない立場であるはずの彼女たちが『自分は大丈夫』だと考えている、その理由とは。
「被害者はね、一人の例外無く………………男子だから」
「……だん? …………はい??」
「だからね、男子。……男の子だけなんだよ」
…………つまり、なんですか。らんぼうされた、っていうのは……怪我で入院じゃなくてやつれて入院ってことは……殴る蹴るされたとかじゃなくて、そういうことで。
げっそりやつれてしまったっていうのは……つまりは、その……吸い尽くされた、っていうことですか。
な、なるほど、それなら…………安心か。
(いやいやいやいや安心じゃないからね! 男の子は安心じゃないから!!)
(わ……わかってるよう!!)
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